beloved

□ラブ・レター
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「じゃあ、今日はここまで。今日やったところまでテストに出すからなー」




国語の先生がプロジェクターを消すのとチャイムが鳴ったのは、ほぼ同時だった。


先生が教室を出て行くと、ほけっとしていたりんの顔からサーッと血の気が抜けていった。
それは、隣に座る鳳が「っりんちゃん?」と心配するほどで。




鳳「ど、どうしたの?」



『………忘れてました』



鳳「え?」



『テストです……………』




ぽつりと呟いたことで現実感が増していったのか、その顔は更に蒼白になっていった。




この学校は合宿の為に設立したものだが、小テストは勿論、月に一度大きな試験があった。


だがりん自身、好きで忘れていたわけではない。
白石と色々なことがあって、ここ最近はそのことで頭の中が埋め尽くされていたので……他のことを考える余裕がなかったのだ。




鳳「(えーと…)まったく勉強してないの?」



『は、はい。一応授業はちゃんと聞いてるので大丈夫だと思うんですけど…』




鳳の落ち着いた口調に、りんの顔色もだんだんと元に戻っていく。


取りあえず、まだ時間はあるので少しずつ勉強しなくては。
冷静になった頭でテスト勉強のスケジュールを組み立てるりんを、鳳は心配そうに見つめていた。




鳳「…良かったら一緒に勉強する?」



『へ、』




思ってもみなかった言葉に、キョトンと目を丸くする。

そんなりんを見ていたら自分の発した言葉を徐々に理解したらしく。鳳の顔がカァッと赤く染まっていった。




鳳「えっと、俺生物の実験とかは苦手だけど、他の教科は教えてあげれるから」




少し焦ったように話す鳳を見て、りんはじんわりと胸が温かくなるのを感じた。




『ありがとうございます、鳳さん。よろしくお願いしますっ』



鳳「うん」




確か、鳳は氷帝学園でも学年の1、2位を争うほどの成績だと聞いたことがある。(←向日情報)


りんの反応に鳳の表情もホッと和らぎ、いつしか2人の間にほんわりとした柔らかい空気が流れていた。

「じゃ、放課後少し時間あるから…図書室で勉強しようか」と提案する鳳に、りんは迷わず顔を縦に振るのだった。




裕「勉強会するのか?」



『裕太さんっ』




今さっきまでの会話を含めてりんが説明すると、裕太は「へーいいな」と興味深そうに相槌を打った。




鳳「良かったら、不二くんも一緒にどう?」



裕「え!?」



『そうですね!裕太さんも一緒なら更に心強いです!』




キラキラと目を輝かせるりんと、にっこりと穏やかに微笑む鳳。


2人の純粋なお誘いを受けた裕太は、少し恥ずかしそうにしながらも「おう…よろしく」と頷いた。






リョ「(……まぁ、この2人なら安心か)」




青春の1ページのような会話を繰り広げる3人の声を、眠りながらもこっそりと聞いていたリョーマ。


男女…と言うより、犬3匹が戯れているようにしか見えないと、眠気の冷めぬ頭でぼんやり思う。



そっと隣を盗み見れば嬉しそうにはしゃぐ妹の姿があって、リョーマの瞳は優しく細められていた。
























***




『……あの、鳳さん。ここってこの解き方であってますか?』



鳳「どれ?……うん。合ってるよ」



裕「あ、でもここはAに置き代えるやり方もあるから、そっちの方が楽だぜ」



『あ、確かにっ』




裕太の教えてくれたやり方でもう一度解き、『出来ましたっ!』とノートを目線まで掲げる。


そんなりんの姿に、まるで自分のことのように2人も喜んだ。




放課後の図書館は人も少なく、勉強するにはとても最適な場所で。
3人もその空気に感化され、窓際の席に腰掛けるなり早速勉強に取り掛かっていった。


鳳と裕太という真面目な2人と一緒なので、りんも心なしか、いつもよりペンの動きが機敏な気がしている。




鳳「それにしても、不二くんって数学得意なんだ。すごいね」



裕「え?まぁ一番得意かもな。でも鳳だって凄いじゃねぇか。苦手科目とかほぼないんだろ?」



鳳「そんなことないよ。強いて言うなら美術とか音楽が好きだけど、ここではやらないから…たまに無意識の内に口ずさんじゃって」




「この前もお風呂場で歌ってたら、宍戸さんにやめろって怒られたんだよね」と眉を下げる鳳に、裕太とりんはその光景を想像して笑ってしまった。




裕「ていうか、その"不二くん"って言うのやめろよ。裕太で良いから」




その言葉に、りんは裕太が"天才不二の弟"と呼ばれることを極端に嫌っていたことを思い出した。
何故、そこまでリョーマ(兄)のことを好きになれるのかと問われたことも。



りんの不安を察した裕太は、「そういう意味じゃねーよ」と眉を下げながら笑う。




裕「だってよ、兄貴も"不二さん"とか"不二先輩"だろ?名字で呼ばれると紛らわしいんだよな」



『(あ…)そうなんですね』



裕「そんなに心配しなくても、もう大丈夫だから。兄貴のことはいつかぜってー超えてやるし、尊敬もしてる」




照れ臭そうに話す裕太に、りんは安心したように頬を緩めた。

そんな2人の会話を静かに聞いていた鳳も、「じゃあ、裕太くんって呼ばせて貰おうかな」と笑顔を見せる。




裕「別に呼び捨てで良いのに。同い年だろ?」



『鳳さんって、樺地さんや日吉さんのことは呼び捨てですよね?』



鳳「えっ?それは初等部から一緒にいるからで…」




「確かに、女子のこともさん付けしてそうだよな」とズバリ当ててくる裕太に、「う、」と思わずギクリとする鳳。


ふとあることが思い付き、裕太はニヤリと怪し気に口角を上げた。




裕「なぁ、試しに"りん"って呼んでみろよ」



鳳「『えっ!』」




突然の提案に、鳳とりんは声を揃えて驚く。


呼び捨てで呼ばれることには慣れているりんだが、鳳の方はそうではないらしい。
自分が呼ぶのを今か今かと待っている空気を感じ取り、「う…」と冷や汗を流しながら困惑する。



テニスの試合より緊張する…とゴクリと喉を鳴らした後、やがて決意したようにりんを見つめた。




鳳「〜〜っりん「知った声がする思うたら、揃って何しとるん?」




ぬっと鳳の背後から現れた人物に、裕太とりんは揃って目を丸くさせる。


「うわあ!?」と飛び退く鳳の頭を、ポンと持っていた本で軽く叩いたのは忍足だった。




鳳「お、忍足さん…ビックリさせないでください!」



忍「わざとやないで?…それより、えらい楽しそうやなぁ」




只でさえ緊張していたのに、突然の先輩の登場で鳳の心臓はバクバクと音を立てていた。




『今、鳳さんと裕太さんに勉強を教わってたんです』



裕「良かったら忍足さんもどうですか?この中じゃ学年も一番上だし、俺達にも教えて下さいよ」



忍「別にええけど…そんな期待せんといてな」




そう謙遜しながらも鳳の隣に腰掛ける忍足に、りんは『ありがとうございます、心強いですっ』とペコリと頭を下げたのだった。






















***




かくして、新たな参加者を得て数分後……勉強会は予想外に良いペースで進んでいた。




裕「忍足さん、この文節の区切りって合ってますか?」



鳳「忍足さん!俺も出来ましたっ」



『忍足さん、ここの現代語訳って、これで合ってますか…?』



忍「どれ…………ん、全員正解や。飲み込み早いなぁ」




謙遜していた割に忍足の教え方は上手く、3人揃って苦手な古典を教わっていた。


忍足も得意科目という程でもなかったが、期待されると気合が入ってしまうのは事実だ。
素直に学んでいく様を見るのは気持ちが良いし、何より教え甲斐がある。




鳳「忍足さん、何でも得意なんですね。尊敬します」



裕「ほんとだな。俺も氷帝にいたらいつも教えて貰えるのに」



『はいっ本当の先生みたいです』



忍「ちょ、自分ら褒めすぎや……」




「何も出えへんで」と呆れるが、尻尾をブンブン揺らすように見つめてくる3人には聞こえていないようで。




忍「(懐っこいペアやなぁ………)」




青春しているところを邪魔してしまったような、複雑な気持ちになるのは何故だろう。

「…若いってええなぁ」とおじさんのような台詞を溢していれば、途端にりんが『寿葉ちゃん?』と呟いた。



忍足もその方向に視線を向けると、本棚の陰から覗いていた少女がビクッと震えた。




寿「べ、別に最初から覗いてた訳じゃねぇべ!正確には20分くらい前からで……!」



鳳&裕「「(覗いてたのか……)」」



『?良かったら、寿葉ちゃんも一緒に勉強しない?』




ゴニョゴニョと口籠る寿葉を不信に思わず、りんは『おいでおいで』と言うように手招きする。


寿葉は「ぐ…っ」と喉を鳴らし、チラッと忍足に目を向けると…彼はいつもと変わらず冷静な様子だった。




『忍足さんね、先生みたいにわかりやすく教えてくれるんだよっ』



忍「ほんま、りんちゃんは買い被りすぎやで……北園さん、教えるの下手でもガッカリせんといてな」




申し訳なさそうに眉を下げる忍足と、「「『そんなことないですよっ』」」と声を揃えて反論する3人。


中々返事がないので、『寿葉ちゃん…?』とりんが心配そうに立ち尽くす彼女を見つめた。




寿「………オイラは、いい、です。これから用もあるし」



『あっそうなんだ…』




『じゃあまた今度…』とりんが誘う前に、ビュン!と音が鳴る勢いで図書室を出て行ってしまった。




『(……寿葉ちゃん?)』




皆は暫くして再び教科書と向き合い始めたが、りんだけは彼女が立ち去った方向を見続けていた。
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