Short story

□スタートライン
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いつからなのか。











『あ、財前さんっ』




夏の四天宝寺と青学の合宿。
いつもより早く目が覚めてしまった俺は、朝練に行くのも1番乗りやと思うてた。


せやけど、テニスコートにはコート整備に励むりんの姿があった。




財「…えらい早いな」



『え、えと…張り切り過ぎちゃいまして、』




えへへと恥ずかしそうに微笑むりん。

テニスバッグを置き近くの用具を手に取る俺を見ると、今度は慌て出した。




『あ、あの…!』



財「先輩達来るまで暇やねん」




せっせとトンボを動かす俺を驚いたように見つめていたりんは、暫くしてふわりと笑った。



『ありがとうございます、助かります』と言う声はちゃんと聞こえとるのに、返事はしないで颯爽と手を動かす。


そんな俺を気にすることもなく、りんは同じように手を動かした。




『財前さんも早いんですね』



財「甥が今日遠足で朝からテンション高くてな、巻き込まれた」



『甥っ子さん?何歳ですか?』




中身が良く見えたら、見た目も良く見えてまうものなのか…?




背に比例するように耳も鼻も唇も小さくて、手なんて幼い子供のようで。



大きな瞳、瞬きする度に揺れる長い睫毛。
真っ白い頬は時折、桃色に染まる。




俺の言葉にいちいち反応して違う表情を見せてくれる。それが嬉しかった。







その全てに






気付いたら釘付けになっとった。











あいつは、俺を見ないのに









白「おはようさん、えらい早いな」



『はいっおはようございます』



白「コート整備してくれたん?ありがとう」



『!い、いえ///』







その濁りのない瞳に映るのはいつも同じ。




部長にしか見せない表情があって、それを俺は知らなくて。







りんを見つめる部長の顔を見た時、この想いは報われないと知った。





愛しくて、守りたくて、好きなんやって、その優しい色をした瞳が言っていたから。











俺が入り込む隙なんて、初めからない。










それやのに










りんが部長を想う度、俺が強がって隠してきたこの想いも大きくなっていって













好きで、どうしようもなくて


















財「…あの人、ほんまにうざい」




気持ちを全て見透かしたように、あの日俺の背中を押したあの人。


部長だからなのかもしれんけど、それだけやない。




俺とあの人は同じ女を見てるから…それだけのこと。






財「ほんまに…」




気に食わない。




部長が何も言わへんのは、俺が自力で走り出すのを待っとるからか…?






空に注いでいた視線を地上にやり、無造作に置かれたテニスバッグを見た。



























謙也さんと会話したあの日を境に、俺の生活は変わった。





誰よりも早く来て自主連し、休み時間があればテニスコートに向かう。

放課後は暗くなるまで壁打ちやランニングを繰り返す、そんな日々を過ごした。



部長としては当たり前のことかもしれんけど、数日前まで脱け殻のようだった奴にしては奇跡的な変貌やと思う。




やる気のない俺に愚痴を溢していただろう部員も、俺を頼るようになった。





週末、いつものように放課後残って自主連をしとった俺は、ふと名前を呼ばれた。




小「光ぅ〜頑張っとるわね〜」



財「…何しに来たんスか」



ユ「小春に何て口利くねんこいつ!」




2人の先輩の姿にあからさまに嫌な顔をしとれば、ギャアギャアと騒ぎだした。


そんなホモな先輩らの後ろで、謙也さんもおることに驚いた。
あの日以来、まともに話してへんかったから。



俺が口を開く前に、別の声がそれを邪魔した。




小「んも〜光ったらツンデレなんやからぁ☆」



財「…………」



小「…と、冗談は置いときましょ」




怒るのも面倒で顔だけで不快を表す俺に気づいたのか、金色先輩は少し焦ったように話を変える。




小「今からりんちゃんとカラオケ行くんやけど、一緒に行かへん?」



財「…………」




今日来る日やったんか。

少しだけ眉を寄せる謙也さんの表情から、止められなかったんやなと察した。




財「俺はええです、もう少し打ってくんで」



小「あらぁホンマに?」



ユ「なら来れたら来や。この前のとこやから」




先輩は肩を落としながらもヒラヒラ手を振り、テニスコートを出て行く。


振り返った謙也さんと目が合うも、何も言わず続いて出ていった。





再び1人きりになった俺はコートを見渡し、手に持っていたボールを高く上げた。


















どれくらい経ったんやろ。




夢中で壁打ちをしていた手を止め、辺りを見渡すと日も落ちかけていた。



そろそろ帰ろうかと足を動かした時、ふらりと身体がよろめいた。


特に気にも止めず前へ進もうとするが、今度は視界がぼやけてしもうて力が入らない。







ドサリと、俺はその場に倒れた。
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