神桃学園
□拾壱
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リンタが笹川に寄った。
「ねえ、それって、どこから聞いた話し? どうしてそんなことが、分かるんだい」
笹川は一瞬後ずさった。綾小路が抗議するように、リンタをにらむ。しかし、笹川はしっかりと答えた。
「お父さんが、しんじゃったから」
好奇心を浮かべていた者は、罰が悪そうに顔をふせった。
「五年生になったとき、お母さんが話してくれたの。神の裁きに、父が巻き込まれたって。裏の法で罰されるから、このことは絶対外で話しちゃだめだって。でも、そんなの、ぜんぜん分からない! だから私、この学園に来たんです!」
――はじめから、分かっていて?
逃げることなく、父の死と向き合おうとしたのか。
このいたいけな少女の秘める強さを、ミチルは感じた。
「それを今まで黙ってたのは、どういう了見なんだい」
リンタの冷たい声に、笹川はがくがくと震えた。
「それは……っ、だって……」
もう止めてください、と綾小路。リンタは、彼を軽蔑するように見やってから、黙りこんだ。
「神の裁き、ねえ」
アツコが腕を組んだ。
「だから、兵器を使うことに躊躇するってわけかい。神がどこまで許すのか、わからないから」
その時、ふと誰かが呟いた。神は一体何がしたいのかと。その問いの答えこそ、根本的な真実なのではないか。そう誰もが感じたが、知る術などあるはずがなかった。
手紙をすべて読み終わると、皆は困惑した表情を浮かべていた。これらは、国から学園に宛てられたものだった。
「だけど、てんで意見がばらばらですね」
「きっと、国もどうすればいいのだか分からないんだよ」
彩は紙を取ってきて、国、学園、壱区、と書いた。それぞれの主張を書き入れていく。
「国には、士道に従うべきだっていう意見と、兵器を使うべきだって意見がある。壱区は……」
彩がリンタを見た。リンタは頷いた。
「壱区は、基本的に戦うことがすべてだよ。それ以外の道はないってふうに教えられるから。でも、ここ最近、学園出身の白影隊との交流が増えてきた。そうなると当然、解放されたがる人も出てくるわけだ。俺もその一人だよ」
つまり、壱区にも反対の思いがあるのだ。
「一番わからないのは、学園ですよね」と綾小路。
「予言が関わっている、なあんて話しがあったかな」
リンタが云って、ミチルはごくりと唾を飲んだ。皆の興味が集まる前に、急いで口を開く。
「それはさておき。国も壱区も学園も、本当に私たちの敵なんでしょうか」
狂踊祭の日から、ミチルが感じていたことだった。
「皆、どうすればいいのか分からないながらも、解決したいと思ってるんじゃないでしょうか。この悲劇の終わりを望んでいるという点では、私たちと変わらないような……気がするんです」
自分で云っている内に、脱力感におそわれた。これで、振り出しに戻ったのだ。
アツコが「なんだいそれは」と力無く云った。
「学園は敵だよ。私の息子を殺したんだ……」
そう感じたのは、彼女だけではない。リンタにとって壱区は敵で、笹川にとっては国が敵。彼らにとって、その事実は変わらないのだ。
リンタは、何やら神妙な顔つきで云った。
「学園はたしかにバラバラだね。だけど、それにしては、肆区の白影隊は少々まとまり過ぎていると思わないかい」
「それは、確かに」
ミチルも頷いた。この時、リンタの頭の中には、ある女の姿が浮かんでいた。
「藤沢せんせえーい!」
「おや、勇ちゃん。今日も可愛らしいですね」
鈴岡は、んもう、と藤沢の背中を叩いた。あまりの力強さに、藤沢は吹き飛ばされそうになった。痛みをこらえながら、にこにこと笑みを浮かべる。
「なっちゃんは、元気ですか」
鈴岡の顔が陰った。
「夏見は――はい。相変わらず」
微妙な返事に、藤沢は「そうですか……」と呟き、鈴岡をベンチに導いた。
燃えるような紅葉が、頭上で生き物のようにうごめいている。秋のこおばしい空気が、鼻をくすぐった。
「昔を、思い出します」
鈴岡が唐突に云った。
「こんな日はよく、妹と一緒に、あなたに遊んでもらいました」
「そうでしたねえ……」
藤沢も微笑みを浮かべた。
鈴岡と夏見は、《常夜街》で生まれた。
市街区に住むのは学園の卒業生か、白影隊員になった生徒の家族。そして、そこで新たに生まれる命もある。学園創立以来、市街区の人口はそうして増えていった。
二人が小さい頃、藤沢はすでに教師をしていた。鈴岡の両親が働く居酒屋によく通ったので、そこの兄妹にすっかり懐かれてしまった。
「あの頃は、本当に楽しかったわあ」
――夏見もよく、笑っていた。
鬼が、肆区に来るなどという惨事がなければ、今でもあの太陽のような笑顔を見れたのだろうか。そう思うと、胸が張り裂けるほどに切ない。
今から二十年前のことだ。両親が鬼に殺されるところを、夏見は目の前で見ていたのだ。
「どうしてあの時、側にいてあげられなかったんだろうって、悔やんでも悔やみきれないんです」
鈴岡の震える手を、藤沢はそっと握った。
「勇ちゃんは、悪くないですよ」
優しい声に、鈴岡は泣きそうになった。この会話は、今までに何度も繰り返した。その度に藤沢は、煩わしがることなく、壊れそうな心を救ってくれる。
「夏見が何を考えているのか、わからないんです。最近は口も聞いてくれなくて」
鈴岡は打ち明けた。藤沢は落ちてきた椛の葉を掌で受けて、指でくるくると回した。
「なっちゃんは……ひよっこ白影隊の指揮で、大変なんでしょうね。上が頼りない分、責任を感じているのかもしれません。校長先生は云うまでもないですが、理事長も周りの見えない人ですからね」
鈴岡は寂しげに口を尖らせた。
「それなら少しくらい、私に頼ってくれればいいじゃないのよ……」
手紙を解読した次の集会で、ミチルは愕然とした。メンバーが大幅に減っていたのだ。
今まで学園への怒りを軸に生まれていた結束力は、こんなにも簡単に壊れてしまった。笹川の話しを聞いて『神の裁き』を恐れた者も多かっただろう。残った人も、戸惑いや不安感を隠せないようだった。
「誰と戦ってるのか、わからなくなったわ」
「神を敵にするなんて、怖い」
そう云って、日に日に仲間は抜けていった。《折れた剣》の集会場は、急速に熱気を失っていった。
リンタは何とか抜けさせないように必死だった。そして、抜ける者に対しては、容赦なくきつい言葉を浴びせた。そんな彼の姿は痛々しいほどで、彩は見てるだけで辛そうだった。
「あたしは絶対、抜けないよ」
安心させようと彩が云った言葉にさえ、リンタは無視することがあった。
アツコは常に苛々しながらコップを拭いていたし、綾小路と笹川は端の方で二人だけの世界をつくっていた。
――もう、ばらばらだ。
ミチルは、一言でも発せば何かが爆発しそうな空気に身震いした。
そんな時、ついに信頼関係が完全に崩壊する、決定的な事件が起きた。
ミチルは、久しぶりにユキの庭へ行った。庭に入って名前を呼んだ瞬間、ユキが弾丸の勢いで飛びついてきた。
「ミチル! ミチル!!」
「ど……どうしたの!? すごく嬉しいけど」
ミチルはユキの背中に手を回しながら、照れ笑いを浮かべた。ユキに手を引かれ、庭の奥までいく。
「見て、ミチル。これ、ミチルのために集めた」
そこには、沢山の花束と綺麗な石が並んでいた。
「わあ……ありがとう!」
ミチルは跳ねるほど喜んだが、そこでふと違和感を覚えた。