SLAM DUNK

□3、逃げ出した逆光
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このままでは試合に間に合わない…。

脱臼が一週間で治るわけもなく、所属しているバドミントン部の新人戦がただ迫っていた。
藤真くんも期待の新人と言われているけれど、私も中学時代それなりに成績を残していたため、同じく部では期待をされていた。
それがこの脱臼により一週間の部活停止。
苦痛で仕方がなく紛らわすために従姉妹である坂下恵にちょっかいを出しに行っていたが、気づけば大会が近づいていてさすがに焦り始めている。

しかしこんなことで試合に出られないなんて御免だ。
なので私は包帯から添え木を取り、部活に復帰した。

「あれ、片瀬…もういいの?」
「はい!でも手の色がきもいんでまだ包帯巻いてますけど。」
「きもいて(笑)ま、大会間に合いそうで良かった。」





部活が終わり、部室から少し離れたところにある冷水機でがぶ飲みをしていた。
そのあとに取れかけた包帯をため息をつきながら解くと、赤紫に変色した左手を冷水機で冷やした。
いくら利き手ではないとはいえ、バドミントンは打点のバランスを取るために反対の腕をとにかく使う。
もちろんサーブでも。
自分では使っていないと感じていたけれど、気づけば酷使していた。
動かすなとはこういうことなのか。
ぐーぱーとゆっくり動かしてみると痛みで顔が引き攣った。

でも今はどうしても仕方がないのだ。


「あれ、片瀬。」
「あ、えっと藤真、くん…」
「別に藤真でいいよ。」
「じゃあ藤真ね。」

相変わらず爽やかだ。
そして睫毛が長い。
見ると藤真の目線は私の手に向けられていた。
咄嗟に冷水機から離して持っていたタオルで隠したけれど、完全に見られたはず。
このきもい手を。

「手、治った…わけないよな。」
「え、あ…うん…」
「部活やって大丈夫なのか?」
「…駄目なんだけど、そうも言ってられなくて…」
「…そっか。なぁ片瀬、俺ももう上がりだから一緒に帰ろうぜ。」

なんで?と言ったが、下駄箱で待ってろよーと藤真が叫び去ったためその声はかき消された。

「なんで?」

もう一度呟いたところで誰も居なくなった廊下、窓を見れば外は暗闇。
小さな街灯の光を見つめても私の問いには答えは返って来なかった。





言われた通りに下駄箱で待つことにしたが、藤真が何組にいるのかが分からないのでとりあえず自分の下駄箱の前で座っていた。
まぁ独りで暗い夜道帰るのも怖いなぁとかか弱く思ってもいたのでラッキーといったところだろうか。
手を冷やしたいがために最後まで部室に残っていたので独りの夜道も自業自得だけれど。

「待たせてごめん」
「おつかれー」

藤真はすでに靴を履き替えて来ていたため、結局何組なのかは分からなかった。
しかしどこまで一緒に帰るのか、と考えていたらそれを察したかのように藤真が自宅の方面の話をし始めた。
偶然とはまさにこれ、藤真と私はご近所だった。

「でも中学は違うんだ?」
「うん、私は高校に入ってこっちに引っ越してきたから。」

それから他愛の無い話を続けたけれど、疲れた…。
肉体的に、ではなく精神的に。

「なぁ片瀬、ちょっとでいいんだけど…時間ある?」
「…?」

少し考えて大丈夫だよと頷くと、藤真は笑顔になり、近くの公園のベンチへと私を導いた。
一体、何をするつもりなのか。
若干の不安を抱いたけれど、この人に限って誰も居ない公園に連れ込んで襲うなんて…そんなことしないと何となく思った。

はっきり言って色恋沙汰は苦手なんだ。
片思いはときめきがあって好きだけれど、想いが叶うと気持ちが冷めてしまう。
ベンチに座らされてぼんやりと考えていた。

気付くと藤真はサブバッグをごそごそさせて何かを取り出した。

「テーピング?」
「そ。巻き方教えてやるから覚えろよ。」
「え、なんで…」
「いいから。手、貸して。」

言われるがままに手を出すと器用にテーピングを巻き始めてあっという間に完成。
動かしてごらんと言われたので、またグーパーをしてみる。
あれ。。

「痛くない…」
「だろ?」
「ねぇ、もう一回やって!」
「よし、ちゃんと見てろよ?」
「うん!」

何これ、イケメンは何でもできちゃうのか。
不覚にもちょっとテンションが上がった…。
数回、巻いては解きを丁寧に繰り返してくれて、どこに力を込めて巻けばいいか等教えてくれた。

「ありがとー…。足のね、テーピングの巻き方は中学の頃に先輩に習ったからできるんだけど…。」
「どういたしまして。でも無理はするなよ?」
「あ、うん。本当にありがとう。」
「…そういえば、なんで脱臼したんだ?」
「この間の授業。バスケだったの。」
「ああ、それで。」
「男子はバレーでしょ。いいよね。」

また他愛の無い話をしていたら、数十分たってしまっていた。

こんなに男子と長く話したのはいつ振りだろうか。
中1の頃、一緒に学級委員をやっていた男子に急にブスと言われてから男子に苦手意識を持っていた。
今思えば大したことではないのかも知れない…でもあの頃はとても傷つき、恋が苦手になった。
だから誰も知らない高校に受験を決めていたし、ちょうど親の転勤とも重なったため、神奈川の高校を受験したのだ。

「さ、そろそろ帰るか。」
「もうこんな時間。」
「ごめんな。ちゃんと送って帰るから。」

「藤真、本当に有難う。私がんばるから。」
「おう。」



それから次の週の日曜日、私は無事に大会に出場し、県大会への切符を手に入れた。








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