まあぶる物語

□泉の魔女
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ここは、昏い昏い森です。するどく尖った葉陰から見える空には、ちいさな魚からおおきな虫までが、ゆうゆうと泳いでいました。

ところで、淡いブルウの木漏れ日がさしこんだところに、ひとつ、泉があります。

それは貝の内側のようなミルク色のタイルがはりつけられた、とてもうつくしい泉でした。タイルの隙間には紅光をともす苔があり、とつぜん、その苔におしつけられた棒から火華がちります。

棒をおしつけたのは、女とも男ともつかない、子供とも大人ともつかない、さらに云えば人間かどうかも妖しい者でした。とりあえずはその雰囲気から、魔女とでも呼ぶことにしましょう。

「うぅ…っ」

唸り聲のようなふくみ笑いのような音をもらし、魔女は紅光のともった棒を口にくわえました。

皮のあつい手にもっているのは、今にも腐ってくずれおちてしまいそうな釣竿です。それを泉に垂らしたまま、時々ぽりぽりと首のうらをかいたりしています。

「……うっ」

釣竿がなにかを捕らえたのでしょう。魔女は気合いをいれて、手をひきました。

ややあって、魔女はうしろに倒れこみました。釣竿の先には、ポカンとした表情のちいさな女の子がつかまっています。

「……おまえ」

魔女は口にくわえた棒を捨て、しゃがれた声で女の子に声をかけると、細い手首をぐいっとつかみました。

「おまえ、おいしいか?」

女の子は少し考えるような仕種をしてから、ひょいっと小動物のように首をかたむけました。

「わかんない。たぶん、おいしかないわ。ところで、あなたはだぁれ?もしかして魔女さん?」
「…………」
「ここはどこ?」
「…………」
「なにをしてるの?」

魔女さん、と女の子が腕をゆらすと、魔女はうるさそうにその手を振りはらいました。

「……ねえったら!」
「ああ、うるさい。食ってしまうぞ」

魔女は頭をかかえると、なぜこんなものが釣れたのか、としばらく考えこみました。それから、釣竿にじぶんの髪を一本くくりつけ、ふたたび泉の中にそれをおとします。

女の子が目をまあるくして、泉の中をのぞきこんでいると、魔女がいきおいよく釣竿をひきました。その先から黒い鳥が飛びだします。

「きゃっ」

おどろきしゃがみこんでしまった女の子を横目で見つつ、魔女は飛んでいこうとする鳥の足をわしずかみにしました。

そのまま、鳥を地面にたたきつけると、かたわらに置いてあった木の板に、釘で打ちこみます。あかい血が跳び、深いみどりの草にしみこんでいきました。

「それ、たべるの?」

女の子がおそるおそるたずねます。木の板には、黒い鳥が大量に打ちこまれてありました。

「それって、カラス?」
「……ちがう」
「じゃあ、なに?」
「……ブラックバード」

魔女は木の板を背にせおうと、さっさと歩きだしてしまいました。あわてて女の子が追いかけます。

「まって!私もいくわ!」

魔女は一瞬だけ立ちどまりましたが、またすぐに歩きだします。

「無視したってむだよ」

女の子はつんとすました顔で、魔女のとなりにつきました。

「……おまえ」
「ん?」
「どこから、きた」
「さぁ?……ま、気がついたら、ここにいたって感じね。魔女さんは?」

魔女は背中のブラックバードに手をのばし、板からふたつ分を 引きぬきました。

「食うか?」
「……やめとく」

話しをそらされたと思った女の子は、むっと唇を尖らせました。

その様子を見て、魔女はためいきをつきます。

「ワタシだって、おなじだ」
「え?」
「ワタシだって、気がついたらここにいた。それで、ブラックバードが食べたいと思ったのだ」
「……そうなの」

魔女の声がすこしだけ哀しそうだったので、女の子はそれ以上なにも云いませんでした。














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