トムシズ

□コーヒー
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昼食の為たまに訪れる、角にあるファーストフード。
そこでいつもの様に後輩に注文を頼み、トムは先に席に付いていた。

たまには自分がと思うが、先輩にそんな事させられないといつも拒否される。
そこまで気を遣わなくても良いのにと思いつつ、トムは言葉に甘えて先に一服を始めていた。

「お待たせしました」
「あぁ、いつも頼んじまって悪ぃな」

いえいえ、と言いつつ、トレイを置いて向かい合って座るのは、池袋で敵に回してはいけない最重要人物と恐れられている平和島静雄。
喧嘩人形とも言われている静雄だが、そんな要素があるとは思えない。
勿論、トムも静雄の暴走を何度も目の当たりにしており、取扱注意というのは解っている。
しかしバーガーをモフモフと食べている姿は、まるで犬の様で、どちらかと言えば可愛いとさえ思える。
犬と言っても大型犬の部類で暴れ出したら止まらないが、自分には良く懐いており、やはり可愛い後輩だ。

そんな後輩の姿に、今日は違和感を覚える。
何かが違う気がする。

「………あ」

少し考えた後、その理由に気付いたトム。
いつもキュイキュイ吸っている物が、今日は無い。
今静雄が手にしている物からは、湯気が立っていた。

「…あれ、静雄がコーヒーって珍しくねぇ?」

それは、トムと同じホットコーヒー。
肌寒い日が続く事もあり、もうシェーキの季節ではないと言えばない。
しかし、昨年を思い出してみても、此処でコーヒーを飲んでいた記憶はない。
たまに缶コーヒーを飲む事はあっても、ミルクの入っている物を飲んでいる。
しかし、今目の前にある物は、どう見てもブラックだ。

確か、静雄は苦い物は苦手な筈。
現に今も、顔をしかめている。
熱いから、という理由ではないだろう。

「静雄がコーヒー何て、珍しいな」

そう言うと、静雄は気恥ずかしそうにしつつ、コーヒーのカップを置いた。

「俺も、トムさんみたいな立派な大人になろうと思って」
「え、俺、んな立派な大人何かじゃねぇんだけど」
「いえ、トムさんは立派っす。いつも冷静だし、格好良いっす」
「え、や、えーと…」

それで先ず、手始めにブラックコーヒーなのかと納得したトム。
しかし、面と向かってそう言われると、流石に恥ずかしい。

「あー、何だ、そう思ってくれんのは嬉しいけどよ。まぁあれだ、ブラックも良いけど、ミルク入れるとよりコーヒーが引き立つらしいし…俺もミルク入れんの好きだし」
「ホントっすか?」

ミルク入れるのもアリだと言うと、静雄は表情を変えて身を乗り出して来た。
その姿はとても可愛く、ピコンと立つ耳が見える様だ。

「ミルク、貰って来てやっから」
「いえ、自分で…」
「良いって、座ってろ」

そう言い、席を立ったトム。
自分からブラックへ挑戦した為、砂糖を入れる事には抵抗があるかもしれない。
しかしミルクなら、受け入れ易いだろう。
カウンターへ行き店員にミルクを二つ貰い、再び席に戻る。

「ほら、入れてやっから」
「えっ、ぁ…スイマセン」

先輩にミルクを入れて貰い、おまけにマドラーで掻き回して貰っている。
その事に気を取られ、ミルクを二つも入れられている事にまでは頭が回っていない様子。
いつも砂糖も入れて飲んでいる静雄には、ミルク一つではまだ苦いだろうと思い二つ入れたトム。
何か言われたらどうしようと思っていたが、どうやら上手く行った様だ。
そんなトムの懸念までは解らない静雄は、恐縮しつつクルクル回るカップの中身をジッと見詰めていた。

「ほら、良いぞ」
「ありがとうございます」

礼を言い、琥珀色へと姿を変えた液体に口を付ける静雄。
先程よりは、苦味も和らいでいる。
しかし、いつもの物に比べるとやはり未だ苦く、静雄は小さく舌を出す。
だがトムの気遣いを無駄にしたくないと思い、もう一度口を付けた。

「まだ苦いか?」
「いえ……っ?」

一気に飲み干してしまおうと、カップを持ち上げた静雄。
しかし、それはトムによって阻まれた。

カップを持つ手をトムに掴まれ、静雄は硬直する。
手に手を取り合っている様な構図は、狩沢が見たら目を輝かせるだろう。

「俺も今日は砂糖入れてみたんだ。でも半分残っちまってな、入れるか?」
「あ…はい」

静雄の答えを聞き、頷いて残りの砂糖を静雄のカップに入れるトム。
そしてまたマドラーで掻き回し…。

「ちょっと味見させてな?」
「えっ、あ…」

戸惑う静雄を尻目に、トムはカップを奪って口を付ける。
先程入れた砂糖。
実は静雄のカップに入れるのが目的で、自分の方には殆ど入れていない。
残りの方が多い砂糖をたっぷりと注がれたコーヒー。
普段ブラックで飲む事が多いトムにとっては、破壊的な甘さだ。
しかし、静雄の為と思えば堪えられる。
我ながら、馬鹿だと思う。

「ん、良いんじゃね?」
「はい…ありがとうございます」

カップを渡し、見上げるトム。
そこで静雄が少し俯いてているのに気付き、トムは申し訳なさそうに眉を下げた。

「あ、悪ぃ、口付けちまった。嫌だったか?ゴメンな?」
「いえ、そんなんじゃ、寧ろトムさんなら…っ、じゃなくて、その、全然…」

段々と言葉尻が小さくなって行く静雄。
それに伴い、体も小さくなって行く。
そして、俯いている顔は真っ赤だ。

そこで、悪戯心が芽生えたトム。
静雄の前に置いたカップの向きを変え、自分が口を付けた箇所を、静雄の前に向けた。

「えっ…」
「寧ろ、なんだろ?」

そう言って、笑顔で自分のコーヒーを啜るトム。
それを見た静雄は、自分の前に置かれたカップを見詰めながら少し考えた後、控え目に口を付けて少しずつ啜った。

「静雄」
「はい?」
「今日、仕事終わったらウチ寄ってけ」
「……はい」

目を泳がせながら、小さく返事をした静雄。
そんな静雄を見て、初々し過ぎるだろうと思いつつ、トムはこの可愛い後輩を今晩はもっと可愛がってやろうと笑みを浮かべながらコーヒーを飲み干した。




end.

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