雷8題

□雷撃(らいげき)
1ページ/3ページ

雪名皇は走っていた。
故郷の町は、今やすっかり荒れ果てている。
それは悲しいことであり、切ないことだ。
だがそれ以上に、気分は高揚していた。
もう逢えないと諦めていた想い人が、北海道に向かっているのだから。

実家近くに火の手が上がったのを見た雪名は、大急ぎで引き返した。
火災現場は雪名の家からはさほど遠くない場所で、近隣の住民たちが懸命に消火活動をしていた。
やはり消防は機能しておらず、通報しても応答はなかったらしい。
雪名もまたバケツリレーという原始的な消火活動に加わり、何とか鎮火を見届けて、帰宅した。
そしてようやく家に帰った時、先に帰宅していた兄から1枚の名刺を受け取ったのだ。

「東京から来たって人が、お前に渡してくれって。若い男2人だった。」
兄は短い言葉で、伝言主の特徴を伝えてくれた。
雪名は表に書かれた彼の所属を見て、ドキリとする。
丸川書店、エメラルド編集部。ひどく聞き覚えのある名前だ。
その下にある名前「小野寺律」という人物は知らないが、木佐に関わることだろう。
名刺を裏返した雪名は驚き、大きく目を見開いた。

『木佐さんが東京からこちらに向かっています。』
その一文の下には、ホテルの名前と部屋番号。
それだけの短いメッセージだったが、今の雪名には充分だった。
ホテルは雪名の家からはさほど遠くない。

木佐に逢える。
そう思うだけで、歓喜に震え、目頭が熱くなった。
兄はそんな雪名の肩を叩いて「うちは大丈夫だから、行って来いよ」と言ってくれる。
両親ももう雪名を止めようとはしなかった。
雪名は3人の笑顔に見送られて、ホテルへと走り出した。

ホテルに入り、指定された回へ上がろうとエレベーターを捜した雪名はギョッとした。
エレベーター前に男が1人倒れている。
左胸部と右足の太ももが血で染まった男は、すでに絶命していた。
恐る恐る近づいた雪名は「あっ!」と小さく声を上げた。

男の2つの傷は、素人目なので断言はできないが、銃で撃たれているように見える。
思い出させるのは、交番で見た光景だ。
頭部を銃で撃ち抜かれていた警察官の遺体と、その場になかった拳銃。
嫌な予感がする。

幸いにもまだエレベーターは動いているようだ。
雪名は逸る気持ちを抑えながら、エレベーターの呼び出しボタンを押した。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ