Short story
□スタートライン
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うっすらとオレンジ色に色付いた空は、秋を告げるみたいに俺を真上から見下ろす。
誰もいない屋上で寝そべっていた体を1回転させ、今頃部活だろうとぼんやり思った。
瞼を閉じた上から片腕を乗せとると、ふと誰かの影が俺を覆った。
財「…何ですか」
謙也さんと呼べば、その主はニッと歯を見せて笑った気がした。
謙「何ですかやないやろ。お前今日はなんの日か知っとるか?」
財「謙也さんが俺の前から永遠にいなくなる日」
謙「何この子物騒!…ってちゃうから、高等部との合同練習の日やろが!」
興奮する謙也さんの声を聞きながら、「知ってます」と重い体を起こす。
謙也さんは相変わらず金髪で、そんな変わらない(阿呆面な)先輩に合わせるように立ち上がってみせた。
謙「知っとったんなら来いや…お前部長やろ」
財「…元部長ならおるやないですか」
謙「今の部長は財前やろ。お前が来ないでどないするん?」
きっと謙也さんは代表として、俺を捜しに来たんやろな。
知っとる。俺に部長としての自覚が足りないことくらい。
それなんに白石部長は何も言わへんし、謙也さんやってそうや。
肝心なことには触れないでおる。
その優しさが、俺には鬱陶しく辛い。
謙「…今週末、りんちゃん大阪来るらしいで」
その名前に、俺は自分でも驚くくらい反応した。
それを悟られないよう曖昧に頷く。
財「そうですか」
謙「…大丈夫か?」
謙也さんは微かに眉を下げて俺の表情を伺うように尋ねた。
何が、
何が大丈夫なん
謙「皆カラオケやらボーリングやら計画してな、盛り上がっとるけど、その…財前気ぃ乗らへんかったら、俺から断っとくで…?」
無意識に、拳を握り締めていた。
失恋した俺を、謙也さんが心配して言ってくれてるとわかっとる。
わかっとるけど、でも。
今はそんな優しい謙也さんが憎い。
優しい言葉を掛けられる度、自分が惨めになるんや。
財「…ええです、余計なこと言わんで」
謙「余計て「同情とかウザいっスわ」
ああ、アカン。
今口を開いたら、言葉にしたらきっと、人を傷付けることしか言えへんのに。
財「部長も謙也さんも…俺のこと可哀想やと思っとんのやろ」
謙「な、思っとるわけないやん」
財「なら部長は何で怒らんのですか、謙也さんだってへらへら笑って、」
謙「っそれは「そうゆう気遣い、ウザいんです」
謙也さんの眉がだんだん寄せられていく。
悪いのは俺なんに、何でこんなに人を攻めることしか言えへんのや。
財「謙也さんも、りんのことええなって思ってたやないですか」
遂に、触れてしまった。
財「それやのに部長のこと応援しとる振りして…ええ友情ごっこですね」
言い捨てた俺の言葉に、謙也さんの顔がカアッと赤く染まった。
謙「俺はな、白石やお前の方が……!」
黙って聞いとるだけだった謙也さんの声が、屋上にこだまする。
自分よりも部長の方がお似合い…とでも言いたいんやろうか。
自ら部長の引き立て役に成り下がって満足しとるこの人にも、りんを自分に向かせておいて、それでも俺を気にする白石部長も……
全部、うんざりや。
謙「…兎に角、部活には来るんやで」
謙也さんは俺から視線を逸らすと、重たい屋上のドアを開け出て行った。
さっきまで話し声が響いていたはずが、それが嘘のように静かで。
再び1人になった俺は、何となくやけど空を仰いだ。
財「…最低やな」
零れた言葉は、深く胸の奥に刺さる。
思ってへんかったんや。
あいつのことで、こんなにも頭の中がいっぱいになる日が来るなんて。
「りんが…好きや」
あの日俺は、終われる気がした。
胸の奥で大きく膨らんだ想いも、全て忘れられるって思っとった。
けれど、全然そんなことなかった。
消えるどころか、日に日に大きくなる。
この想いはどうしたら、小さくなるんやろか。
俺はスタートも出来ないで、立ち止まったまま。