神桃学園

□弐
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 森の濃い香りが、夜の闇に溶け込んでいる。広場の右手、並木道の向こうには、星を撒いたように、ぽつぽつと明かりが燈っていた。

 ここら一帯は住居区だ。衝撃的な入学式を終えた新入生たちは、学年ごちゃまぜの、ペンション風の寮へとそれぞれ振り分けられた。これからは、約十名ほどの仲間と同じ建物で暮らすことになる。

 寮は二階建てで、中央の庭を取り囲むように十二の部屋が並んでいた。ミチルの部屋は二階の《2-3》。お風呂つきの、こじんまりとした可愛い部屋だった。部屋に届いてあった荷物をまとめた後、皆が待っている庭へと小走りに向かう。

 小さな人工池に囲まれた小島には、藍色の屋根をさしかけたあずまや。細い橋を渡ると、胃を刺激する、美味しそうな匂いが漂ってくる。

「遅くなってすみません」

 中に入ると、木製のテーブルを囲んで座っていた先輩たちが、笑顔で迎えてくれた。

「ゆっくりして構わないのよ。もう一人の新入生もまだだから」

 優雅に頬杖をついて、柔らかな物腰の女生徒が云った。

「私は三年の園田幸恵。ここの寮長を任されているの。改めてまして、ミチルさん。紫苑寮へようこそ」

「はっ、はい。あの、紫苑寮というのは……」

 まぁ、と幸恵は笑った。他の人たちもにこにこしている。

「勿論ここのことよ。むかし紫苑という名の女生徒がこの寮にいたの。彼女は勇気のあるお人でね、たった一人で第壱区の《鬼ノ穴》に入り、しかも生きて戻ってこられた。その功績を讃えて、この寮では代々彼女の名を伝えているの。でもだからって真似してはだめよ。死んでしまうわ」

「……なるほど、それで……」

 ミチルは笑顔をつくりかけて、俯いた。

「すみません、私」

「ま、まぁ。どうしたの?」

 慌てる幸恵を、隣に座っていた短髪の少女が軽く小突いた。

「そりゃ落ち込むよ、入学初日に鬼の話しなんかされたらさ。あ、あたしは三年の木嶋彩ね。よろしく。この学園のことちゃんと話すからさ、とりあえず座って」

 さばさばとした口調に圧倒されつつ、ミチルは身を小さくして座った。

 テーブルの上には色鮮やかな温野菜のサラダと、クリームパスタが並んでいる。ミチルは緊張しながらも、料理が冷めないだろうかと心配になった。

「まずは自己紹介ね」

 幸恵がウキウキした様子で両手を合わせた。

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