beloved

□travel!! 後編
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〈お土産買った。堀尾がうるさい。〉




りんは何度も何度も、その短文すぎるメールを見直していた。

温泉に浸かった足首を揺らしながら、ぽちぽちと携帯のボタンを打っていく。




『("四天宝寺の皆と旅行に来てるよ")』




温泉もすごく広くて…と次の文章を打っていた動きを、ふと止める。


掴まれた手首、絡められた指の感触が、まだ残っているような気がした。




―りん……




あんなに低く掠れた声を、今まで聞いたことがなかった。
あの時の白石を思い出しただけで、頬が熱くなってしまう。




『(うぅ……)』




結局、昨晩一睡も出来なかったりんは、旅館の中にある足湯に来ていた。


早朝というだけあって、他に人の姿は見当たらない。


遠くの方にある山がはっきりと見えるので、今日は晴れるのだろう。
その景色に『わー』と1人感動するりんだったが、




―りん……



『はわ!?///』




再び耳を掠める声に、びくんと身体が跳ねた。


りんはこれ以上思い出さないようにと、ブンブン音が鳴るくらい頭を左右に振るのだった。


















白「…アカン、まったく覚えてへん……」




りんが起きてから暫くして、頭を抱え込む人物がいた。



集まっているのは白石、紅葉、謙也…幼馴染みの3人である。


土産屋の前の椅子に座り、考える人のポーズを取る白石は、ここに来た時から体勢が変わっていなかった。


また同じことを言われる前に、試食の饅頭を持ってきた紅葉が口を開ける。




紅「そんなんいくら言うてもしゃーないやろ?もう終わったことなんやから」



謙「昨日のことやしなー……アカン、俺も記憶ない」




「少しは覚えとけや!」と紅葉にげんこつをされる謙也だが、白石はそれを気にする余裕がなかった。


ただ、思うことは。




白「何をしたんや俺は……」




今朝起きた時、突然頭痛に襲われたのと同時に、妙にはだけた浴衣が気になった。

しかも布団にはりんの髪の毛が落ちていて(いつも触っている訳じゃない)りんの香りもした。(いつも嗅いでいる訳じゃない)



白石が混乱していると、「蔵ノ介ぇえ!」と鬼の形相をした紅葉が部屋に入ってきたのだ。




紅「昨日りんちゃんに何したんや!」



白「 はぁ?何って、」



紅「りんちゃんが蔵運んでから中々帰ってこんから、心配して様子見に行ったら……
泣きながら飛び出して来たんやで!?」



白「泣き…ながら…」




その事実を知り、全身の血がサーと冷えていくのを感じた。



考えられることは1つであるが、その事実を認めたくない自分がいる。


りんに嫌われたかもしれない、という恐ろしい不安が生まれてしまうから。




謙「りんちゃんに直接聞けばええんやないか?」



白「…近寄んな言われたらどないしよ」



謙「そんなこと言わへんやろ…」




今にも死にそうな親友は、周囲からヘタレと呼ばれている謙也から見ても、酷い落ち込みようだった。


彼の飼い猫が3日間帰って来なかった時以来…否、それ以上である。




紅「今日帰るんやから、それまでに仲直りしや」



白「…………」




力なく頷いた白石に、紅葉と謙也は揃って肩を落とした。




















金「りん〜おはよーさん!!」




朝食はりんと紅葉の部屋に集まって食べることとなった。


一番乗りにやって来たのは金太郎。
私服に着替え、荷物の整理をしていたりんは顔を上げて微笑んだ。




『おはよう、金ちゃん』



金「ワイなぁ、昨日皆と枕投げする夢見たんやで!そん中にごっつ重い枕が1つだけあってな、」



『ふふっそうなの?』




金太郎がする夢の話を、りんは楽し気に聞く。

『金ちゃんは荷物まとめたの?』と尋ねると、「白石がやってくれたでー」と金太郎はすぐに答えた。


その名前を聞いただけで、ビクリと反応してしまう。



だが時というのは、心の準備が整うまで待ってくれないもので……




白「こら金太郎、ちゃんと服着や?」



『!』



金「ちゃんと着とるで!」




白石は部屋に上がると、やれやれと金太郎の前にしゃがむ。
段違いになっていたシャツのボタンを1つ1つ直し始めた。




『(親子みたい…)』




青学の母は大石たが、四天宝寺の母は白石なのだろう。

正面でその光景を眺めていたりんは、無意識に白石の手に視線を移動させていた。



自分の体温よりずっと熱かったあの大きな拳が、頬を包んでー…

ぼっと顔が赤く染まり、慌てて首を振るう。


そんな不審な行動をしたせいで白石と目が合ってしまい、心臓が止まりかけた。




『っおはよう、ございます』



白「おはよう、晴れて良かったなぁ」



『そ、そうですね…!本当にいい天気で!』




精一杯自然に振る舞うりんだが、端から見れば不自然極まりない。



白石の顔が見れなくて視線の置き場に困ってしまい、俯くしかなかった。

すぅ…と彼が息を吸っただけで、身体が強張るのがわかる。




白「昨日…」




ドクンドクンと、鼓動がこれ見よがしに鳴り響く。



何だか、付き合う前に戻ってしまったみたいだ。


白石が与えてくれる愛情にも漸く慣れてきたつもりだった。
それなのに…白石と目が合うだけで恥ずかしくなる、あの頃に戻ってしまったみたいで。(今も大して変わらない)




『き、きのう…?』



白「……いや、何でもない」




ふいっと顔を逸らし、白石は金太郎のシャツの最後のボタンを止めた。


りんも何か言わなくちゃと口を開けるが、白石を見たら言葉が出てこない。


「??」と不思議がる金太郎の前で、りんは膝の上に乗せていた拳をぐっと握った。




『…っわ、私、「皆遅いなぁ。迎えに行ってくるな」』




白石が立ち上がった為に、りんの言葉も続かなかった。


2人を交互に見ていた金太郎は、落ち込んだ様子のりんに「りんー?」と問い掛けた。
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