神桃学園
□玖
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ミチルは茂みから出てきて、ぶんぶんと手を振った。
「なにも見てませんよ!」
「田中」
「はいっ!」
「《狂踊祭》のことだがな」
「ええっ!?」
「まだ、なにも云っていないだろう」
秋月がくすくすと笑いながら出てきた。神谷は怪訝そうに彼を見る。
「なぜお前がここにいる」
「お気になさらず。続きをどーぞ」
神谷はため息をついてから、ミチルに向き直った。
「《狂踊祭》のオープニングで、金色桃組は毎年、演舞を披露することになっている。不本意だが、俺も選ばれたんで、出なくてはならない。そこでだな、弟子であるお前には、剣の渡し役を頼みたいんだ」
ミチルは、一気に気が抜けた。
「なんだ、そういうことか。いいですよ、それくらい」
「ちなみに、それが終わったら出演した人数分の剣を、倉庫に片付けに行く。それも手伝ってほしい」
「あー……はい」
「その後は、祭が終わるまで飲み物の配分だ。わかったな」
ちょっと待ってください、とミチルは云った。
「それだと、踊りには参加できないじゃないですか」
それに、学園内を詮索する計画も丸つぶれだ。
「参加するのか」
「……参加、したいです」
「相手はいるのか」
「いないけど……でも、ドレス、着たいじゃないですか」
ミチルが口をとがらせると、秋月は感極まったような顔で叫んだ。
「可愛ええ、むっちゃ可愛ええよ、ミチルちゃん!」
「お前は黙っていろ」
神谷は不思議そうにミチルを見た。
「相手もいないのに、どうやって踊るんだ」
「一曲くらい、相手してくれる人がいるかもしれないし」
ミチルは俯いた。すると、神谷の、失望したような声が聞こえてきた。
「お前は、誰とでも踊るのか」
「え……」
「秋月と同じだな」
ミチルは、とっさに反応できなかったが、じわじわと腹の底から怒りが込み上げてくるのを感じた。
「先輩は、なにも分かってません!」
「そうや、乙女心にうとすぎや」
「そういうことでも、ありません!」
ミチルは腹のたった余りに、クッキーの袋を、神谷の腹元に押し付けた。
「剣の片付けまでは、手伝ってあげます。そのかわりに、私と一曲踊ってくださいよ!」
神谷は驚いた顔をしている。その表情を見て、ミチルは今さら緊張してきた。なにせ、神谷といえども、男の人をこんなふうに誘うなんて、初めてだから。祖母にはきっと「はしたない」と怒られてしまうだろう。
「田中」
神谷が真剣な顔を寄せてきた。
「な、なんですか」
ミチルは息をのむ。
「お前は、眉毛をそらないんだな」
「…………」
ミチルが怒りと屈辱に震えたのは云うまでもない。
「悪いですか。綺麗な眉毛がそんなにお好みですか、先輩は」
「あ、いや。ただ、俺の周りには眉毛を整えている女が多かったから、珍しく思えてだな」
「もういいです。先輩の、馬鹿、かぼちゃ、なすび!」
ミチルはそのまま、風のように走り去って行った。呆然と突っ立つ神谷に、秋月がじとーと視線を送る。
「ほんま、阿呆な男やな」
「お前には云われたくない」
神谷をひとしきり笑い飛ばしてから、秋月は思い出したように尋ねた。
「で、神谷は、眉の整った女性が好みなんか」
「まさか。そんな細かい部分まで、気にしてどうする」
神谷が仏頂面で云うと、秋月は「そら、なあ」と相槌を打った。
「じゃあ、どんな子がタイプなん? やっぱり、目の大きい子? それとも、スレンダーな……」
「見た目の美の基準など、場所や時代によって変わる頼りないものだ。そんなものに流される軟弱な男と、一緒にするな」
「あーもう、またぶっ飛んだ話しを」
「お前も、そういう輩だろう」
「ちゃうわ。何度も云うけど、僕は根源的な部分で、女の子っていう生き物が好きなんや。だから、みーんな大好きや」
うっとりしたように話す秋月に、神谷はため息をついた。
「まあ、悪い考えだとは思わないが。女鬼に情を入れ込むのはやめてくれ」
「ミチルちゃんのクッキー、美味しい」
「話しを、聞け。そして食うな」