beloved

□迷路
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新年が明け、いくつか日が経った頃…


それは、突然訪れた。




『……っ』




朝、いつものようにリョーマを起こしに部屋に入った時、りんは異変を感じた。




"お兄ちゃん朝だよ"と言う言葉が出てこないのだ。






『……っっ………??』




何回も何回も口を開いてみるが、喉の痛みしか感じず。無理矢理喋ろうとすればケホッと咳が出てくる始末で。




声が、出なくなってしまった。




『(ど、どうしよう…)』




自分の身に起こったことを理解したりんは、サーと顔を青くした。




















家から数分の場所にあるスーパー。


お正月におせち料理を買いに来た時は晴れやかだったのに、すっかり人も引けていた。




リョ「(何で俺がこんなこと……)」




事の始まりは、南次郎が家を走り回る音で目が覚めた時から。


父親だけでは心配だと、菜々子と共にりんを病院に連れて行ったのだが…




『"おにいちゃん、ニンジンはこっちの方がいいよ"』




野菜売り場でニンジンを手に取って眺めていたリョーマに、りんがたたた…と駆け寄って来る。



その手に持っているのは、描いて消せるお絵かきボード。


最初はメモ帳に筆談していたもの、思ったより大変だということに気付いて、玩具箱から引っ張り出してきたのだ。




『"はくさいはとなりのスーパーの方が安かったからそっちでかおう"』




せっせと文字を書き、それをばっと見せるりん。
漢字を書くと時間が掛かるからか、所々平仮名である。


その主婦っぷりにツッコみたい気もするが、一番気にかかることを聞いた。




リョ「大丈夫なの?そんなことしてて」




りんは一瞬目を丸くした後、コクリと顔を縦に振った。




『"のどは少しいたいけど、おいしゃさんも大丈夫だって"』




本人はそう言っていても、りんは心配をかけないように我慢してしまう性格だ。


それを誰よりも知っているリョーマは、眉を寄せたまま「…そう」と呟いた。







食材が揃い、2人は店を出た。


買い物袋を持っていたりんの右手が、ふと軽くなった。




『!』




ちらりと見ただけで、リョーマは袋を持ったまま歩き出してしまう。


何とか呼び止めようと服の裾を必死で引っ張ると、漸く足が止まった。




リョ「りんよりずっと大きいんだから持てるよ」




背が高くなったことに気付かれない不満か、リョーマの口調は少しだけ強かった。



対するりんは一瞬キョトンとしてから、嬉しそうに口元を緩める。

えへへとはにかむように笑い、『"おにいちゃん"』と書いて見せた。




リョ「何」



『"はんぶんこ"』



リョ「?」




ボードにそう書くと、りんは袋の持ち手を片方だけ持った。


ニコニコと笑う顔を見たら何も言えなくなり、リョーマはそのまま歩き出した………その時。




「あーおチビーズ発見だにゃ〜!!」




その聞き慣れた声に2人同時に振り向けば、「あっけおめー!」とぶんぶん手を振る菊丸の姿。


その後に続いて、青学のメンバーが次々に顔を見せる。




不「やぁ、越前、りんちゃん」



乾「2人がそこのスーパーで買い物をしていた確立99,5%…」



桃「何だよ家に行くまでなかったじゃねーか」



リョ「揃って何してんスか…?」




リョーマの態度に、「まずはあけましておめでとうございますだろーが!」と桃城と海堂はその頭をくしゃくしゃにした。



近くまで来た先輩達にりんも慌てて言葉を綴っていると、「りんちゃん達は買い物?」と先に尋ねられてしまう。


手を止め、コクコクと頷いた。




大「皆で初詣に行く予定でな、越前やりんちゃんも誘いに行こうとしてたんだ」



河「途中で2人に会えて良かったよ」




コクコクと相槌をうつだけのりんを、大石と河村はだんだん不思議に思い始めた。




河「初詣嫌だった?」



『っ!』



菊「もしかしてー俺達のこと忘れちゃったとか!」




今度は首をぶんぶん横に振るうが、その行為は皆を更に不安にさせただけだった。


リョーマは桃城や海堂に捕まっていて、こっちに気付いてくれる素振りはない。




「「「「「(は、反抗期……!!??)」」」」」




ズバーンと効果音が鳴りそうなほど、ショックで固まる皆。




リョ「(…何なのこの人達)」




砂のように散っていく先輩達を見て、リョーマは首を捻ったのだった。



















リョ「……で、何なんスか?この状況」




家に着くなり、こう言わずにはいられなかった。




そこには、今年の冬に買ったばかりの炬燵を青学メンバーが囲み、勝手にミカンを食べている図があったのだから。


一番怖いのは、あまり違和感を感じないことだ。




「おチビも入ろうにゃー!」と炬燵から手を出し、おいでおいでと手招きする菊丸さえも日常風景のよう。




桃「りん〜ミカンなくなったぞ」



海「はっミカンくらい綺麗に剥けねぇのか」



桃「ぁあ!?んだと?」



大「喧嘩は止めないか2人共!人の家だぞ」



リョ「ほんとにそうっスよ。迷惑すぎ」



桃&海「「何だと!?」」




桃城と海堂のやり取りを聞いていた大石は、いつものごとく慌てて止めに入る。


リョーマがハァと溜め息と共に本音を溢せば、今度は2人の標的にされてしまった。



すると、その間にばっと何かが割り込んだ。




『"おにいちゃんいじめちゃダメです!"』




…と書いてあるお絵描きボードを見せ、珍しく怒った様子のりん。


叱られた桃城と海堂は「…悪い」と一瞬の内に大人しくなり、立ち上がろうとしていた足を炬燵の中に入れた。



りんはすぐに柔らかな笑顔に戻って、全員の湯飲みにお茶を注ぎ始めた。




リョ「りん、大丈夫?そんなことしてて」




コクンと頷くりん。




大「本当に大丈夫かい?」



河「無理しないでね」




今や普通に会話している先輩達だが、立ち直るまで長い説明時間を費やしていた。



なんやかんやでリョーマも炬燵に入り、桃城のミカンを剥いてやっているりんをぼうっと眺める。


「見て大石!茶柱立ってるよ!」と喜ぶ菊丸の声で、ハッと我に返った。




リョ「(思わずくつろいでた…)で、いつまでいる気スか?」



菊「にゃにーおチビ本当は嬉しいくせに!」



リョ「何言って「越前は素直じゃないから」!?」




ずず…とお茶を啜っていた不二にまで言われ、リョーマはムスッとする。


相変わらず先輩達に可愛がられている兄をりんは微笑ましく見ていると、「ただいまー」と母の声が響いた。




倫「玄関に靴がいっぱいあるけど……あら」



『"おかえりなさい"』




茶道教室に行く時は決まって着ている、無地の着物を身に纏った母は、和室を見て目を見開いた。

が、その瞳はすぐにギラギラと色を変える。




大「あ、お邪魔してます…!大勢で押し掛けてしまって申し訳ありません」



倫「いいのよいいのよ、ゆっくりしていってね」




一番先に立ち上がった大石は、礼儀正しくお辞儀をした。




リョ「親父は?」



倫「お父さんなら大丈夫よーこっちに来たがってたけど、お寺の方任せてきたから」




ぞろぞろとやって来た青学メンバーを見ては、お寺にいた南次郎は転げ落ちそうになっていたのだ。




倫「桃城くんは何回か家に来てくれたことあるけど、あとは初めてかしら?」



桃「ども〜」



海「……(ペコッ)」



不「初めまして、不二周助です。りんちゃんはお母さん似なんですね」




ニッコリとした笑みで語りかける不二に、美形好きの母はほんのりと頬を染めた。


それを見逃さなかったりんは、母が余計なことを言わないかとハラハラし出す。




倫「そうかしら?この子お祖母ちゃん似なのよ」



不「そうなんですか。目が大きくて可愛らしいのでてっきり、」



倫「あら〜そんなこと言われたの何年ぶりかしら!」




キャッキャッとまるで少女のようにはしゃぐ倫子。
一瞬の内にその場に溶け込んでいた。




倫「そうだわ!いつも2人がお世話になってるし、良かったら夕食も食べてって」



大「いえ、そこまでお世話になるわけには…っ」



倫「丁度お鍋にする予定だったのよね?りん。(イケメンがいっぱいで楽しいわぁ)」




"よかったら"と書いたボードを見せ母に賛同するりんに対し、リョーマは諦めの溜め息を吐いた。




結局、皆は夕食を食べていくことに決定したのだった。
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