神桃学園
□参
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ユキはあまり話さない少年だった。話しかけば数テンポくらい遅れて反応をみせるが、自分から話すことはほとんどない。だから、彼について分かったことと云えば、常に弐区で過ごしている、ということくらい。
ミチルは、普段よりおしゃべりになっていた。
「でね、あんの薫のお嬢さまってば、何て云ったと思う? 『庶民と友達になってもなんのメリットもないから、話しかけないで』だって。信じられない」
「庶民なのに、この学園に入れたの」
ユキは地面に腰をおろしたまま、たずねた。片手では、枝を組み立てて塔をつくっている。
「うん。おじいちゃんが学費払ってくれてるんだ。資本家でね、すっごいお金持ち。私は遠慮したんだけど、毎日ほど電話で、神桃学園は素晴らしいって勧めてくるの。それでお言葉に甘え……ああっ!」
そうだ。おじいちゃんは昔この学園に通っていたんだ。全部知ったうえで、私に……。間違いない……これは、
「おじいちゃんの陰謀だ! なんてこと!」
「…………」
「あんな言葉、真に受けなかったら、鬼なんてわけの分からないことに、巻き込まれずに済んだのに! 私のばか! おじいちゃんのばかー!!」
「…………」
「その上、お嬢さまお坊ちゃまばかりで、話しの合う人もいないし……」
「先輩、友達いないんだ」
ユキの言葉には悪意がなく、ミチルは思わず吹き出した。
「ひどいなぁ……でも、仲良くしてくれる人はいるんだよ。友達かと聞かれれば、ちょっと困るけど……あ、」
ミチルは近くに落ちていた枝を、ユキに渡した。
「私たちって、もう友達なのかな」
「友達ってなに」
「わからないけど、たぶん、一緒にいて落ち着く人」
「……そう」
だけど、とユキは完成した塔をぼんやり眺めて云った。
「ぼくは、いつも落ち着く。一人でも、誰とでも」
「それは、羨ましいかも」
ミチルは笑った。
西の空から、カッと日が差し込み、二人を朱色に照らしだした。まわりの草花も、同じようにきらきらと輝いている。
ミチルは改めて、ユキの庭を見渡してみた。きちんと整えられているが、造られた感じではない。奥行きがあり、薔薇のアーチ型トンネルの向こうには、みずみずしい緑の庭園と小川。その向こう岸には、小屋と、藤のつたをからませた、あずまやが見えている。
「ここ、いいところだね」
「うん」
ユキは太陽を食い入るよう見つめ、両手を空にかざした。まるで光をてのひらで転がすように、いとおしそうに。
「きれい」
ユキがやわらかく呟き、ミチルはどきっとした。
「ほんとうだね。ほんとうに、きれいだね」
「うん!」
ユキは、今までの無表情が信じられないほど無邪気に笑った。
――ああ。この人と、友達になりたい。
そう思ったとき、五時間目の終わりを告げるチャイムが鳴った。