神桃学園

□玖
2ページ/6ページ

 ミチルは茂みから出てきて、ぶんぶんと手を振った。

「なにも見てませんよ!」

「田中」

「はいっ!」

「《狂踊祭》のことだがな」

「ええっ!?」

「まだ、なにも云っていないだろう」

 秋月がくすくすと笑いながら出てきた。神谷は怪訝そうに彼を見る。

「なぜお前がここにいる」

「お気になさらず。続きをどーぞ」

 神谷はため息をついてから、ミチルに向き直った。

「《狂踊祭》のオープニングで、金色桃組は毎年、演舞を披露することになっている。不本意だが、俺も選ばれたんで、出なくてはならない。そこでだな、弟子であるお前には、剣の渡し役を頼みたいんだ」

 ミチルは、一気に気が抜けた。

「なんだ、そういうことか。いいですよ、それくらい」

「ちなみに、それが終わったら出演した人数分の剣を、倉庫に片付けに行く。それも手伝ってほしい」

「あー……はい」

「その後は、祭が終わるまで飲み物の配分だ。わかったな」

 ちょっと待ってください、とミチルは云った。

「それだと、踊りには参加できないじゃないですか」

 それに、学園内を詮索する計画も丸つぶれだ。

「参加するのか」

「……参加、したいです」

「相手はいるのか」

「いないけど……でも、ドレス、着たいじゃないですか」

 ミチルが口をとがらせると、秋月は感極まったような顔で叫んだ。

「可愛ええ、むっちゃ可愛ええよ、ミチルちゃん!」

「お前は黙っていろ」

 神谷は不思議そうにミチルを見た。

「相手もいないのに、どうやって踊るんだ」

「一曲くらい、相手してくれる人がいるかもしれないし」

 ミチルは俯いた。すると、神谷の、失望したような声が聞こえてきた。

「お前は、誰とでも踊るのか」

「え……」

「秋月と同じだな」

 ミチルは、とっさに反応できなかったが、じわじわと腹の底から怒りが込み上げてくるのを感じた。

「先輩は、なにも分かってません!」

「そうや、乙女心にうとすぎや」

「そういうことでも、ありません!」

 ミチルは腹のたった余りに、クッキーの袋を、神谷の腹元に押し付けた。

「剣の片付けまでは、手伝ってあげます。そのかわりに、私と一曲踊ってくださいよ!」

 神谷は驚いた顔をしている。その表情を見て、ミチルは今さら緊張してきた。なにせ、神谷といえども、男の人をこんなふうに誘うなんて、初めてだから。祖母にはきっと「はしたない」と怒られてしまうだろう。

「田中」

 神谷が真剣な顔を寄せてきた。

「な、なんですか」

 ミチルは息をのむ。

「お前は、眉毛をそらないんだな」

「…………」

 ミチルが怒りと屈辱に震えたのは云うまでもない。

「悪いですか。綺麗な眉毛がそんなにお好みですか、先輩は」

「あ、いや。ただ、俺の周りには眉毛を整えている女が多かったから、珍しく思えてだな」

「もういいです。先輩の、馬鹿、かぼちゃ、なすび!」

 ミチルはそのまま、風のように走り去って行った。呆然と突っ立つ神谷に、秋月がじとーと視線を送る。

「ほんま、阿呆な男やな」

「お前には云われたくない」

 神谷をひとしきり笑い飛ばしてから、秋月は思い出したように尋ねた。

「で、神谷は、眉の整った女性が好みなんか」

「まさか。そんな細かい部分まで、気にしてどうする」

 神谷が仏頂面で云うと、秋月は「そら、なあ」と相槌を打った。

「じゃあ、どんな子がタイプなん? やっぱり、目の大きい子? それとも、スレンダーな……」

「見た目の美の基準など、場所や時代によって変わる頼りないものだ。そんなものに流される軟弱な男と、一緒にするな」

「あーもう、またぶっ飛んだ話しを」

「お前も、そういう輩だろう」

「ちゃうわ。何度も云うけど、僕は根源的な部分で、女の子っていう生き物が好きなんや。だから、みーんな大好きや」

 うっとりしたように話す秋月に、神谷はため息をついた。

「まあ、悪い考えだとは思わないが。女鬼に情を入れ込むのはやめてくれ」

「ミチルちゃんのクッキー、美味しい」

「話しを、聞け。そして食うな」

次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ