朝5題

□薄蒼の街並み
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そんな言い方をしなくても。
吉野は口を尖らせながら、羽鳥の横顔を睨みつけていた。

今日は取材と称して、人気のファッションビルに来た。
特に明確な目的はない。
10代の少女の流行の最前線を、とにかくただ見るのだ。
単に服装や持ち物のチェックなら、ネットだっていい。
だけど実際に自分の目で、読者層の少女たちや、彼女たちが好むオシャレなものを観察して歩く。

何しろ吉川千春の正体は、もうすぐ30歳になる男なのだ。
10代の少女たちからすれば、まちがいなく「おじさん」だろう。
だからこそ少女たちの雰囲気をちゃんと感じることは大事だと思っている。
実を言うと、若い女の子たちが集まるファッションビルなんて居心地が悪い。
だけど少女漫画を描き続けるためには必要なことだと思っている。

「1日中、つき合わせてしまってすみません。よかったらこの後食事でも」
納得するまで見て回った後、吉野は律に声をかけた。
律は「そうですね」と答えたが、目の焦点が合わず、膝がガクガクと震えている。
具合が悪いのは、一目瞭然だった。
「小野寺さん!?大丈夫ですか」
吉野は焦って声をかけたが、律は意識を失い、その場に倒れてしまった。

そしてその後の行動を思い出すと、吉野はかなり恥ずかしい。
オロオロと律を揺すったりするだけで、何もできなかった。
通りすがりの人が救急車を呼んでくれて、手近な病院に向かったのだ。
吉野がしたのは言われるままに律に付き添ったこと。
そして入院が必要なのでご家族に連絡をと言われて、慌てて羽鳥に電話をしたことだけだ。
まったくいい大人が、あり得ないほど動揺してしまった。

「ったく。編集者が作家に世話させてどうする!」
病院に駆けつけて来た羽鳥は、開口一番律を怒鳴った。
吉野は慌てて「トリ、やめろよ!」と割って入る。
体調が悪くてベットに横たわる部下に、それはあまりにも心無いことに思えた。

そんな言い方をしなくても。
吉野は口を尖らせながら、羽鳥の横顔を睨みつけていた。
何せ、吉野だって後ろめたい部分はあるのだ。
毎回締め切りを守らないし、今日もこうして取材に同行させている。
それにこの前アシスタントたちが「小野寺さんって最近少し痩せたよね?」などと噂していた。
無理をさせている自覚は、大いにあるのだ。

「すみません。」
「いいから寝ていろ。とにかく明日と明後日は休め。後は様子を見てからだ。」
今は意識を取り戻した律が、ベットに身体を起こして頭を下げる。
羽鳥はそのままベットから出ようとする律を手で制して、押しとどめた。

「吉野。帰るぞ。」
羽鳥は用件だけ告げると、さっさと病室を出て行く。
吉野は慌てて「今日はありがとうございました!」と律に頭を下げると、それに続いた。
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