短編集
□チキュウ
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「セキユ。霧が晴れたら、チキュウへ行かないか」
先輩が指した先に霧がたちこめ、その向こうに蒼い星が一つ、かがやいている。この星の名前がチキュウと知ったのは、いつだっただろう。
わたしは最近切ったみじかい髪を意味もなくさわりながら、うつむいていた。
「わたしと…?」
小さくたずねて、きっとこの言葉は聞こえなかっただろうと思った。それでも先輩はこちらに向きかえり、目をほそめて微笑う。
「そうだ。俺と、君と」
「ふたりで…?」
「ああ」
「どうして、ですか」
ちらり、と上目づかいで見たあと、いそいでうつむく。顔、見られたくないもの。
――わたし今、まっ赤だ。
意味もなく、赤面してるの。
ここは学校の屋上。星読み倶楽部のミーティングが終わったあと、先輩に呼びだされて今ここにいるのだった。
――どうして、よりによって屋上なの。
代々学園に伝わる告白ポイントだと聞かされていては、意識せずにはいられない。
事実ここに来る途中、屋上へつづく扉には、マジックペンで恋の唄がつづられていたりして、それで「ああたしかに」って確信したわけで……ああもう、死んじゃいそう!
「行きたいんだ」先輩はつぶやいた。
爆発しそうな心臓をおさえながら、だけど、と私は小さな声で先輩に反論してみる。
「あの星は、今はもう存在しないんですよね。ここからは時間のずれでまだ見えてますけど――もう」
「……そうだな」
でも、と先輩は明るく笑った。
「時間なんて関係ない。あの星はたしかに存在したんだ。永遠に、消えることはない」
消えないんだぞ、と繰り返す優しい声色に、胸がせつなくなる。
――ああ、どうして。どうして、この人はこんなにも素敵なのだろう。
あふれそうな想いに蓋をかぶせて、ぎゅっと目をつむる。
――消えないよね。この想いも、消えないんだよね。
「消えないで……」
ふいに涙が頬をつたう。その瞬間、私はぎゅっと抱きしめられていた。
「一緒に行ってくれるか?」
そう耳元でささやかれれば、私はただただ頷くことしかできない。
よかった、と先輩は声をあげて笑った。
先輩の笑い声は、霧を晴らすようだと思った。