神桃学園

□捌
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「いいかげん、元気だしな。ミチルちゃん」

 シガノの手がくしゃり、とミチルの頭をなでた。ミチルはカウンターに突っ伏したまま、激しく鼻をすすっていた。

「もう、嫌だ」

 泣き腫らした、重たい瞼(マブタ)をあげる。シガノの背後、調味料などが並べられた棚から、大小様々なコケシたちがこちらを見ていた。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃ……」

 ミチルは再び、突っ伏した。冷蔵庫の低い唸り声だけが沈む室内で、シガノが静かに息をはいた。

「それじゃあ、わかんねえよ。一体、なにがあった」

「神谷先輩が」

 嗚咽を飲み込んで、ミチルは、ぽつりぽつりと話し始めた。

 今日はテストの返却日だった。結果は、完敗。全教科とも五十点以上取れたものはなく、平均点より二十点以上下の教科がほとんど。クラスの皆と自分のレベルの差を見せつけられ、焦りと悔しさが胸の内を黒々と渦巻いた。当然、午後の授業も上の空。神谷に叱られたところを、さらに情けなくも逆ギレしてしまったという次第である。

「先輩が『後悔する暇があるなら、次に向けて精進しろ』なんて最もなこと云うから……私、ついカッときて……『努力しなくても出来る人に云われたくない』って怒鳴ったんです」

 嫌なことを云ったな、と自分でも思った。キレられて当然だろうと。それなのに。

「先輩、怒らなかったんですよ。ただすごく傷ついたような顔して『お前もそれを云うのか』って……」

 自分の言葉が刃となって、相手の心にぐさりとささる手応え。今でも鮮明に残っている。男の人があんな表情をするの、初めて見た。

「シガノさん。私、傷つけるつもりなんてなかったんです。なのに、なんで……」

 なるほどなあ、とシガノは頷いた。

「努力しなくても出来る、か。アイツにとっちゃあ、少々きつい言葉かもな」

「どうしてですか」

 腹の立つ言葉だと云うのなら、分かるのに。

「『お前も』ってことは、私以外からも、そう云われたことがあるってことですよね。過去に何かあったのかな。シガノさん、何か、知ってますか」

 ミチルの必死な表情に、シガノはやれやれと顔を和らげた。

「まぁな。だが、ミチルちゃん。それは野暮ってもんだぜ。どうしても知りたいのなら、本人から直接聞きな」

 それからミチルは、神谷を探して市街区や住居区を回ってみた。しかし、その間にも勇気はどんどんと萎えていく。会ったところで、どう切り出せばいい。過去に嫌なことがあったんですか、なんて聞けるわけもなし。聞いたって、きっと教えてはくれない。

「…………」

 どうして、こんなに胸が痛いんだろう。先輩なんて、うるさいだけなのに。

 ミチルはため息をつくと、神谷を探す変わりに、ある場所へと向かった。



 《折れた剣》の集会場には、アツコ、リンタ、彩、そして綾小路が待機していた。他の皆は、今日はいない。集会の日ではないからだ。集会は不定期に行われるそうだが、大体一ヶ月にニ、三回程度らしい。

「これで全員集合、っと。さあて、君の友人のことは俺から話そう」

 ミチルが席につくと、リンタが云った。

「君たちは、神を信じないんだってね」

 予想外の言葉に、ミチルと綾小路はポカンと顔を見合わせた。

「キリスト教の神ですか。それとも、八百万(ヤオヨロズ)の神ですか」

 綾小路が逆に質問をする。外の世界のことを知らないリンタはハテ、と首を傾げた。彩が隣から説明を入れると、へえ、と感嘆の声をもらす。

「日本にあまたいる神が八百万ってわけか。なら、たぶんそれだろう。で、やっぱり君たちもその、八百万の神、信じてないわけ」

 二人とも、わからないと答えた。リンタはふうん、と相槌を打った。少し不満げだった。

「まぁ、俺だって他の神のことは分からないけど。でもねえ、神桃木の神は確実に存在するよ。まずはこれを信じて貰わなきゃ、話しが進まない」

 綾小路がちょっと待ってください、と力んだ。

「神桃木の神なんて、乗馬に乗ると云っているようなものではありませんか」

「そこじゃないでしょ、綾小路君」

「すみませんでした」

 綾小路はしょんぼりとうつむいた。

「鬼をこの目で見たから。私は、神も信じることにします」

 ミチルが告げると、綾小路も慌てて顔を上げた。

「それならっ、僕も信じます!」

 頼りない男だねえ、とアツコが呟く。綾小路は目をしばたかせた。リンタがくく、と喉で笑う。

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