Short story

□スタートライン
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"想っとるだけじゃ、伝わらん"







いつか、あいつにそんなことを言った気がする。






自分に言い聞かせてたのかもしれんけど。











俺は今、誰に何を想っとる…?




















消毒液と、薬の独特の臭いが鼻を通る。


すぐに保健室にいるのだとわかり、俺はうっすらと目を開けた。



ダルいと感じていたが、横になっていたからなのか身体が随分軽い。
夕日が差し込む窓から視線を違う方向に向けると、カーテン越しに誰かの影が見えた。




財「(…まさか、な)」




あいつがおるわけない。



淡い期待を投げ捨てるようにそれを開けようとした瞬間、シャッと向こう側から開けられた。




俺と目が合うと、その…大きくて丸い瞳が更に見開かれた。




『!はわわ、財前さんっ!』




俺が起きていたことが予想外だったのか、跳び跳ねるように一歩遠退く。



俺は俺で、目の前にりんがおることに言葉も出せずにいた。




『具合はどうですか?』



財「………平気や」




何とか絞り出た声に、『良かったぁ』と肩を落とすりん。



何で、
頭の中はそればかりで。
俺が尋ねるより早く、彼女が慌てて説明し出した。




『えと、テニスコートに行ったら財前さんいなくて。人に聞いたら倒れて、ここに運ばれたって…』



財「……カラオケはどないしたん」



『抜け出して来ちゃいました』



財「…………」




今頃部長どうしてんねんやろ…大変なことになってそやな。


りんの説明を聞いて少し冷静になった頭で考えとれば、ふと、引っ掛かった。




…さっき、




財「何でコート来たん?」




カラオケやらボーリングやらで楽しんでいたはずや。



尋ねる俺をキョトンと目を丸くして見ていたりんは、




『財前さん、最近ずっと練習してるって謙也さんから聞いて…休んでないみたいだから、心配になって、』




『だから、来ました』とふわり表情を崩した。




財「(あの過保護…)」




謙也さんは俺を心配して、さっき見に来たゆうことか。


謙也さんもやけど、りんもりんや。
彼氏ほったらかして他の男心配しとるって…




それに俺とおったら気まずいはずやのに。







『でも財前さんが無事で…本当に良かった』




顔を上げると、夕日を背に柔らかく微笑むりんがいて。




思わずドキリと鼓動が鳴った。




『もう無理はなさらないで下さいね…?ちゃんと休憩して、それから』






ああ、だから。







いつも自分に正直で



計算や駆け引きなんて、一切なくて







優しいこいつが、優しすぎるりんが、










だから俺は……好きなんやな。










『それからそれから』と必死にオカンみたいなこと言うりんへと、手を伸ばす。


小さな手を取りそっと握ると、華奢な肩がビクリと跳ねた。




『財前さん…?』



財「…俺、」




言葉にした瞬間、今抱えとる感情が溢れて止まらなくなりそうで。



りんは、俺の手を振りほどかない。
じっと目を見て、俺が話すのを待ってくれとる。




財「諦めよ思うけど、どうしたら良いかわからんねん…」




今目の前にいる彼女が、触れとるこの小さな手が、自分でもびっくりするくらい愛しい。






財「やから…諦めん」



『っ、』



財「誰を想うんも自由やろ?」




部長とりんの間には壊れない絆があるかもしれん。


けどな、




財「好きやから仕方ない」




俺は惚れてもうたから、こいつの全てに。




好きという言葉に反応したりんは、カァァと顔を真っ赤に染める。
その反応がおもろくて座ったまま距離を縮めると、赤い顔のまま慌て始めた。




財「俺のこと好き言うたやん」



『!せ、先輩として///』



財「…嫌いやないねんな?」



『そ、それは勿論です!』




嫌われてないなら、まだ"好き"の枠の中におるなら…十分。



いつか向かせてやる、そんな意味を込めてにやりと笑って見せると、りんは更に顔を真っ赤にして俺から視線を逸らした。


押しに弱いんか、こいつ。




近付く足音とガラガラと勢い良く開いたドアに、2人して顔を向けた。




白&謙「「財前!大丈夫か…!?」」




まるで飛び込むように保健室に乗り込んで来た部長と謙也さん。



白石部長はすぐに俺とりんが手を握っとることに気付き、秒速でりんを離れさせた。




謙「お前…毎日やり過ぎやから、どないしてそんな」




眉を下げた謙也さんの瞳には俺が映っていた。




白「りんちゃんからメール貰うて来たけど、皆ほんまに心配したんやで?」




2人して息を乱していて、イケメンなんて言われてる部長の前髪も乱れとるしで、思わず吹き出してまうのを必死で堪える。



ほんまにこの人らは、どれだけ過保護や。




財「…すみませんでした」




でも、心配掛けてもうたことは確か。



俯きながらぽつり呟くと、謙也さんと部長は目を見開き顔を合わせる。




財「焦ってました、…ほんまに部長失格ですわ」




部員のペースに合わせるのが部長やのに。
1人で暴走して、倒れて心配掛けて、最低や。




財「…俺、先輩達に甘えてました」



謙「財前、」




ずっと甘えてたんや。




部長の優しさにも、謙也さんの優しさにも。





立ち止まっとる俺の、手を引いてくれるんじゃないかって、心の隅で思うてた。
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