beloved

□travel!! 前編
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青春学園。
リョーマがいつものように部室の扉を開けると、号泣している妹がいた。




『……う、う…っ』



リョ「……………」



菊「りんー大丈夫だって〜」



桃「そんな泣くことねぇだろ?」




部室のど真ん中で、俯くりんを桃城と菊丸が慰めている。



1年生は海堂の指示のもと、既にコートで素振りをしているというのに、温度差がありすぎではないか。



色々なことにツッコむタイミングが遅れてしまい、ただ立ち尽くすリョーマに彼等は漸く気付いた。




菊「あ、おチビ〜!」



桃「お、やっと来た!りん、越前来たぞ!」




その声に、ぴたっと動きを止めるりん。

ゆっくり顔を上げてリョーマの姿を瞳に映すと、それをうるっと潤ませた。




『お、お兄ちゃん、ひ、酷…い…っ』



リョ「…は?」



菊「わーりんっ」



桃「よーしよしよしっ」




意気なり酷いと言われても、訳がわからないリョーマは首を捻るばかりだ。


ただ、ム○ゴロウさんのようにあやす菊丸と桃城が気に入らなかったので、リョーマは先輩2人を払い除けるようにしてりんの隣に座った。




リョ「…何があったの」



『……お兄、ちゃん、教えてくれ…なかった』



リョ「何を?」



『しゅ、修学旅行、』




それを聞いたリョーマは一瞬目を丸くさせ、そんなものがあったな、と思い出した。




海「今年はスイスに行くんだろ」



リョ「あ…そうっス」




新たな先輩の登場に驚きつつ、ファンタを海堂から受け取る妹を眺める。

そんなリョーマの目の前で、りんは泣きながらもペコリと頭を下げた。




桃「越前、そのこと言ってなかったんだろ?」



菊「さっき、部員が修学旅行のこと話してるの聞いちゃってさ。それでりんが泣き出したんだよね」



リョ「…………」




修学旅行は毎年海外へ行くと決まっていて、今年はスイスへ1週間滞在することになっていた。



来週に迫っていることもあり、普通は楽しみで仕方がないものだが…
リョーマは特に何も感じていなかった。というより、関心がなかった。



なので、りんに言わなかった訳ではなく、ただ自分自身が忘れていただけなのだ。




『お兄ちゃん、1週間もいないんでしょ…?』



リョ「たったの1週間じゃん」



『っ1週間は7日もあるんだよ…!』




リョーマにとっては些細なことでも、りんにとっては大事みたいだ。




菊「じゃあさ、りんも一緒に行くのはどう?」




何がどう?だというのか。突拍子もないことを言い出した菊丸をリョーマは睨み付ける。


だが呆れていたのは自分だけだったようで、『そっか…』とりんも本気で考え出してしまった。




『でも、制服がないです』



桃「竜崎とか小坂田(朋ちゃん)が何とかしてくれそうじゃね?」




桃城まで何を言い出すのだと、リョーマは内心焦り始めた。
しかも、あの2人なら本当に実行しそうで怖い。



リョーマは溜め息を吐きたくなる衝動を抑え、自分より少し低い位置にある頭に手をのせた。




リョ「お土産買ってくるから」



『……うん』



リョ「多分、メールもする」



『……うん!』




メールの嫌いな兄がそう言ってくれたことが嬉しくて、りんの顔はぱっと明るくなった。

我ながら単純だなぁと恥ずかしく思うが、意思とは関係なく頬が緩んでしまう。




菊「…さ、れんしゅーれんしゅー」



桃「そーっスね」




一瞬の内にしてりんを泣き顔から笑顔に変えたリョーマ。


優しい手付きで頭を撫でるリョーマと、されるがままになっているりんを置いて、菊丸と桃城はそそくさと退散した。


















『お兄ちゃん、いってらっしゃいっ』




リョーマの修学旅行、当日の朝。


いつまでも寂しがっていられない。普段通りに振る舞おうとりんは笑顔で見送ることにした。



倫子と南次郎はまだ寝ているので、見送りは菜々子とりんと、リョーマの為に早起きしたカルピンの担当だ。




菜「気を付けてね、リョーマさん」



リョ「うん」




菜々子の腕の中で「ほぁら〜」と鳴くカルピンの頭を撫で、「行ってくるな、カルピン」とリョーマが微笑む。

りんはその光景を眺めながら、カルピンが羨ましいと強く思っていた。



家を出る際に目が合った気がしたが、特に何も言わずに行ってしまったリョーマ。


落ち込んでしまいそうになったりんは、自分を奮い立たせるように首を振った。




『じゃあ私、お洗濯しちゃいますね!』



菜「私も手伝うわ」



『大丈夫です、量もそんなにないですし。菜々子さん朝早かったから、休んでてくださいっ』




菜々子はりんの必死な説得に、「じゃあ…お願いするね」と申し訳なさそうに自室に戻っていった。




1人になったりんは、慣れた手付きで洗濯機を回す。

ガゴンガゴンと回る音が何処か遠くに聞こえた。




『(私…こんなに寂しがりやだったっけ)』




リョーマが1週間いないだけなのに、こんなに気持ちが沈んでしまう。



アメリカに行ってしまった時と比べれば、大したことのない期間だ。




……それなのに。




『(元気出さなくちゃっ)』




自分の頬を軽く叩いて、りんは上を向いた。



ふと、洗濯物の出し忘れを思い出し、かごを持って慌てて2階に上がる。

鞄の中を探っていると、チカチカと点滅する携帯電話に気付いた。




開けば、何件かメールが受信されていて。
雪、ジローと続いてゆく。




『なんだろ…』




もしかしたら遊びの誘いかもしれないと、淡い期待を抱きながら1つ1つ開いてみた。





from:雪ちゃん
sub:無題
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要先生と町で会ったんだけど、先生って私服もかっこいい!
これから勉強教えて貰うんだーいいでしょ!

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from:ジロちゃん
sub:見て見てー!
〈添付ファイル〉
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がっくんと亮ちゃんと食べたぱふぇー
ちょーおいしいC〜!

りんちゃんも今度行こー*

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『(お、美味しそう…!)』




ジローの添付されていた写真には、苺の乗った豪華なパフェと仲良くピースをする3人が写っていた。




『…いいなぁ』




ぽつりと、自然と本音が溢れてしまう。



自分から誘えば良いだけなのだが、相手の事情を考えすぎてしまうりんには難しかった。

それに、自分にメールを送ってくれるだけで嬉しいじゃないか。




だから、"寂しい"なんて間違ってる。




『…?』




閉じてもまだ点滅する携帯をりんは不思議に思いながら、もう一度確認してみる。


下の方にいくと、まだ見ていないメールが受信されていた。
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