神と悪魔の『神生力』

□第二章
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Ω




「お騒がせしてすみません」

 ペコリと、夜接夜はベッドの上で頭を下げた。顔には遊磨に殴られた跡が多数目立つ。

 夜接夜を落ち着かせるという名目の拳は見るものに「コレ死ぬんじゃね?」という疑問を抱かせる程容赦なかった。


 そして死ぬ前に冷静さを取り戻した夜接夜の周りには遊磨とカンナと千里とわっちゃんが立っている。

「ま、夜接夜に異常がなくて良かったな」

 いつものように笑みを浮かべた千里が、軽い口調で喋る。心配といった感情は全く見えないが、それが余計な心配をかけまいという彼なりの気遣いなのかもしれない。

「それよりさ、現状がイマイチ把握出来てねぇんだけど?」

「あ、そうですよね。夜接夜さんはどこまで覚えてますか?」

「白髪に《ファック》突き付けたとこまで」


 遊磨の拳が炸裂した。

「ーーっっ!? あ、頭が……!」

「もうちょっとマシな言葉を選びなさい!」


 涙目で頭を押さえる夜接夜の姿に苦笑するカンナ。精神的には癒される愛くるしい笑みだが、残念なことに夜接夜の痛みは身体的なものなので減らすことはなかった。


「その前に一人の女性が陸条を止めてたのは覚えてる? その後はその女性ーー清水沢さんって名前だけど、その人の連れに空間移動[テレポート]でここ、病院まで運んでもらってみんな治療してもらった」

「へぇ。ま、とりあえずは安全ってわけか」

 夜接夜の台詞に、皆が表情を曇らせる。

「え? あれ?」

「俺達は容疑者なんだってさ」

 口を開いたのは千里。
 
「方舟の機能の76%を破壊した今回の事件。首謀者が【雷公】陸条陽葉ってところから《光の反乱》って名前が付けられたけど、その一員じゃないかって疑われてるワケ、俺達」

「はあぁ!?」

 そんな馬鹿げた話があるか。現に首謀者と争っていただろ、と夜接夜は頭の中で叫んだ。
 しかしそれを言う前に、見透かすようにカンナが言葉を発した。

「今回の事件には多数のCOIが絡んでいます。方舟内部にいたCOIは学生から中央区の官僚まで、無能力者も合わせると幅広い層の人間が裏切ってます。いくら陸条に刃向かっていたとはいえ、私達も疑わしいんですよ。もしかしたら……」

 そこで言葉を詰まらせるカンナ。
 まだ何かがあるのか。
 夜接夜の胸には不安が渦巻いていた。

「…………っ」

「言ってくれカンナ」

「でも……」

「処罰の対象がCOI全体に降り懸かるかもってことだよ」

 口を閉ざすカンナを見詰めていたわっちゃんが、横から言った。カンナは驚きと怒りでわっちゃんを睨む。

 しかしわっちゃんはその視線を無視して夜接夜に語り出した。


「疑わしきは罰せよ、臭いものには蓋をせよ。政府は今回生き残ったCOIを全員殺すつもりかもしれない。そうしたら事件自体も揉み消せるし、近年COIに対して何かと突っ込んでくる列強諸国やマスコミを黙らせることも出来る。もちろんそうなったら僕達も殺されるだろうね」

「わーさん!」

「いいんだカンナ! ありがとなわっちゃん。普通は話しにくいだろうに嫌われ役を押し付けちまって」

 夜接夜の言葉にも表情を変えないでわっちゃんは「礼の意味が分からない」とだけ言う。
 いつもの調子のわっちゃんに夜接夜は苦笑いを浮かべた。

「しっかし、俺が寝てる間に急加速だなぁ。事後処理を早く出来るんなら救助を早くしろってんだ」

 陽気な口調で和ませようとした夜接夜だったが、何故か一同は逆に表情を暗くさせる。

「え? 何だよみんな?」

「アンタ、何日寝てたか分かる?」
 
「? 一日二日程度じゃ?」

「六日よ」

 「むいかぁ!?」と叫ぶ。
 人間六日も寝てられるものだと夜接夜は知った。


「そういえば腕に点滴刺さってるよ。あんまり痛くないんだな」

「なんでアンタはそんなに呑気なのよ……」

「いや、別に害ないし。たくさん寝れてむしろラッキー?」


 疑問形にされても遊磨には溜息でしか返答が出来ない。
 その後は何故か沈黙が空間を支配する。またも気不味い雰囲気が辺りに漂い始めた。

 夜接夜も流石に嫌な気分になったが流石にここまできたら訊くしかない。

「まだ何かあるのかよ……?」

「今日なんだよ」

 そしてまたもその空気を打開したのはわっちゃんだった。

「今日、疑わしいCOIが数人処刑される。今日の夕方だ」

「ーーーっ!」

 今度こそ、夜接夜は跳ね起きた。
 点滴の針を一気に引き抜く。痛みで顔が一瞬歪むが気にせず、惚ける仲間を横目にそのままドアにズンズン進む。

「ちょっ、夜接夜!」

「待ちなよ。俺達だって抗議したさ。だが政府の決定だ」

「うるっっせぇ! なんでお前らこんな所で呑気に話してんだよ! じっとしてる暇ないだろ!」

 夜接夜はドアノブに手を掛けたまま叫んだ。まるで自分のことのように、必死な表情で、感情のままに思いの丈をぶちまけた。

「COIだぁ? 疑わしきは罰せよだぁ? ふざけんなっ! 俺達は人間だ! 人間なんだよ! 『神生力』とか反乱分子とか、二の次だろ! 別に『正義の男[ヒーロー]』気取っているワケじゃねぇ! 助けようと思ったから、助けるんだろ! 救えるはずの命を、なんで見捨てれんだよ!」

「「「………」」」

 皆何も言えなかった。


 何故こうも他人のために必死になれるのか。自分もさっきまで死にかけていたのに。

 何故こうも他人のために自分を犠牲に出来るのか。自分も死ぬのは怖いはずなのに。


 だが目の前の男は、それらの障害を乗り越えてここにいた。
 力強く、地面に立っていた。

「俺は行くぞ! もう誰一人殺させねぇ!」

 夜接夜がそのままドアノブを捻ろうとして、

「失礼します」


 
 バァンッッという鈍い音が聞こえ、突然内側に開いたドアから清水沢が姿を現す。


「神寿さんは目を覚ましましたか? って神寿さんは?」


 皆の視線がドア付近の床に集まる。
 清水沢が釣られて見ると、ドアの前に夜接夜が伸びていた。額に大きなたんこぶを付けて。
 やがて皆の冷めた視線が清水沢へと注がれる。

「えっ? えっ!? もしかして私のせいですか?」

 遊磨とカンナと千里とわっちゃん、つまり張本人である清水沢と気絶している夜接夜を除いたその場にいる全員が、一斉に頷いた。
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