短編
□カリスマアイドルは塩対応?
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「次の方、どうぞー」
隣に控えているスタッフが手を掲げる。
ついに私の番が来てしまった。
誘導に従って、慌てて所定の立ち位置へ向かう。
緊張で歩き方まで忘れてしまいそうだ。
一呼吸置いて見上げれば、レコードジャケットやポスターで何度も見たあの美しい瞳と目が合った。
『あっ、あのっ、えっと、』
第一声から躓いてしまって、ますます動揺が加速する。
アヤナミ様の身長の高さは知っているが、実際に彼を前にして首も目もぐっと上げていると身長差が身をもって実感された。
視線の先の彼は、ただ静かに待っている。
──大丈夫だ、落ち着いて、準備してきた通りに話せば。
深呼吸をして、ずいっと両手を差し出して、私はもう一度口を開いた。
『あの、ずっとファンでしたっ!!』
「ああ。久しいな」
『はい!……えっ!?』
「私達がまだほとんど名も知られていなかった頃からイベントに来ていただろう。よく覚えている」
『え、あっ……えっ……?』
低く艶やかな声が鼓膜を揺らす。
私の手を包み込むようにしっかりと握られた彼の手は大きくて、がっしりとした力強さがあって、肌から伝わる温もりに胸が高鳴るのと共にどこか穏やかな安心感を覚える。
しかし、掛けられた言葉はあまりにも想定外のもので。
目が回ってしまいそうなくらいに、私の頭の中は彼の言葉が駆け巡って大混乱だった。
どれくらいの間そのままだったのだろう。
「時間でーす」
横から飛んできた声に、漸く私は我に返った。
──ああ……あわあわしているうちにせっかくの時間が終わってしまった……。
『こ、これからもずっと応援してます!!』
スタッフに促されるまま歩き出した去り際に、やっと最後に一言だけ絞り出した。
あまりにも畏れ多い、私如きには余りある言葉を貰ってしまったような気がして……この程度では何のお返しにもならないけれど。
これだけは伝えたかった、伝えなければと思って持って来た言葉だ。
ああ、と淡白に返答するアヤナミ様の表情に微かに笑みが浮かんでいるように見えたのは、動揺が極まった私の思い違いだろうか。
その後のことは、正直に言えばあまりよく覚えていない。
来る時以上に地に足が着いていないような、夢見心地のまま会場を後にしたのだろう。
その後暫くの間、あの瞬間を思い返しては身悶えする日々が続くのだった。
私が今まで以上にアヤナミ様を好きになってしまったのは、言うまでもないことである。
*