神桃学園

□漆
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 少女が男と出会ったのは、太陽が地面を焦がす季節。他校に比べれば極端に短い、夏休暇の半ば頃だった。

 おびただしいフリルをかかえた薔薇柄のワンピースが、茂みの中を駆けてゆく。手に滲んだ汗をフリルで拭い、少女は鋭く空を睨んだ。風をつかみ、悠々と空高く飛ぶ鳥たちなど、石を投げて落としてしまいたい。激しい衝動にかられたが、それでも少女は石を拾う代わりに、ボロボロと涙をこぼした。

「ちくしょう……ちくしょう!」

 繰り返し毒づく。

 頬には叩かれた赤い跡。心臓は怒りと悔しさで、壊れんばかりに脈打ちつづけている。

 ――負けた。大嫌いなあいつに、負けた。

「誰も彼も、あいつの醜さなんて、知らないくせに」

 ――偽善者め。

 ここには、自分の味方など誰もいない。誰もかもがあいつに微笑みかけ、こちらには顔さえ合わせようとしないのだ。

 ――それならいっそ、隠れてしまおうか。

 少女は涙を拭うと、急に心が冷たくないでゆくのを感じた。

 そうだ、隠れてしまおう。誰かが探しにくるまで。誰かが間違いに気づくまで。

 茂みの中で、がさっと何やら動く気配があった。少女の肩が跳ねあがる。いつもなら、すぐさま踵を返したことだろう。しかし、何もかもどうでもいいような気になっていたので、少女は毅然としてその場に立っていた。

 刹那、目の前の緑が切り開かれた。

「!!」

 和服姿の、風変わりな男。そう認識するので、精一杯だった。恐怖心で足がすくみ、本能のようにせりあがる悲鳴――声となる前に口元を抑えられ、茂みに引きずりこまれる。

「――!」

 見上げると、男は困惑したような笑みを浮かべていた。額には大粒の汗が流れている。少女ががたがたと震えているのに気づくと、男は優しげに目を細めた。

「騒ぐなら殺すよ。俺を助けてくれるのなら、俺も君を助けてあげる。さあて、どうし……」

 言葉はそこで途切れ、男が苦しそうに顔を歪めた。腕の力が抜け、少女の方に倒れこんでくる。体の下からはい出し、自由になった少女は、途方に暮れた。

 男は肩で息をしていた。見れば腹のあたりに、赤いものが滲んでいる。鉄臭さが鼻をついた。

「うそ……」

 どうしろって云うの。

 くぐもったような蝉の鳴き声が、じりじりと迫っていた。

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