beloved

□ラブ・レター
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*りんside*




午後の練習を終えて、夕食と入浴も済ませた後、洗濯しなくちゃとコインランドリーに向かった。


洗濯は基本的にはマネージャーの仕事だけれど、自分で洗いたい人もいるのでそこは自由になっている。

そういえば、前に洗濯物を回収していた時、財前さんに「良くやるな。面倒やないん?」って聞かれたことがあったっけ……




ガゴン、ガゴンと洗濯機が回る音を聞きながら、私は白石さんのことを思い出していた。




『(今日も…美味しいって言ってくれた)』




「いつもお弁当ありがとう。めっちゃ美味しかったで」と微笑みながら空になったお弁当箱を渡してくれる白石さん。

洗濯物を回収する時、「汗臭くて堪忍な!」と申し訳なさそうにしながら籠に入れる姿も、可愛いなって思う。



面倒なんて思ったこと……一度だってない。




『(それに、白石さんの汗の匂いなら、好き)』




ぽーっとしながらそんなことを思った瞬間、ハッと我に返った。

これじゃ変態みたい…!とブンブン赤くなった顔を振るい、今の発言は一生自分の中だけに留めておこうと決める。


私がただれた(?)感情と戦っていると、「そこに突っ立ってられると、邪魔だ」と背後から声を掛けられた。




『!寿葉ちゃん、』



寿「…顔、茹で蛸みたいだべ」




『ええっ』とペタペタ自分の頬を触る私を尻目に、寿葉ちゃんは隣の洗濯機にユニフォームを入れ始める。
「どーせ彼氏のこと思い出してたんだろ」とズバリ当てられてしまえば、何も言えなかった。




寿「………いつから」



『?』



寿「いつから、忍足さんに"りんちゃん"って呼ばれてるんだ?」




残りの洗濯物を入れてスイッチを押した時、隣で同じことをしていた寿葉ちゃんがポソリと呟いた。

私は目を丸くしながらも、いつからだろう…?と忍足さんと知り合った時からの記憶を辿ってみる。




『えと、最初からだったような、』



寿「っ忍足さんが自分から?無理矢理呼ばせたんじゃなくて?」



『?う、うん』




勢い良く話していた寿葉ちゃんは、私の反応にハッと我に返ったように前に向き直る。
横からこっそり見つめると、頬が赤く染まっていることに気付いてしまった。




寿「…忍足さんが名前で呼ぶ女子は、あんただけだ」



『えっ?それは多分、お兄ちゃんも"越前"だからで「オイラ、ずっと"北園さん"だし……名前知らねのかも」



『そ、そんなことないよ…っ』




きっと忍足さんは鳳さんと一緒で紳士的だから、名字で呼ぶんだと思う。と言おうとしたけれど、話がややこしくなる気がして言葉を飲み込んだ。




『(…寿葉ちゃん、忍足さんのこと、すごく好きなんだなぁ)』




忍足さんの話をする時の寿葉ちゃんの瞳は、キラキラと輝いてとても綺麗。


何も言わずにただ寿葉ちゃんが話し始めるのを待っていると、「……上手く出来ねぇんだ」と独り言のような声が聞こえた。




寿「オイラの家……父親が東京で単身赴任してて、中学卒業を気にオイラだけ引っ越したんだ。氷帝に入って、忍足さんに会いたかったから」



『うん』



寿「でも、忍足さんを前にすると話せねぇんだ。見られてると思うと目も合わせられなくて、きちんと話したことなんてねぇ」




いつも明るい寿葉ちゃんの口調が弱々しくて、縮こまる姿を見ていたら私の表情も曇っていった。


確かに氷帝の皆とバーベキューをした時も、跡部さん達とは普通に話していたけれど、忍足さんとはあんまり会話していなかったかもしれない。




『んと…忍足さんの好きなこととか、趣味とかを話題にしてみるのはどうかな?』



寿「っとっくに試してんべ!!でも挨拶するのが精一杯だ!」



『(そ、そっか…!)』




バーンと効果音が鳴る勢いの寿葉ちゃんにつられて、納得してしまう。



私だったらどうするだろう。
もし、私が白石さんと仲良くなりたくて、でも緊張して話せないとしたら。




『(私だったら……)』




うーんうーんと頭を悩ませながら、自然と思い浮かぶのは白石さんの柔らかい笑顔だった。


























***




結局、寿葉ちゃんにこれと言ったアドバイスも出来ないまま、1人でとぼとぼと宿舎の廊下を歩いていた。




『(駄目だなぁ……私、)』




寿葉ちゃん、あんなに悩んでたのに。



飲み物でも買おう。とロビーにある自販機を目指して歩いていると、「りんちゃん!」と大好きな声が聞こえた。

弾かれるように顔を上げると、2人がけのソファに腰掛けて手を振っている白石さん。




『白石さ……あ、手塚部長っ』



手「りん。偶然だな」




白石さんの向かいのソファに座っていた手塚部長に気付くと、『こんばんは』とペコリ頭を下げながら近付いていく。
手塚部長の表情も僅かに和らぎ、ポンッと頭に手を乗せてくれた。




白「………前から思っとったけど、りんちゃんって手塚くんに会うとえらい嬉しそうやなぁ」



『ふぇ!?』




前からじとーっとした視線を感じて慌てて距離を取ると、少し拗ねた顔をした白石さんがいた。




『(え、えと)はい、嬉しいです。でも……さっき白石さんのお部屋に洗濯物を届けに行ったらいなかったので、』




『会えて良かったあ』と熱くなる頬を感じながらも、自然と笑みが溢れる。
キョトンとした顔で私を見つめていた白石さんは、途端にカァッと顔を赤くさせた。




白「〜〜〜っそんなん、俺もに決まっとるやろ………」



『!///』




同じ空間にいるのに、少し会えないだけで寂しいなんて、私は欲張りなのだろう。
そんな風に思っていたから、白石さんが同じように感じてくれていたことがすごく嬉しくて。




手「(……楽しそうだな)」




互いに照れ合う私達を見ていた手塚部長が、冷静に呟いていたことなど知る由もなかった。




手「白石、そろそろ解散にしないか」



白「おお!せやな。遅くまでおおきに」



『手塚部長、おやすみなさい』



手「ああ、おやすみ」




去って行く手塚部長の背中を見届けていると、「りんちゃんも座り?」と白石さんが声を掛けてくれた。


部屋着姿でいることが何となく恥ずかしくなって、正面ではなく隣に座る。

そわそわと落ち着かずに自分の手元に視線を落としていたけれど、ふと面を上げた瞬間にバチッと視線が合わさった。




『っあ、あの…白石さんは何をされてたんですか?』



白「部長会議で集まっとったんやけど、試験も近いし、手塚くんと勉強してたんや」



『そうなんですね』




そう言いながら、「くぁ〜」と小さく欠伸をする白石さん。
毎日ハードな練習をこなして、勉強もして、それで夜は部長会議だなんて……私だったらくたくただろう。


『お疲れ様です』と尊敬の気持ちも込めながら微笑むと、白石さんは自分の顔を両手で覆ってしまった。
その身体が震えていることに気付かず、私は骨っぽくて長い指を綺麗だなぁと呑気に思っていた。




白「……癒されすぎて死ぬ」



『(ええっ死……!?)』




さっきよりも疲れた様子の白石さんに、どうしようと思わず涙目になる。
そんな私を見て更に白石さんが悶え苦しみ、「ん゛ん゛」と喉を抑えていた。




白「りんちゃんも勉強しとる?」



『あんまりやってなかったので、焦って始めたところです…』



白「ははっまぁ俺もあんまり真剣にやってへんけどな」




白石さんはそう言うけれど、要先生や渡邊先生から白石さんが優秀なことは聞いていた。

私もせめて良い点取らなきゃ!と心の中で自分自身に誓いを立てる。



ふと、さっきまでの寿葉ちゃんとの会話が頭を過ぎり、チラリと白石さんを見つめた。




『あの、白石さん。私の友達の話なんですけど、』



白「ん?」




詳しい名前は言わないようにして、さっき私が答えられなかった内容を話す。
白石さんは相槌を打ちながら真剣に私の話を聞いてくれていた。




『白石さんだったら、どんな風に話し掛けるのが自然だと思いますか?』



白「んーせやなぁ……(りんちゃんが相手やとして)俺やったら世間話でも何でも良いから、取り合えず話し掛けてまうな。
しかも同じ学校なんやったら、尚更ネタは多いんやないか?」



『私もそう思ったんですけど、目を合わせるのも恥ずかしいみたいで、』



白「何や……誰かさんみたいやなぁ」



『!だ、誰かって…誰ですかっ///』



白「さ〜?」




ニヤニヤと口元を緩める白石さんに、何となく言いたいことがわかった私は頬を膨らませた。


確かに、未だに目が合うだけで胸がざわざわして落ち着かないけれど。



むぅと不貞腐れる私にクスッと笑い、白石さんは腰を上げて自販機に向かった。
「何か飲みたいのある?」とさり気無く聞いてくれる姿はやっぱりスマートで、大人だ。




『……私は、白石さんがいっぱい話し掛けてくれたから、仲良くなれたんです』




白石さんが小さい頃の記憶を忘れないでいてくれて、声を掛けてくれたから。
寿葉ちゃんと話している時に…そのことをたくさんたくさん思い出した。




『だから、ありがとうございます』




"白石さんが見付けてくれて、すごく幸せです。"


ニコニコと緩まった頬に、ぴとっと冷たい何かが当たる。
『ぴゃ!?』と身体を飛び跳ねさせると、白石さんが微かに顔を赤く染めながらペットボトルを差し出していた。




白「〜〜〜っりんちゃんは、俺を喜ばせる天才やな…」



『??』



白「俺は、あの時りんちゃんが大阪まで来てくれて、気持ちを伝えてくれたお陰やって思っとるで」




そう言って白石さんは照れたように微笑み、私の頭を優しく撫でてくれる。


その温かさにドキンと胸が高鳴って、さっきよりも近くに座った白石さんを妙に意識し出してしまった。




『(……ど、どうしよう……)』




白石さんに甘えたい。



頭を撫でられただけでもっとその体温を感じたくなってしまうなんて、欲張りなのかもしれないけれど。




『(……くっ付いたら、駄目かなぁ)』




だって、いつもは白石さんから抱き付いたり手を握ったりしてくれるのに、今日は一度もしてくれない。


ドックンドックンと鼓動が忙しく鳴り始め、私は"甘える"というハードルの高い行為を成し遂げようとしていた。




白「そや!さっきの話の続きやけど…目を合わして話すのが難しいんやったら、メールとか手紙がええんやないか?」



『(自然に、自然に……)』



白「特に手紙はその人の人柄が出るって言うやろ?後は…………………!?」



『(え、えい!)』




心の中でタイミングを計り、ポスッと白石さんの方に頭を傾けてその肩に触れる。


触れ合っているところがじんわりと熱くなったようで、私の心臓もドッキンドッキンと加速して爆発寸前だ。

沈黙が更に恥ずかしくさせるので『て、手紙いいですね』と平静を装って会話をするけれど……




白「………りんちゃん」



『?は、はいっ』



白「もう遅いし、そろそろ部屋戻らへんか?」




キョトンと目を丸くさせる私に対して、「ごめんな、相談はまた今度」と一言。


私は白石さんからゆっくり離れることしか出来なくて、その提案を断ることも出来なくて。




白「ほなおやすみ、りんちゃん」



『おやすみなさい…』




軽く左右に揺れるその手は、最後まで私に触れることはなかった。




白石さん、白石さん。




『……どうして?』
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