beloved

□未来へ
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*りんside*




夏休みも後半に突入した頃。
私は、家の縁側でお母さんと菜々子さんと一緒にアルバムの写真を眺めていました。




『わぁ、このお母さん可愛いっお父さんも若いっ』



菜「ほんと。お2人ともお似合いですね」



倫「あら〜ありがと!…でも最初はね、何てチャラチャラしてる人なのかしらって思ったわ。アリッサちゃんだかに毎日鼻の下伸ばしてて、」




はぁ、と頬に手を添えながら、「まぁ、大会の送り迎えお願いしてただけみたいだけど…」とブツブツ呟くお母さん。


「名前もしっかり覚えてるのね」と菜々子さんが内緒話をするみたいに囁くから、思わずクスリと笑ってしまった。




『お母さんとお父さん、どっちから告白したの?』



倫「え!?」



菜「私も知りたいですっ」




気になって前のめりになると、お母さんはそんな私達を困惑したように交互に見つめる。

「忘れちゃったわ…」とふいっと顔を逸らすお母さんの顔は、少しだけ赤かった。




『(お母さん照れてる…)』




アメリカにいた頃の、私が生まれる前の2人。
写真の中のお父さんは今より髪も長くて、お母さんは明るい笑顔が今と変わらなくて。


きっと、今みたいにたくさん喧嘩しながら、仲良く過ごしてたんだろうな。




何だか嬉しい気持ちでアルバムのページをめくった時、「何してんの?」と声が降ってきて。
顔を上げると、お兄ちゃんがアルバムを広げる私達を不思議そうに見下ろしていた。




『お兄ちゃんっあのね、今お父さんとお母さんの写真見てて、』



リョ「へぇ…親父変なかっこ」




素直な感想を述べてから、興味深そうにお兄ちゃんも写真を覗く。
そのままページを進めていくと、赤ちゃんのお兄ちゃんと私が写真に登場した。




リョ「何これ、りん猿みたいじゃん」



『!お、お兄ちゃんだって、』




むーと頬を膨らませる私を見て、「もーやめなさい」と呆れたように間に入るお母さん。


そこには、生まれたばかりのお兄ちゃんと私が寄り添いながら眠っている写真。
初めてのビニールプールで緊張しながら遊んでいる写真。
体には大きいテニスラケットを持ったお兄ちゃんと、笑顔のお父さんの写真。
おめかしして嬉しそうに笑う私と、首に付けた蝶ネクタイを気にするお兄ちゃんの写真。


おままごとを一緒にしている写真を見た時、お母さんがクスリと笑った。




倫「その写真、リョーマ嫌そうな顔してるでしょ?りんが何回もおままごと誘うからなの」



『え!そうなの?』



倫「そうよ。りんったら『あなた、おしゃけはいちにちいっぽんまでっ』とかお母さんの真似して、リョーマに怒ってて。お父さんと笑い堪えるの大変だったのよ〜」




その頃のことを思い出しながら笑うお母さんに、私の顔はカーと赤くなっていった。
助けを求めたくても、お兄ちゃんは「…覚えてない」とそっぽを向いてしまって。


うう…とショックを受ける私に、「でも、どんなに嫌がっても最後まで付き合ってたのよ」とお母さんは微笑みながら教えてくれた。




倫「リョーマはりんに意地悪したこと一度もなくて、喧嘩も少なくてね」



『…うん』




それは、私も良く知ってるよ。お兄ちゃんは口数は少ないけど、いつだって優しいこと。
幼い頃からずっと守ってくれていたこと。




『お兄ちゃん、いつもありがとう』




微笑みながら伝えると、お兄ちゃんは少しだけ目を見開き「…何それ」と表情を緩めた。

その反応が嬉しくてニコニコ笑い続けてしまい、結局「しつこい」と言われてしまったけれど…




南「お、何集まってんだ?」



『お父さんっ』




全員集合していたことにお父さんはギョッと驚きつつ、「アルバム?」とその存在に気付いた。




南「おいおい懐かしすぎねーか?母さん若すぎ「なーに?」……いや、今も十分若くて美しいです」




お母さんにわざとらしくコホンッと咳払いをされて、慌てて言い直す。
そんなお父さんと一緒に再びアルバムに目を通していた時、「!やべ、」とお兄ちゃんが唐突に呟いた。




リョ「桃先輩と出掛けてくる…っ今日夕飯いらないから」



倫「はいはい、りんもそろそろ出なくて良いの?」



『は!そうだった…っ』



南「何だ?リョーマもりんも出掛けるのか?」




ドタバタと準備し出す私達を見て、お父さんは残念そうな声を溢す。
お母さんはというと…一度腰を上げると台所からお茶を注いできて、お父さんの側に湯飲みを置いた。




倫「私だけだと、不満ですか?」



南「!え?いや……不満なわけねぇよ」




ぽりぽりと頬を掻きつつも、傍にいてくれるお母さんを嬉しそうに見つめるお父さん。


寄り添いながらアルバムをめくる2人の顔は、今もとても幸せそうで。
その姿に思わず微笑んでいれば、「…りん、置いてくよ」と既にドアを開けて待つお兄ちゃんがいた。




『わわ、お兄ちゃん待って…っいってきます!』




「おー気を付けろよ」とお父さんの声を背中に受けつつ、私はリボンの付いた麦わら帽子を被って外に出た。




燦々とした太陽の光に思わず目を細め、先を歩くお兄ちゃんに小走りで追い付く。


お兄ちゃんとは途中まで一緒だから同じ電車。
ドアに寄り掛かりながら額の汗を拭うお兄ちゃんを見た時、『あれ?』とテニスラケットを持っていないことに今気付いた。




『お兄ちゃん、桃城先輩とテニスじゃないの?』



リョ「…いや、なんか買い物付き合う羽目になって。昼飯奢ってくれるって言うから」



『そ、そうなんだ』




お兄ちゃんのことだから、きっといつもより高級なものを食べるんだろうな…と予想出来た。




リョ「りんは何処行くの?」



『学校で雪ちゃんと待ち合わせしてて。夏休みの宿題一緒にやるんだぁ』



リョ「ふーん…この間終わったって言ってなかった?」



『そ、それは……』




ギクリと肩が揺れる。
お兄ちゃんの言う通り、確かに課題ドリルは終わってるけど…1つだけやり残しているものがあった。




『職業のこと、参考になる本探してこようと思って…!』



リョ「まだ決めてないの?」



『うう………はい』




私の学校は3年生になると"職場体験"をすることになっていて、夏休み中に体験場所の希望を決めなければならない。


それなのに、私は悩んでも悩んでも決められなくて、お母さんに話を聞こうとしたらアメリカにいた時の話になって……それで、気付いたら皆でアルバムを見ていた。



お兄ちゃんは何となく察してくれたみたいで、ハァと溜め息を吐かれてしまった。




リョ「そんなの何処でもいいじゃん。受験じゃないんだし」



『!でも、友達も皆行きたいところ決まってるみたいでね、私もちゃんと考えて決めたいなって、』




そう言いつつも、ちゃんと見付けられる自信がだんだんなくなってきて、しゅんと落ち込んでしまう。

小さい頃はなりたい職業がたくさんあった筈なのに…



思わず俯きそうになった時、被っていた帽子をくいっと深くまで下げられた。
顔を上げると、それをしたお兄ちゃんは何事もなかったように外を見ていて。


もしかして励ましてくれてるのかな…?と思ったら、嬉しくて抱き付きたくなってしまった。




『(ダメダメ…っ)お兄ちゃんは将来やりたいこととか、決まってるの?』




少しずつお兄ちゃん離れするって決めたんだ…!と慌てて首を横に振りつつ、ふと気になったことを聞いてみる。


何故か黙ってしまったお兄ちゃんをちらりと見上げ、私はお兄ちゃんの未来像を勝手に妄想…想像し出した。




『(大人になったお兄ちゃん……)』




お兄ちゃんは絶対プロのテニスプレーヤーになれる筈。
でもでも、前に職場体験でカチローくんのお父さんの所に行ってたから、コーチも興味あるのかなぁ。
あ、でも…英語を活かしてパイロット?とか、ホテルマンという選択も…



ふむふむと1人で頷いていれば、お兄ちゃんから「…最後の2つは何なの」と指摘されたことにびっくりしてしまった。




『っ!何でわかったの?』



リョ「何でって……殆ど声に出てるし」



『ふぇ!?ち、違うの…っきっとパイロットの制服を着たお兄ちゃんもかっこいいんだろうなぁなんて思ってないの…!』



リョ「………………」




「あっそ」とそっぽを向かれてしまい、ガン!とショックを受ける。
心の声を全て口にしていたなんて思わない私は、お兄ちゃんの態度に只々傷付くしかなくて。


次の駅が見えてきた時、「… りんは"お嫁さん"でしょ」とぽつりと聞こえた声に顔を上げた。




『え?』



リョ「白石さん、貰ってくれるといいね」



『!?』




少しだけ意地悪く笑うお兄ちゃんに、ボンッと頬が熱くなっていくのがわかった。


『!お、お兄ちゃん…っ///』と恥ずかしさから声をあげても、お兄ちゃんはさっさと駅に降りてしまう。




『(白石さんのお嫁さん……)』




た、確かにそうなったらいいなぁ…って思ってるけど。"白石りん"ってこっそり書いたりしたこともあるけど。



ガタンゴトンと電車に揺られながら、私の顔は暫く赤いままだった。






















***




雪「いや、それ全然お兄ちゃん離れしてないでしょ……」




聖華女学院の図書室にて。
目の前でスラスラとノートを書いていた雪ちゃんが、手を止めて呆れたように私を見た。




『でも、最近はシンプルなお弁当にしてるし、一緒に寝るのも我慢してるよ…!』



雪「それ普通だから!寧ろお兄ちゃんと寝てたことにびっくりよ」




雪ちゃんが大きな溜め息を吐くから、『いつもじゃないもん…』といじけた返答をしてしまう。

今までだって、怖いテレビを見てしまった時や、お兄ちゃんの部屋でゲームをしてそのまま寝てしまった時など…たまにしか一緒に寝ていない。(←でも雪ちゃんに言うとツッコまれそうだから言えない)



この間も菜々子さんが見ていたホラー系の番組を偶然見てしまって、更にその日は酷い雷で。
今までならお兄ちゃんの部屋に行っていたけれど、自室の布団の中で震えながら眠りに付いた。




『……お兄ちゃんに、これ以上ウザいって思われたくないから。だから頑張って"普通"になる』




お兄ちゃんに嫌われちゃったら……きっと生きていけない。

普通の兄妹がどういう感じか正直わからないけれど、近付けるように努力したいと思ったの。



寂しい気持ちを吹き飛ばすように再び本を手に取った私に、「…それ、本当に言われたの?」と雪ちゃんが尋ねた。




『え?』



雪「(……りんのお兄ちゃんがそんなこと言うなんて、あり得ない気がするけど)」




何か言いたそうな雪ちゃんに首を傾げていれば、「要せんせぇ〜」と窓の外から声が聞こえた。


バッと素早く首の向きを変える雪ちゃんに合わせ、私もその方向に目を向けると……2人の生徒と話す要先生の姿が。




要「おー部活か?暑いから倒れないように気を付けろよ」



「「はい!ありがとうございます」」




2人の女子生徒は顔を赤く染め、嬉しそうに去って行く。
ぼーっとその光景を眺めていれば、「要せんせー!」と雪ちゃんが窓から飛び出そうな勢いで名前を呼んでいた。




要「あれ、お前らも来てたのか?」



雪「はい!夏休みの宿題中です!」




納得した顔をしながら近付いてくる要先生。

『先生は何を…』と尋ね掛けた時、先生を取り巻く空気が一変した。




要「……それを聞くのか、俺に」



『え、えと…?』



要「先生ってのはな、補習授業や新学期の準備、部活の顧問や合宿への同行……つまりは、夏休みなんてあってないようなもんなんだ」




「わかるか?」とニッコリ笑う要先生は何処かげっそりとしていて、目の下に薄らとクマも見えた。


その疲れように、私と雪ちゃんはコクコクと顔を縦に振るのが精一杯だった。
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