beloved

□迷路
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青春学園の図書室は広くて、本の品揃えも豊富だ。


休み時間や放課後を利用して、生徒達は本を読みに訪れる。



図書委員の仕事は生徒に本を貸し出したり、返却口に戻された本を本棚に戻すこと。


委員を務めているリョーマも、仕事に勤しんでいるように見えた……が、




リョ「………」




カウンターの中で、頬杖をつきながら本のページを捲っていた。



冬休みに入ると図書室を利用する生徒の数は減り、そこには数人の姿しかなかった。


リョーマは不本意ではあるが、部活の帰りに数時間いるだけでいいからと仕事を任されたのだ。

先生達も、わざわざ出勤したくないのだろう。



欠伸しそうになるのを必死に堪えているが、読んでいる本は"不思議な魔法瓶"とファンタジー全開だった。




リョ「(……つまんない)」




ペラリと、何度目かのページを捲る。



ある日、小さな村に住む1人の少女が、魔法使いから小瓶を受け取る。それは振り掛けるとなりたい姿に変身出来る粉だった。
少女はお姫様に変身し、憧れの王子様に会いに行く……という話。




本の返却作業をしていた時、この本を妹のりんが読んでいたことを思い出した。

いつも真剣に目を通しているから、どんな内容なのか気になったのだ。




リョ「(何処が面白いんだろ)」




お姫様や王子様等、リョーマにとっては夢物語にすぎず、全く共感出来ない。

幼い頃からこういった本を読んでいたりんが心底不思議だ。




重たくなる瞼を感じながらお姫様と王子様が抱き合う絵を見つめていると、本の上にすっと暗い影が掛かった。


顔を上げた矢先、リョーマの目は微かに見開かれた。




梓「久し振り、越前くん」



リョ「……ども」




ニッコリとした笑顔で立っていたのは、3年の梓。



以前、この先輩に告白され、本当に短い間だが付き合っていた。


だけど…リョーマはりんより大事な存在が出来なくて、結局彼女の方から身を引いたのだ。




複雑な表情を浮かべるリョーマが面白いのか、梓はははっと笑った。




梓「もうとっくに諦めてるから大丈夫よ。ただ勉強しに来ただけー」




「ほら」と高校受験の教材を振って見せる。


リョーマが言いたいことを悟ったのか、梓はムッと眉間に皺を寄せた。




梓「私、以外と頭良いのよ?学年3位だし。嘘だと思うなら桃城くんにでも聞いてみなさい」



リョ「何にも言ってないっスけど」



梓「嘘、絶対馬鹿にしてたでしょー」



リョ「図書室にいること自体びっくりしました」



梓「やっぱり」




きゃははと可笑しそうに笑う声を聞きながら、リョーマは読み掛けの本を閉じようとする。

が、「越前くんってどんな本読むの?」と梓の視線はそこに注がれていた。




リョ「…普通」



梓「へー意外、ファンタジーとか読むんだぁ」



リョ「っ!」




片手で隠したつもりだったのに指摘されてしまい、リョーマの瞳は僅かに揺らいだ。




梓「(どーせ妹さんの趣味なんでしょ…)」




少し前までは本気でリョーマが好きで、柄にもなく目で追っていたのだ。
本の趣味も、好きな食べ物も既に把握済みである。



本とそれを読む人があまりにも不似合いで、からかってしまいそうになる口を梓は必死に抑える。


悟られないように近くの席に腰を落とすと、リョーマは何事もなかったように本の束を抱えた。



本棚を周り、1つ1つ元の場所に返していく。
暫くその作業に没頭しているリョーマの横で、梓が本を探し始めた。




リョ「…勉強しないんスか?」



梓「ちょっと休憩」




パラパラと捲っては戻していた本が、「越前くん背伸びた!?」と驚く声と共に床に落ちる。



驚くのも無理はない。160pの自分と目線が同じだったのだから。




リョ「成長期だからじゃない?」



梓「それにしても伸びすぎ!顔付きも大人っぽくなってるし…」




「ちっちゃくて可愛かったのに〜!」と梓が嘆くと、リョーマの顔に暗い影が掛かった。



確かに、家族やテニス部の皆はいつも顔を合わせているからか、未だその事実に気付く者はいないけれど。




梓「妹さんとは相変わらず?」




クリスマスイヴにプロ顔負けのケーキを作ったことには驚いたが、それ以外はいつも通り?だと思う。


それを聞いた梓から何やってるの?と言わんばかりの視線を受け、リョーマは「はぁ…」と気のない返事をした。




梓「もしかして、まだ気付いてないの?」



リョ「…何をっスか?」



梓「越前くんは、妹さんのこと……」




梓が何か言い掛けた時、携帯から着信を知らせる音楽が鳴った。

それを見た瞬間、「げっ」と渋い顔をする。




梓「親から買い物頼まれちゃった!卵半額とか知らないし〜」




ブツブツ文句を言いながらも、教材を仕舞って帰り仕度をし始める。


去り際に「越前くんまたね!」と小さな子供にするように頭を撫でてから行ってしまった。




リョ「(……にゃろう)」




その行為は、リョーマがあと10pは身長を伸ばすと、闘志を燃やすきっかけとなるのだった。
























『お兄ちゃん、お帰りなさい!』




パタパタと小走りで走り、玄関で迎えたりん。



リョーマは「ただいま」と短く言い捨て、真っ白なマフラーをほどきながら居間に入った。


その後を追うようにして、りんは嬉しそうに語る。




『今日は卵が半額だったから、いっぱい作っちゃった』



リョ「…ふーん」




何処かで聞いたことあるような話だと思いながら、リョーマは次々に運ばれる料理を眺めていた。



すると、ソファーに座って2人のやり取りを聞いていた菜々子がくすりと微笑んだ。




菜「なんだか新婚さんみたいね」



『ふぇ!?』




頬を染めて何故か嬉しそうなりんを、リョーマは(卵入り)お味噌汁を啜りながらじっと見つめる。




リョ「りん、声変じゃない?」




いつもは高めで優しい声音なのに、何処か掠れて聞こえた。


りんは首を傾げた後、『あー』と試しに発声してみる。

「確かに掠れてるわ」と菜々子も心配そうに同意した。




『うん、最近ちょっと喉痛くて…多分そのせいかな?』



菜「そうだったの?洗い物は私がやるから、りんちゃんは休んでていいわ」



『で、でもっ』




リョーマにも「早く寝たら」と言われてしまい、りんは素直に従って自室に戻ることにした。


彼なりの気遣いだとちゃんとわかっているから、自然と頬が緩んでしまう。




『(赤也先輩達からのお誘い、断らなくちゃ…)』




実は、大晦日にカラオケに誘われていたのだ。
新年のカウントダウンを歌いながらするらしく、りんも楽しみにしていたが…



喉の悪化を考えてそうすることに決めたりんを、この後大変な事態が待ち受けているのだった。
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