雷8題

□雷撃(らいげき)
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「ここからは歩きだな。」
高野の言葉に、羽鳥も木佐も頷いた。

ようやく本州の北端に到着した高野たちは、まずフェリーの乗り場へ向かった。
出来れば車のまま、北海道に渡りたかったからだ。
だがやはりフェリーは運航していない。
3人の出した結論は、青函トンネルを歩くことだった。
そして多分そのまま札幌まで歩くことになる。

高野はここまで頑張ってくれた愛車をじっと見た。
かつて律を乗せたこともある、思い出の車だ。
ここまで来る間に何度もぶつけられたりしたので、すでにボロボロだった。
置き去りにするのは切ないが、もうここでお別れだ。

「なぁ車、貸してくれよ。」
不意に背後から声をかけられて、高野は顔をしかめた。
案の定、高野に声をかけてきたのは、ガラの悪そうな男だった。
その傍らには、いわゆるギャル風の目つきの悪い女が立っている。
2人とも金に近い色に染めた髪は傷んでおり、のっぺりとした顔には少しも似合っていない。
その上ヘラヘラとした感じが、いかにも頭が悪そうに見える。
見るからに不愉快になるようなカップルだ。

「やだよ。何でお前らなんかに!」
すかさず答えたのは木佐だった。
いくら乗り捨てていく車でも、こんな連中には渡したくないと思ったようだ。
カップルの男が「何だと!」と怒声を上げながら、いきなり木佐の胸倉を掴んだ。

「やめろ。車はくれてやる。」
高野は無表情にそう言った。
こんな連中に思い出深い愛車を渡したくはないが、今はトラブルは避けるべきだ。
羽鳥も頷いて「荷物だけ取らせてくれ」と、男に声をかける。

「あ〜、食べ物があるぅ!」
車を覗きこんだ女が間の抜けた声でそう言うと、男が「何?」と反応する。
そして木佐を突き飛ばすと、さっさと運転席に乗り込んでしまった。
女も「貰っていくね〜」と言いながら、助手席に乗り込んだ。
こういうことに慣れているのか、呆れるほどに見事な連係プレーだ。

「ひでーな!降りろよ!」
突き飛ばされた木佐の文句も聞き耳を持たずに、2人はドアをロックした。
そしてつけっぱなしのキーでエンジンをかけ始める。
高野たちは顔を見合わせたが、諦めたように首を振った。

食料ももうさほど残っていなかったし、大事なものは身につけている。
何よりも時間が惜しいし、早く先に進みたいのだ。
ここで得体の知れない連中を相手にしている場合ではないのだ。

諦めて歩き出した途端雷が鳴り響き、3人の背後で爆音がした。
まるで背後から突き飛ばされたような強い衝撃に、3人とも地面に転がった。
そして振り返った彼らが見たのは、炎上する車だった。

雷撃にやられたのだ。
あのカップルの2人は逃げるどころか、何が起こったのかさえわからなかっただろう。
あと少しタイミングがずれていたら、間違いなく死んでいたのは高野たちだった。

「確かに感じ悪い2人だったけど、目の前で死んじゃうなんて。。。」
呆然と呟く木佐に、羽鳥が励ますように肩を叩いた。
高野は努めて淡々と「行こう」と声をかけた。
だが歩き出す膝が震えているのを、止めることが出来なかった。

【続く】第7話「雷光(らいこう)」に続きます。
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