beloved

□侵入者
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朝ー…チュンチュンと可愛らしく鳴く雀の声に被せるように、「ふあ〜」と眠そうな欠伸が響く。



いつもは目覚まし時計を3つはかけないと起きないリョーマ。
だが、ここ(合宿所)に来てからというもの…ルームメイトが煩くて自動的に目が覚めてしまうのだ。




リョ「…ねむ……」




瞼を擦り、堪えきれずもう一度欠伸をした時、水道のところに見慣れた後ろ姿があった。




リョ「りん、」



『わ!お兄ちゃん…!』




タオルで顔を拭いていたりんは、兄の声に驚いて振り返る。


丸い目を更に丸くさせた後、『おはよう』といつものようにふんわり笑った。




『お兄ちゃん、ちゃんと起きれたんだね。しかもこんな早く…』



リョ「……遠山が煩くて起きた。いつも起きるの早すぎ」




今朝、「コシマエー!あっさやで〜!」と豪快に身体を揺さぶられたことを思い出す。

りんにもあんなに強引に起こされたことはないので、毎朝リョーマを悩ませる原因になっていた。



「何か持ってる?」と前髪を上げるリョーマに、『はい』と自分のヘアゴムを貸すりん。




『金ちゃんは本当に元気だね(前髪上げたお兄ちゃん可愛い…!)』



リョ「元気すぎ」



『でも寝坊助なお兄ちゃんと同じ部屋で安心だな』




前髪を結わいた兄の姿に胸キュンしながらも、きちんと会話をする。

そんな(ブラコン全開な)りんを、タオルで顔を拭きながらリョーマはムスッとして見つめた。




リョ「…最近はちゃんと起きれるよ」



『ほんと?夜にゲームして夜更かししてない?』



リョ「してない」




お母さんみたいに何度も忠告する妹に、リョーマはハァと溜め息が出そうになった。


でも、全部自分を心配して言ってくれているとわかっている。


『今日のお弁当はね、』と楽しそうにメニューを話し出したりんの頭に、リョーマはそっと手を置いた。




リョ「(……何か尻尾が見える)」




一瞬きょとんとしていたりんだが、頭を撫でられたことが嬉しくてパタパタと尻尾を振る。

まるで犬のようだとリョーマの口元も緩んでいた。




「何や白石、早いな〜」と聞き覚えのある声が響いて、ピタッと無意識に動きを止めた。




白「姉ちゃんから電話掛かってきてなぁ…起きてもうた」



謙「文月さんから?何て??」



白「実家帰ってきて俺がいないから怒っとった」



謙「ははっ寂しいんとちゃう?」



白「そない可愛ければええんやけどな。どーせ、買い物の荷物持ちさせられるだけやわ…」




ハァ〜と長い溜め息を吐く白石に、「弟も大変やなぁ」と苦笑いする謙也。


2人の足音がこちらに近付いて来た時、りんはぱっとリョーマの後ろに隠れた。




リョ「りん?白石さんだけど…」



『……い………いいっ』




ふるふると頑なに首を横に振るうだけのりんは、小さな子供みたいだ。


リョーマは何か聞きたかったが、ぎゅ、と後ろから服を掴まれ言葉を飲み込んだ。




謙「おー越前やないか」



白「おはようさん越前くん」



リョ「はよ…ございます」




ピンクのヘアゴムで前髪を上げたリョーマを見て、白石と謙也は「かわええ」と同時に笑う。


普段ならムッとするところだが、背中に隠れたりんに気付いていないことにホッとした。
リョーマの身長が伸びたお陰?でりんはすっぽりと隠れ見えないらしい。



…のも束の間、「…はっ!」と白石が反応したことにビクッと身体を浮かす。




白「………りんちゃんの気配や」




真剣な顔をして、唐突に言い放った白石。


歯ブラシを口にくわえたまま、謙也は頬を引きつらせた。




謙「…白石、お前……」



白「俺のりんちゃんレーダーが反応しとる」



リョ「(……りんちゃんレーダー)」




リョーマも、キョロキョロと首を動かし始めた白石を呆然と見つめる。


変態めいた発言をしたにも関わらず、その背中に隠れたりんは何故か顔を赤くしていた。




白「何や、越前くんの方から…」



リョ「『!!』」




りんの気持ちが伝染してしまったように、ギクッと心臓が動く。

ギラギラとした目で見つめてくる白石から、リョーマは一歩、また一歩と距離をとった。



ぎゅうっと服の裾を握る力を感じた瞬間、「行くよ」と小声で合図した。




謙「ええっりんちゃん居たん!?」




だっとりんの細い腕を掴んで駆け出す。



「りんちゃん…!」と焦ったように呼ぶ声をりんは気にしているようだったが、リョーマはぐんぐん進んで行った。




…りんの気持ちを優先しているからだ。決して自分の意思ではない。



何故か自分に言い聞かせていると、繋いでいた手が軽くなった。
反射的に後ろを振り返れば、苦しそうに息をするりんの姿。




リョ「悪い…速かった」



『う、ううんっこっちこそ、迷惑かけてごめんね…』




『お兄ちゃん、足速くなったね』とわざとらしく笑う姿を見て、何故か胸がチクリと痛んだ。

リョーマがその額に軽くデコピンをすると、『ぁう!』とりんはすぐに涙目になる。




『痛いー……』



リョ「お弁当、桃先輩がいる時に渡さないでね。俺のも作ってくれって絶対言われるから」




「朝大変だろ」

そう呟いただけで、リョーマはスタスタと歩いて行ってしまった。



りんは額を抑えながら、いつの間にか頭の上に置かれたヘアゴムに気付く。




『(聞かないの……?)』




何があったのか。




ぶっきらぼうだけど、いつだって兄は………優しいんだ。






『っお兄ちゃん、ありがとう』




リョーマは嬉しそうに笑うりんを一度だけ見て、再び背中を向けた。




























竜「今日はここまで。何か質問があれば休み時間に聞きに来るように」




授業が終わると、皆はガタガタと席を立つ。

"購買のパン争奪戦"に参加する者達にとって、教室からのスタートダッシュは命取りなわけで……




桃「おい海堂!俺の前にいるんじゃねぇよ!!」



海「ああ"!?てめぇがもたもた走ってるからだろ!」



桃「何だとぉ!?」




ドタドタと豪快な足音と共に、聞き慣れた声が廊下から響いてくる。

「焼きそばパンー!」と叫びながら走る生徒達に、「静かにせんか!」とスミレはドアを開けて注意した。



勿論、購買だけでなく栄養を考えた学食もあるのだが…出来るだけ安く済ませたい生徒達には、パンが人気なのだ。




『(…すごい、)』




教室のドアをポカーンと口を開けて、見つめるりん。




『(お兄ちゃんはああ言ってたけど…)』




やっぱりお弁当作ってあげたいなぁと、チラッと隣の席で就寝中のリョーマを見て思う。



ふと、自分が日直だったことを思い出して黒板を消しに行った。
プロジェクターを使わないところは、オサムと同じみたいだ。


上の方に書かれた字を消そうとしても届かず、目一杯背伸びをした。




『(あと、少し…っ)』




プルプルと足が震えるくらい伸ばしていれば、ふと黒板消しの重さがなくなった。


代わりに消してくれる手を見て『ありが…』と振り返れば、ピシッと身体が固まる。




財「チビって大変やな」



『…!!』




言い捨てながらも飄々と消してくれる。

そんな財前にお礼を言おうとしたが、昨日の出来事がフラッシュバックしたかのように思い出された。




『………っ///』




カーと顔が赤くなっていき、行き場をなくした視線は下を向く。




財「…………?」




一言も話さないりんを不思議に思った時、「ざーいぜん」と呼ぶ声がした。


教室の前でひらひらと手を振る謙也に、財前はあからさまに嫌な顔をする。




財「…………………………何スか」



謙「え、何その間。めっちゃめんどいけどしゃーないから返事したみたいな…」



財「すご、」



謙「当たっとる、みたいな顔すんなぁ!!」




うわーと泣き真似(※本当に泣いてます)をする先輩を心底面倒くさいと言う顔で見つめる。

そんな謙也をいつも真っ先に心配するりんだが、今日は動こうとしなかった。




財「?おい「あ、りんちゃん昨日は応援おおきになー」



『ふぇ!い、いえ…っ』




ケロッといつも通りに戻った謙也に話し掛けられ、心ここにあらず、だったりんは大きく飛び退く。


"昨日"のことが頭に浮かび、ボッと顔が真っ赤に染まった。




謙「だ、大丈夫か!? 真っ赤やで?」



『だだ大丈夫です…!暑くて!///』



財「(……………ああ、)」




りんのわかりやすい反応に、財前は漸く思い出した。




謙「それならいいんやけど…ってそや!財前、今日は昼飯食べながらミーティングやって言うてたやろ?」



財「そうでしたっけ?」



謙「ったく…皆待っとるで」




すっとぼける後輩に謙也は溜め息を吐き、その支度を待つ。


ダルそうに歩く姿に「早よせい!」と活を入れた後、後ろを振り向いた。




謙「ほななりんちゃん」



『あ、はいっまた』




ペコリと礼儀正しくお辞儀をし、2つの背中を見送った。



…筈だったが、途中くるっと振り返った財前にべっと舌を出された。




『!!?』




顔を背ける直前、その口元が笑って見えたから。
りんは少なからず彼が楽しんでいる…ということを知ったのだった。
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