神桃学園
□陸
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「竪穴式石室が横穴式に……形象埴輪、形象埴輪、形象埴輪……」
桜や梅の花びらが散り果てた季節。ミチルは、教科書を垂直に構え、ぶつぶつと呪文のように唱えていた。最初の定期テストは目前に迫っている。
クヌギやカキノキ、エゴノキなどで四方を囲まれ、色とりどりの様々な草花が生い茂った、ここは第弐区、ユキの庭。古びた鳥居をくぐり、ツタを編みこんで造られたアーチ型のトンネルをくぐると、そこは生気の満ち溢れる、緑と光の世界だった。
ミチルは学園での一日が終わると、毎日ここへ足を運んだ。雨の日も、風の日も、テストを目前に控えた今日でさえ。まるで吸い寄せられるように、足がここへ向かってしまう。
日本史の教科書を、ぱたんと閉じる。靴も靴下も脱ぎ捨て、芝の上に転がった。そうしているとすぐに、ぶーんという虫の羽音が近づいてきた。額にあたる陽はあたたかく、やわらかな風は、肌にとけこむように心地よい。
「ユキ、まだかなぁ……」
目を閉じながら、ぽつり、と呟く。小池で、ぽちゃん、と魚が跳ねた。
「そうだ!」
ミチルは弾かれたように立ちあがった。
「ユキがいない今の内に、校歌の練習をしよう!」
「……そう」
「んぎゃああ!」
すぐ背後から聞こえた声に、ミチルは飛びあがった。鬼の巡察から帰った、彼だった。
ミチルが振り返ると、ユキは彼女の頬に、そっと、てのひらをあてた。ひんやりとした感触が広がり、ミチルは思わず身をよじる。
「けがしてる」
「あー……これは」
戦闘術の授業中、神谷にタックルを食らわしながらこけたうえ、木の根にひっかかって宙を舞い、枝が頬をかすめて怪我をしたなんて、とても情けなくて云えない。
「ちょっと、カンガルーに襲われて」
「そう……」
ユキは、じっとミチルを見た。
「……ん?」
「ミチルって、変」
「な!?」
変とは何事か。
真意を追求しようとしたが、ユキはすでに小池の向こう岸を目差していた。そのまま、あずまやの方へ駆け寄り、そこに添うようにして立つエゴノキの、白い光を散りばめたような小花に手を広げている。
「ただいま」
ミチルは、ほんのりと、心に温かいものが広がってゆくのを感じた。もし彼を例えるなら、蝋燭(ロウソク)の灯。ちらちらと、気まぐれに揺れる灯。静かに燃えているけれど、手をかざすとあたたかい。
思い返せば、最初は一方的に押しかけているようなものだった。一度も目を合わせてくれない日もあって、かといって邪魔だという顔もされず。それが寂しいと感じたこともある。
その時と比べれば、今では随分相手してくれるようになったもの。
後輩や異性として、意識したことはなく、友達と呼ぶのにも、なにか違う。ただすごく大好きで、大切な人だった。
「ユキー! 大好きだよー」
「……うん」
ミチルは小池を挟んで、手をぶんぶんと振った。
「そろそろ帰るね。そうだ、ユキの目も、はやく治るといいね」
お大事に、と去ってゆく後ろ姿を目で追いながら、ユキは左目にそっと手をかぶせた。
「ミチルは……変」