beloved

□居場所
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『お兄ちゃん、は、離さないでね…!』



リョ「離さないよ」



『ほんと?絶対、絶対だよっ』



リョ「…離さないってば」




真っ暗闇の森の中を、お兄ちゃんと一緒に歩いていく。


足元も見えない状況でお兄ちゃんの腕にしがみつくしかない。
そんな私に溜め息を吐きながら、お兄ちゃんは前だけを向いて出口を探していた。




バサバサと飛んできた鷲に『ひう…!』と驚いた時、お兄ちゃんが前に立ってくれる。


その鷲が着地すると、私達が乗っていたはしごがミシミシと音を立てた。




『わ…!?(落ちる!)』



リョ「っりん…!!」




お兄ちゃんは私の腕を強い力で掴むと、自分のいた位置と交換させた。


私の足は地面についたけれど、お兄ちゃんは……




『お、お兄ちゃん!!』




はしごはもうなくて、粉々に崩れて崖の下に落ちていた。



そこには、片手で木の枝にしがみつくお兄ちゃんの姿しかなくて。




『お兄ちゃん!掴まって…!』




慌ててお兄ちゃんの腕を掴んで引き上げようとするけれど、上手くいかない。


力を込めた反動で私の身体も落ちそうになった瞬間、別の腕が私を後ろに引っ張った。




白「何やっとんのやりんちゃん!」



『!白石さん、お兄ちゃんが…!』




1人じゃ無理だけど、白石さんと力を合わせれば…!


そう思って下を見るけど、お兄ちゃんはふ、と口元を緩めた。






ドクンと、大きく鼓動が跳ねる。









リョ「じゃあね、りん」





お、にいちゃん?







『…やだ』




やだ、





ぱっと掴んでいた手を自ら離して、下に落ちていくお兄ちゃん。



小さくなっていく姿が、まるでスローモーションのようにゆっくり瞳に映る。




『やだ、やだ……』




お兄ちゃん、お兄ちゃん






お兄ちゃん















『…お兄ちゃん!』




そう叫んだ声にハッと目が覚めた。




慌てて辺りを見渡して、自分が汗でびっしょりだったことに気付く。




『(……ゆ、夢?)』




まるで現実の不安が一気に再現されたような夢だった。


未だにドックドックと鳴る鼓動を落ち着かせるように、そっと胸に手を当てる。
少し落ち着いてきたら、辺りを見渡して首を傾げた。




『(…ここ、どこ…?)』




何故かベッドの下にいる自分。


確か、白石さんの部屋で話してる時に音が鳴って、外に出たらお兄ちゃんに会って……それからどうしたんだっけ?



昨夜の記憶をぐるぐると辿っていると、ガチャッと部屋のドアが開いた。




杏「あ、起きた?りんちゃん」



『杏ちゃん!』




顔を覗かせた杏ちゃんに、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。


あまりにもぽけっとする私に杏ちゃんは小さく笑って、近付いてきた。




杏「昨日、りんちゃんの学校の水城先生(要)と一緒にここに来たのよ。覚えてない?」




先生と…?ともう一度記憶を辿ってみる。



お兄ちゃんが去っていた方をぼうっと見つめていたら、要先生が声を掛けてくれたんだっけ。

それで、そのまま部屋に案内された…ような……




杏「でも良かった、あの音で私も起きてたから。りんちゃんは私と同室よ」




はっきりと思い出せないことが不思議だったけど、杏ちゃんの言葉に嬉しくなった。




『杏ちゃんも合宿に参加してたんだねっ』



杏「うん。兄さんに不動峰のマネージャーを頼まれたの。合宿には、どの学校もマネージャーが必須らしくて…」



『そうなの?』




そういえば、他の学校はマネージャーっているのかな。

合同練習の時も見たことがなかったから、うーんと気になってしまう。




杏「それより…大丈夫?りんちゃん顔色悪いわ」



『ふぇ、』




丁度立て掛けてあった鏡に、自分の姿が映っていて。

遠くからでも目の下に薄くクマが出来ているのがわかって、どことなく疲れた顔をしていた。




『…大丈夫だよっ早く顔洗っちゃうね』




無理に笑顔を作ってみせると、「そう…」と腑に落ちない様子で呟いた杏ちゃん。


鞄からタオルと着替えを取り出して、部屋を後にした。





















皆まだ寝てるかもしれないと思って、そろりそろりと廊下を歩いていく。



杏ちゃんから、女子も男子も水道は共同だって聞いた。




角を曲がった時に誰かの話し声がして、自然と耳を澄ませていた。






「いたたた…練習キツすぎて、筋肉痛全然治んないよ」



「いつも女の尻追っ掛けてっから体力持たねぇんだろ」



「ちょ、そんなこと言わないで!」




壁の脇から覗いてみると、千石さんと亜久津さんが顔を洗っているところだった。




千石「だってさ〜この男臭い中で、女の子に癒されたいって思うのは普通だよ?」



亜「勝手に癒されてろ」



千石「俺的には、氷帝の子も可愛いと思うけど、橘の妹さんも捨てがたいなぁ」



亜「………」




「いやー選べない」とうんうん頷く千石さんを無視して、タオルで顔を拭いている亜久津さん。



声を掛けるタイミングを見失っていれば、トントンと誰かに肩を叩かれた。




忍「やっぱり、りんちゃんやった」



『!忍足さん…っ』




そこには、同じようにタオルを持った忍足さんの姿。


私の声に2人共気付いてしまったみたいで、「忍足くんおはよー」と千石さんがヒラヒラと手を振る。




忍「先に使いや」



『へ!でも、』



千石「?誰かいるの?………ってりんちゃん!?」




水道の縁に寄り掛かっていた千石さんは、私に気付くと後ろにひっくり返りそうになった。




千石「ど、どうしてりんちゃんがいるの!?夢??」



『えと、昨日の夜に着いて…』



忍「合宿に参加してくれるんか?」



『はい!その為に来ました』




厳しい練習の中、少しでも皆のサポートが出来ればいい。



微笑んだ私を見て、千石さんは何故かぐっと胸を掴んだ。
「現実だ…」って呟いた声に答えるように、もう一度笑ってみせる。




『(…よし、頑張らなきゃっ)』




パシャパシャと冷たい水で顔を洗って、朝見た夢を吹き飛ばすように活を入れた。




千石「……亜久津、俺」



亜「あ゛?」



千石「りんちゃん一択で」




これからの自分の仕事を想像していた私は、千石さんの言葉も、「…そーかよ」と答えた亜久津さんの声にも気付くことはなかった。
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