兎虎

□そんな物、欲しくない
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事件があれば、出動要請が来る。
迅速に現場に急行し、人命救助、犯人確保に全力を尽くす。
それがヒーローの使命。

「今日もお疲れぃ」
「本当ですよ、全く。何度言えばそのスタンドプレーは治るんですか?フォローするこっちの身にもなって下さい」
「なっ、んな事ねーだろ。俺の奇襲が効いたから上手く行ったんだろ?」
「確かに効きましたね。お陰様で僕も危なかった位、効きました」
「ぅ……」

後輩に痛い所を付かれ、虎徹はぐうの音も出なくなった。
しかし心の中では、やっといつもの彼に戻った事に安堵していた。
良かった、と、小さく頬を緩める。

バーナビーは、いつもクールで、常に冷静な判断を下す頭脳派。
頭で考えるより先に行動に出てしまう虎徹とは、丸で正反対。
だが、最初こそ意見が合わなかったが、最近では息も合い、良いコンビになって来ていた。

そんな中起きた、例の事件。
細かく言えば、バーナビーを突き動かしたのは、事件自体ではなく、その裏に潜む組織の方だったのだが。

ウロボロスの刺青を見た後のバーナビーは、はっきり言って手が付けられなかった。
単独行動で暴走し、何を尋ねても曖昧な返事しかしなく、挙げ句その後連絡が取れなくなるという厄介ぶり。

ロイズも、やはり最近の若い者はと言って頭を悩ませていた。
しかし、虎徹が悩んでいたのは、そんな事ではない。

バーナビーの暴走に初めは驚いたが、理由を知った今、あの行動に納得し、理解している。
自分が彼の立場だったら、同じ、いや、それ以上の行動に出ていたかもしれない。
虎徹が眉を寄せる原因、それは、何も頼りにされなかったという事だった。

コンビとして、息が合って来ていた。
良いパートナーになって来たと、思っていたのに。
だが今回の件で、バーナビーとの距離は何も埋まっていなかったのだと思い知らさせた。

カリーナの時は、上手く刺を抜いてあげられたのに。
勿論、バーナビーの場合は両親を殺害されているのだから、次元が違うのだけれど。
それでも、相棒として力になりたかった。
何を言っても第三者なのだから人事になってしまうのかもしれないが、それでも話し相手位にはなれると思っていた。
だが、バーナビーは着信拒否をし、全てをシャットダウンしてしまった。
誰も、近寄る事が出来なかった。

しかし最近はすっかり元に戻り、いつもの可愛げない口調も戻った。
共にバーナビーの取り乱し様を見ていたネイサンも、良かったわねと安堵していた。
しかし虎徹に言わせてみれば、完全に元通りになったとは思えない。
勿論、コンビを組む前の事は判らないし、組んでから何年も経っている訳ではない為、どれが本当のバーナビーかは判らない。
しかし、共に過ごした時間の中で、何となく判る。

トレーニング中バーベルを上げながら、虎徹は隣でランニングマシンを使用しているバーナビーをチラリと見遣る。
いつもと変わらない様に見えるが、やはり何処か上の空の様に思える。
恐らく頭の中には、あのウロボロスの刺青の組織の事でいっぱいなのだろう。

「…何ですか?」
「え?あ、いや…あぁ、その、何だ…精が出るな」
「トレーニングメニューはいつもと変わりませんが?」
「あー、そーだよな、つか、あれだ、たまには気晴らしにどっか行って…」
「悪いけど、僕は貴方みたいに暇じゃないんで」

何を言ってるんだか、と、バーナビーは溜息を吐きつつマシンを下りる。
そしてタオルで汗を拭い、その儘ロッカールームへと移動を始めた。

「あれ、もう終わり?ねぇ、バニーちゃん?ちょ、待てって」

そう後ろ姿に告げても、バーナビーは聞く耳持たずといった様子で、虎徹を残してどんどん離れて行く。
仕方なく、虎徹もその後を追う。

「何?あの二人、また喧嘩してるの?」

様子を見ていたカリーナがそう言うと、他の者達も視線を移す。
そして、またいつもの事か?と、心配そうに二人の行方を見守っていた。

ロッカールームのドアを開け、着替えを始めたバーナビー。
後を追う様に入って来た虎徹も、その様子を見つつ着替えを始める。
その視線を感じ、耐え切れなくなったバーナビーは、再び深い溜息を吐いた。

「あのっ、さっきから何なんですか?」
「あー…あのよ、俺で良ければ、その、話相手になってやっても良いかな、何て」
「…何ですか、それ」

意味が判らない、とバーナビーは首を振り、ロッカールームを出ようと上着を羽織る。
しかし、此処で逃す訳には行かないと、虎徹は身支度を急いで整えつつ話を続けた。

「お前さ、あのウロボロス、やっぱ気になるんだろ?」
「そりゃあ…でもまだ情報が少な過ぎて、追うに追えないんで仕方ないです」

そうバーナビーは言う物の、諦めてはいない様子。
何か情報が入れば、きっとまた暴走してしまうのではないか。
そんな危うさがある。

「そうかもしれねぇけど、いやだからこそ、話相手が必要なんじゃないか?」
「…何の為に?」
「え、あー…んー…」

以前バーナビーは、同情はいらないと言い放った。
それは本心なのだろうが、それでも一人で背負うには、重過ぎるのでは?と虎徹は思う。
何の解決にもならないかもしれないが、パートナーとして、和らげてやりたいと思う。

「あー、あれだ、同情じゃなくて、愛情っつーかさ、父親代わり…にはなれないかもしれないけど、話は聞いてやれるっつーか。一人も二人も変わんねーよ」
「……は?」
「息子が一人増えたと思えば、な?」
「………」

楓にあまり父親らしい事が出来ていない為、その代わりと言う訳ではないが、バーナビーに対して何かしてやりたいと思った虎徹。
四歳から一人で生きて来たと知り、その思いは日々強くなっていた。

バーナビーの父親とは天と地程の差があるかもしれないが、バーナビーより長く生きている分、何か助言は出来るのではと思う。
何も言えなくても、人に聞いて貰うだけで心は軽くなる物だ。
優等生のバーナビーから見れば頼りにならないかもしれないが、それでも少しは頼って欲しい。
そう思っていた。

しかし、バーナビーは虎徹の言葉に苛つき、眉間に皺を刻む。

「何ですかそれ、そんな愛情…そんな家族愛何か、いりませんよ」
「いや、でもよ、つか、今迄は一人だったかもしれねーけど、もう一人じゃねーだろ?俺がいるじゃねーか」
「っ…」

虎徹の言葉が響いたのか、息を詰まらせたバーナビー。
よし、もう少し、そう思った虎徹だったが、実は全然違っていた。

「おじさんて、鈍感ですね」
「は?何だよそれ」

急に違う話になり、虎徹は目を見開く。
何をいきなり、そう思った虎徹だったが、バーナビーに言わせれば至極自然な流れの話で。
そして、やれやれと言った様に肩を竦め、虎徹の方へと戻る。
そして……。

「な…んだよ…?」

バーナビーは手を伸ばし、虎徹のネクタイを掴み、引き寄せる。
いきなりの行動に虎徹は驚き、動揺を見せる。
そしてその後、その動揺を上回る出来事が虎徹を襲った。

「んっ……ッ…!?」

引き寄せられ、近付き、そして唇が触れる。
事故ではない。
完全に故意。
その証拠に、バーナビーは離れ際に、虎徹の唇を舐めて行った。

「なっ…に、す…」
「貴方から家族愛何て欲しくはありません。どうせなら、違う愛情が欲しいんですけど」
「えっ?…えっ?」

混乱状態に陥った虎徹は、ただただ聞き返す事しか出来ない。

「何て、冗談ですよ」

未だ混乱が続いている様子の虎徹を見て、助け船を出すかの様に、バーナビーは付け加える。
そして虎徹を残した儘、バーナビーはロッカールームを出て行った。

その後、入れ違いでアントニオとネイサンがロッカールームに入って来た。
虎徹は、未だ呆然とした儘。
そんな虎徹に、アントニオが話掛ける。

「今バーナビーが思い詰めた様な顔で出て行ったけど何が…って、お前達また喧嘩してたのか?」
「え?あ…あぁ…」

ネクタイを掴まれた為、虎徹の服が珍しく乱れていた。
それを見て、アントニオは喧嘩の最中、胸倉でも掴まれたのかと思ったのだろう。
未だ頭が回らない虎徹は、曖昧に相槌の様な返事をする。
しかし。

「喧嘩…なの?もしかして…」
「っ、別に何でもねーって」

そう言われ、虎徹は跳ねる様に反射的にそう返す。
そして、何か気付いた様なネイサンの視線から逃げる様に、虎徹はロッカールームから出て行った。

あの真面目なバーナビーが、冗談何か言う訳ない。
しかも、あんな冗談。

「つっても…なぁ…」

自分でも、どうしたら良いのか判らない。
が、居ても立ってもいられず、いつしか虎徹は早足でバーナビーを追い掛けていた。




end.

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