神様売りの少女
□序(1)
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少女は汚い路地裏で一人佇んでいた。月の光を受けて朧気に輝く金髪を揺らし、鼻唄混じりに片手でボロボロの人形を揺らしながら、彼女は一人で立っていた。
泥で汚れ、傷で綻び、長年使用しているのか黄ばんですらいる白いワンピースは、この路地裏に似合っているのかないのか微妙なところだった。
「うふふ……今夜も良い月」
建物と建物の間から僅かに顔を覗かせる月を見て、少女はにぃっと口を歪める。しかしそれは年端もいかない少女が浮かべるような笑みではない。諧謔、皮肉。そんな言葉が連想される笑み。
しかしそれはすぐに掻き消された。少女は笑みを消すと、路地の先へと視線を向ける。
「あらぁ、お客さんかしら?」
路地の闇から、靴音が響いてきた。月明かりに照らされて影が一つ、少女の側に立つ。
「……どうやらそうみたいねぇ」
先程よりも更に口を歪め、少女は笑う。
「知っていると思うけれど、一応言います。――私は神様を売ります。代金はいりません。代わりに買ったその日の始まりから数日のあなたの記憶を共有させていただきます。条件は二つ。購入していただいた神様は返却出来ませんし、事後の保証はいたしかねす。幸になるか不幸になるか、それはあなた次第です」
そこで一旦言葉を区切って、
「それでもあなたは神様を買いますか?」
そう微笑んだ。
しかし、影は首を横に振り、否定を表した。
少女はこてん、と可愛らしく首を傾げる。
「今まで怖じ気づいた人も少なくないけど、即答は珍しいわねぇ。……ああ、あなたもしかして――」
少女は自身の頭を指差して言う。
「記憶を聞きにきた人?」
影は、静かに頷く。
少女は溜息を吐いた。
「結構多いのよねぇ…こういう物好きが。まぁ、私だって他人の記憶を覗く行為を楽しんでやっているんだけど」
いいわ、と言って少女は指を一本立てる。
「話一つにつき一万円。もちろん先払いよ」
それを見て影は少し黙り込む。少女はそれを見てけらけらと笑い出した。
「神様に値段はないのにその話に値段があるのがそんなに不思議? だって神様の場合は幸福か不幸か選べないけど、話を聞くのなら選べるじゃない。どちらでも、好きな方を聞かせてあげるわよ。それに、私だって全部ただであげていたら飢え死にしてしまうじゃない」
影は納得したように頷いた。
こんな幼い少女がこんな場所でどうやって生きてきたのか。その謎が一つ消えた。もちろん金の問題以外にもあるけれども。
「ふふふ……代金、確かに受け取りました」
少女は差し出されたお札を受け取り、それを無造作にポケットの中に突っ込む。
「正直に言えば、最近はお金に困っていたから助かったわぁ。面倒だけど」
少女はどこのゴミステーションから盗ってきたのか、あきらかに彼女の物ではないであろう大型の壊れかけの椅子に腰かけると影の人物と向き合った。
その眼が妖しく輝いているように見えるのは、はたして月光のせいか。
「それで、あなたが聞きたいのは幸せな話? 不幸せな話?」