昼5題

□ランチタイム
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「すごい血筋なんですね!」
吉野はありったけの敬意を込めて、そう言った。
その時律の顔がかすかに強張ったことには、気が付かなかった。

吉野と律は、丸川書店近くのカフェで打ち合わせをしていた。
最近の2人のブームは、カフェめぐりだったりする。
打ち合わせや原稿の受領など、直接顔を合わせる時にはこういう店を使う。
しかもなるべく初めて行くカフェを選ぶのだ。

これは律の発案だった。
男の身で少女漫画編集、しかもこれから年齢を重ねていくばかり。
少しでも乙女度を上げるべく、仕事で会う時は若い女性が好きそうなカフェにする。
こんな風に言うと格好はいいが、実は美味しいものを食べたいという欲求もある。
オシャレなカフェで、食べるのがもったいないほどかわいいランチやスイーツ。
女の子は当たり前に楽しんでいることだけど、実は男にはハードルが高い。
だけど2人ならそういう店にも入りやすいし、打ち合わせも楽しくなる。

「うわ、このサンドウィッチ、美味しい!」
「こっちのピラフもイケますよ。」
「じゃあ半分食べたところで、交換しましょう。」
「わかりました。」

2人は先程打ち合わせを終え、ランチメニューを堪能していた。
羽鳥が聞いたら「お前ら女子か!」と突っ込みたくなるような会話。
だけど吉野はこの時間が好きだった。
羽鳥が担当の時は、自宅で手料理を作ってくれるか、外に出てもいつも同じ店だった。
しかも羽鳥はいつも苦虫を噛み潰したような表情で、コーヒーを飲むだけだ。
一緒にこういうランチタイムを過ごしたことはなかったと思う。

「それにしても小野寺さんって、こういうお店、よく知ってますよね。」
「知り合いの女の子に、詳しいのがいるんで。」
「え、彼女?彼女でしょ!」
「・・・違います。」

吉野と律はランチメニューを片づけて、食後のケーキも制圧した。
そして香りのよいコーヒーと共に、他愛もない会話を楽しむ。
だけど「カフェに詳しい知り合いの女の子」の話になって、律の口が重くなった。
言ってはいけないことを言ってしまったようだ。

「・・・彼女じゃないです。元婚約者です。」
律は吉野が口ごもったのを見て、困ったような表情で教えてくれる。
元婚約者。意外な言葉に吉野は「へ?」と声を上げた。

「親同士が結婚させたがって。でも結局俺が彼女をそういう目で見られなくて」
「もしかして小野寺さんって、すごい家柄の子だったりします?」
「父は出版社の社長です。」
「えええ!?」

吉野は思わず店中に響き渡るほどの声で叫んでしまった。
出版社の社長で小野寺と言えば、どう考えても小野寺出版だろう。
なるほどカフェで何かを食べている姿も、何だか品があると思っていたのだ。
羽鳥や柳瀬だって食べる時のマナーはちゃんとしているけど、彼らとは違う何か。
生まれの良さなのだと言われれば、すんなり納得できる。

「すごい血筋なんですね!」
吉野はありったけの敬意を込めて、そう言った。
その時律の顔がかすかに強張ったことには、気が付かなかった。
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