神桃学園
□拾参
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戦うことが自分の役目なら、それでよし。別の役目が与えられたなら、それでも構わない。
昼は人の為に働き、それなりに疲れ、夜になれば酒を楽しむ。それさえ出来れば満足だった。
「ああ、コハル。構え方がちと違うな。これをこうして……」
「承知しました。こうですね」
「うーむ」
指導を続けていると、慌ただしい足音が、庭になだれ込んできた。三人の男が、息を切らしながら、片膝をつく。
「ツル殿に、援助して頂きたく参りました所存」
「何事じゃ」
鬼か、とコハルが聞くと、一人が首を振った。
「弐区から侵入者にございます。既に門は破られ、只今は、護門村で暴れておりまする。村を突破するも、時間の問題かと」
どんな輩じゃ、とツル。
使者は云いにくそうに答えた。
「それが、若い娘たったの三人でございまして」
「娘に手間取っておるのか」
「内の一人が恐ろしく強いのです。それはもう、目にも止まらぬ速さで峰打ちを繰り出し、ばったばったと」
ツルは髪を結い、片刃の刀を鞘に収めた。
「峰打ちか。話しの通ずる相手かもしれんな。娘と云うのも面白い。どれ、行ってみよう」
楽しそうなツルに、三人ばかりかコハルまで呆れ顔になった。
門を突破してから、三人は一直線に村の出口へと突き進んでいた。村人全員が、進むのを阻んでくるので、なかなか抜けれない。
だが、幸恵の腕っ節の強さは圧倒的だった。鬼用の正規剣でなく、もう一本の刀で、敵を次々と気絶させていった。
愛子は、ヘアピンで相手を惑わせていた。際どく目に当たらない位置を狙って、投げつける手腕は、さすがとしか云えない。ピンがどこから沸いて来るのかは、全くの謎だが。
一方、実戦慣れしていないミチルは、足を引っ張らないようにするので、精一杯だった。
一人だけ、気合いで気絶させた。もしや死んだのではと心配になり、おろおろ確かめていると、幸恵の怒声が飛んできた。刀を持っている時の幸恵は、怖い。
村の出口が見えてきた。
「出口は近いわ! このまま突っ切りましょう」
幸恵が士気を上げるように叫ぶ。
その時、前方を塞いでいた村人たちの波が、わらわらと引いていった。道が開き、前から一人の男が歩いてくる。見た感じ、三十路あたりの男だった。
男は刀を構えてはいるが、敵意の欠片もない目で、幸恵を見ている。逆に、幸恵は緊張しているようだった。
「そこを、開けて頂戴」
男はううむ、と唸った。
「まずは、理由を聞こう。なぜ、壱区に来たのじゃ」
ミチルが前に進み出ようとすると、幸恵は静止をかけた。そして、男にきっぱりと云った。
「あなたに云う必要はないわ」
「それなら、戦うしか他はないか」
「望むところよ」
幸恵は、走り出していた。刀と刀がぶつかり合い、甲高い悲鳴のような音が響いた。男は顔色一つ変えなかった。
ミチルと愛子は、初めの数秒で、どちらが優勢かに気づいた。
「負けるわね」
愛子が呟いた。
幸恵は、受け流すだけで精一杯になっていた。男は、いつでも止めを刺せそうな勢いなのに、あえて続けている。
――馬鹿にしているの?
幸恵が苛立ち始めた。ついに、隙を狙って刀を引くと、相手の肩に体当たりした。躓きかける相手を押し倒し、一瞬の間に唇を相手の唇に押し付ける。幸恵は弾き飛ばされ、そのまま気を失った。
男は口から、ぺっぺっと何かを吐きだした。村人から水を貰うと、さらにそれでうがいをする。
「恐ろしい娘じゃ」
男は、刀を鞘に収めた。
「毒殺されるかと、思うたわ」
男は幸恵を背負い、村の出口に向かって歩き出す。ミチルが前に踊り出た。
「どこへ連れていくつもりですか!」
男は優しく笑った。
「烏舞村じゃ。そなたらも、ついてくるがよい」
怪しむミチルをなだめるように、愛子が肩に手を置いてきた。
「ついていきましょう」
「……うん」
村人も、もう引き止めはしなかった。
《死ノ森》を通って烏舞村につくと、男はほっと息をついた。
「わしは、森の空気が苦手じゃ。ぴいんと張り詰めておって、歩くだけで疲れる」
「歩いたら、疲れると思います」
ミチルが息を切らしながら云うと、男は「それもそうじゃな」と笑った。
村の風景は、時代劇に出てくる農村のようで、タイムスリップした気分になる。子供たちがちゃんばらごっこをしているのにも、出くわした。もっとも、遊びには見えなかったが。
「女、童子、年寄りはここで作物をつくってくれておる」
「へえ……」
畦道をしばらく歩くと、建物が急に増えた。さらに奥へ進むと、黒い瓦を背負った屋敷まで現れる。
細い道を歩いていると、あちこちから素振りの音が聞こえてきた。
「男はここで剣の腕をみがき、交代制で鬼退治へと向かうのじゃ。女でも強ければ、ここに住むがの」
男は、屋敷の一つに入った。二人も続いて入る。
「コハルや」
庭先で呼ぶと、仕えの者を従えて、ミチルたちと同じ年頃の少年がやって来た。
「兄上。今、お帰りですか」
「ああ、ただいま」
弟じゃ、と男が教えてくれた。
コハルは、後ろのミチルたちに気づいて、ぎょっとした。
「お、おじゃましてます」
ミチルが云うと、コハルはきっと顔を引き締める。
「そやつらが、賊ですか」
「ああ、そうなんじゃが……」
「イズリ。コトハ。二人を納屋に閉じ込めておけ」
「あい」
「承知いたしやした」
「ああ待て、コハル。そんな手荒な真似は……」
「なりません!」
仕えの者二人が、問答無用でミチルと愛子を引っ張っていく。コハルは、さらに兄の背中に目を光らせた。
「その娘もです!」
「うーむ……」
そんな訳で、三人は納屋の中で両手をしばられた。そのまま放置され、しばらくして幸恵が目を覚ます。二人は今の状況を説明した。
「そう……それで、こんなことに」
「すみません。私たちがもっと、しっかりしていれば……」
「そんなことは、ないわ。命があるだけよしとしましょう」
幸恵はそう云って、再び目をつむった。
ミチルは、眠りかけの二人に、ずっと気になっていたことを聞いた。それは、二人が、なぜついて来てくれたのか、という問いだった。
幸恵は戦うことが誇りのはず。自分が今しようとしていることは、彼女からその誇りを奪うことだ。
愛子だって、自分の答えを見つけるために白影隊に入ることを夢みたのだ。その夢を、上手くいけば、奪うことになる。
幸恵は、目を開けた。
「ミチルちゃん……私はね。今まで、自分の為だけに戦ってきたの。人の為だとか、建前に過ぎない。戦うことでしか自分の価値を守れない、弱い人間だったのよ」
「……幸恵さん」
幸恵は、微かな隙間から見える青空を見上げた。
「でもね、今は違う。彩が教えてくれたの。誰かを守る為に戦う強さを。だから、私はミチルちゃんの思いを叶える為に戦いたい。それがきっと、皆の願いでもあるから」
ミチルは、咄嗟に声が出なかった。幸恵はこんなにも強い思いを持って、ここにいるのだ。血の滲む思いで、苦難を成長に変えて。
「園田先輩、尊敬します」
愛子が云った。
「私は、結局、未知のものへの興味でついてきただけ。情けないわね」
「情けなくなんか、ない」
ミチルは云った。
それに、ミチルは知っていた。愛子は、少なからず家族への思いを持って、ここにいる。