まあぶる物語
□色鉛筆の削りかす通り
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柔らかいメロディーが、色鉛筆の削りかす通りで静かに流れていた。
僕がこの世界に生をうけてから、一度も夜を明かしたことのない常夜の通りだ。
にじ色に焼かれた銅の街灯が、石畳に散らばる色とりどりの色鉛筆のかすを照らし、宝石のようにきらきらと輝かせている。
その道をふちどるように並ぶ店の数々からは淡い燈色の光がもれ、時折こおばしい香りがただよってきた。
上を見上げれば、店の煙突からもくもくと出た白い煙におおわれていて、それより先はいつも見えない。
もし煙が晴れたのなら、紫がかった闇に浮かぶ星々を見ることができるだろう。
僕がこの通りへ来るとき、行き先はいつも決まっている。
はげた皮の薄茶色のショルダーバッグをさげて、軽やかにその場所へと向かった。
人はまばらで、何人かでかたまって歩く者がいれば、僕とおなじように一人でのんびりと歩いている者もいる。
数人の子どもたちが無邪気な笑い声をあげながら横を走りぬけていった。
後ろからは金属のかたまりがゴロゴロと音をたてながら子どもたちを追いかけ、その様子が妙に可笑しくて吹き出すのをこらえる。
そうしていると、とつぜん頭上から何かが落ちてきて、みごとに頭にぶつかった。
「いてて…」
頭をさすり、ショルダーバッグをよいしょと持ち直すと、落ちたものを確認する。
「いってぇな」
そう、つっぱった声で毒づいたのは、真ん中がへこんで曲がっている空き缶だった。
僕はしゃがみこむと、「あー…えーと…」としどろもどろに話しかけ、ついには「すみません」と頭をさげた。
空き缶は、怪訝そうにこっちを見ると、穴の開いたところから黒い液体をペッとはきだした。
もちろん顔がついているわけではないけれど、なんとなくこいつの気持ちはわかるんだ。
この世界では、みんながそう…。
「気の弱ェ、兄ちゃんだな。俺の中にあった黒い液体……どういうものか知ってるか?」
ずいぶん挑戦的な口調で話しかけてくるんだな、と思った。
まさか、毒薬とか爆薬とかそんなものか。
僕は黒い液体をボーゼンと見つめ、困り果てる。こういうのはどう処理をすればよいのか。
「これはな、コーラってんだ。地球産だぜ……」
地球、か。ずいぶんと懐かしい名前を聞いたもんだな。
「地球は……いま、どんな感じ」
「まずまずでんなー」
「……そっか」
空き缶は僕の反応が不服だったのか、黒い液体をとばしてきた。
「そういうとっきゃなあ、そうでっかーって答えんだよ!」
「わわっ、やめてよ。たいして変わらないじゃないか」
「ぜんぜんちげー!ちっと、ほら、テンションが上がるだろうがよ……」
「うーん……」
「そういうときゃ、納得できなくても頷いとくんだ!」
「あっ、はい!すみません」
あ、また謝ってしまった。やっぱりなんだか納得できずに、首を傾けている僕を見上げ、空き缶が「ところでよぉ」と言った。
「どこに行くんだ?」
「永遠の本屋さん」
「あー、あそこか」
「へえ。知ってるんだ」
「当然だ。あれだろ?本がお盆にのせられて運ばれてくるとこだろ?」
「そうそう」
僕が笑うと、空き缶は「俺も行く!」と飛び跳ねた。
「えっ…本読むの?君が?」
「失礼なやろうだな。もちろん美人な女店員さん目当てだ」
「……ははは」
僕らは歩きだした。
柔らかいメロディーが、静かに流れている。
にじ色に焼かれた銅の街灯が、石畳に散らばる色とりどりの色鉛筆のかすを照らし、宝石のようにきらきらと輝かせていた――。