朝5題

□柔らかな光
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「だから、無理だって!」
律は懸命に声を潜めながら、それでもきっぱりと拒絶していた。

律は丸川書店の廊下にいた。
目の前には会議室の扉。
その中では律の担当作家、吉川千春とそのアシスタントたちが必死の作業中だ。
今月は特に進行が遅かったので、会議室での作業となったのだ。
他の編集部員たちも、手が空いたところで手伝いに来てくれることになっている。

だが必死で手を動かしていた最中、律の携帯電話が震えた。
表示を見ると「母」だ。
まったくこの忙しいときに!
律は心の中で悪態をついた。
どうせ家を継げだの、結婚しろだの、そんな話に決まってる。
心配してくれているのはわかるが、とにかく癇に障るのだ。
律はあとでかけ直すことにして、電話に出なかった。
だが電話は一度切れると、またしても震えだした。
いっそ電源を切ってしまいたいが、仕事の連絡もあるし、それはできない。

「小野寺さん、電話、いいんですか?」
吉野が不思議そうな顔で、こちらを見た。
律はこっそりとため息をつく。
他のアシスタントたちも気遣わしげにこちらを見ている間に、また電話が切れて、再び震えだした。

「すみません。すぐ戻ります。」
律は素早く立ち上がると、会議室を走り出た。
部屋を出るなり、通話ボタンを押す。
案の定、ご立腹の母親が、マシンガンのように一斉掃射を浴びせかけてきた。
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