I love you,dear Ayato.

I love you always.

◆no title 

昨日から

出掛けてしまっている兄さんは


明日帰って来てくれる



連絡がきたの


声を聞いただけで

なんだか泣きそうになった



その間家には

秋久さんが来てくれてる



二日間、泊まりで一緒に

お留守番してくれてるの



今日は秋久さんの奥さん、

皐さんが来て下さったの


初めてお会い出来た



皐さんは凄く綺麗な人だった



秋久さんより年上って聞いてたけど


背が高くて綺麗なのにずっと笑い顔で

喋るとほんわかしたふわふわの可愛いお姉さん



お母さんをされてるのに

色っぽい艶っぽい雰囲気が

どこからか滲み出てる



厚いつやつやの唇、

キスしたくなるような自然な赤色



柔らかそうな大きな胸に

一番に目がいってしまった


マシュマロみたい、


皐さんが動く度

ふわふわ揺れて



顔を埋めさせてくださいって

思わず言ってしまいそうになったの


恥ずかしい





澪、


触ってもいいよ、って


秋久さん

皐さんの胸に釘付けの私を見て

笑ってからかうの、



秋久さんはいつも私の瞳だけで

私の考えてる事全部当ててしまう




皐さんは

私と秋久さんの食事を

わざわざ作って持って来て下さって


夜には秋久さんと二人で、

家のキッチンで夕食まで作って下さったの



心優しい皐さん




たあくんから

ほとんど量は食べれないって聞いたから、って


持ってきて下さったのは

小さく切られたカットフルーツと、

温かいスープと


小さな小さな、

一口サイズのサンドイッチ


フルーツサンドとか卵サンドとか

ハムサンド、あんバター

ミックスサンドとか


沢山の種類をいくつも、



私が食べやすいようにって

小さく小さく、一つずつラップで包装してあって


パンも手作りだって

わざわざ私の為に、



包装一つ一つにリボンが巻いてあって

色とりどりで可愛くて


フルーツを食べる用のピックも

可愛い動物で


パンダとかウサギとか猫とかアヒルとか

みんなが戯れているように刺してあって


スープも、

入ってる野菜は星とかハート形



どれも色とりどり、キラキラで

いちいち可愛いの



少しでも楽しんで食べられるように

張り切り過ぎちゃった、って


私の反応を窺うの皐さん、



きっと摂食障害の私の為だって、


兄さんから

私の食べれるものとか食べれないもの

食べちゃいけないものとか聞いて、


凄く配慮して下さったんだろうなって

言われなくても心に染み渡ったの


有り難くて言葉にならなかった



優しい味がして美味しくて


いつもより沢山食べれた



それを見て皐さんは


良かった、って安心したように

嬉しそうに微笑んで下さった



兄さんのこと、

皐さんはたあくんって呼ぶの


なんだか兄さんじゃないみたいで

思わず微笑ってしまった


秋久さんのことはあきちゃん、


最終的には私のことまで

みぃちゃんって

親しげに呼んで下さるの


懐かしい呼び名、

また泣きそうになった



ふわふわほんわかしてるのに


皐さんは

言葉行動仕草から温かい包容力を感じて


とても面倒見のいい、芯の強い方


あの秋久さんさえ

皐さんの前だと少し幼く感じて見えて


母性の塊のような人だって

秋久さんが言っていたのがとてもよく理解出来た




夜はリゾットを作って下さって


食べやすい、私が好きなものばかり



幸せで


本当に秋久さんと皐さんの娘とか

妹になれた気分だった




皐さんは会った一番最初に

開口一番に


やっと会えた、って眩しく微笑んで下さったの



はじめまして

たあくんのお姫様、って


屈んで瞳を覗き込んで下さるの



可愛い可愛い、って


こんな私のこと

キラキラ輝いた瞳で見つめて下さるの


涙が出た、



人の優しさには未だに慣れない、


奇跡のようで尊くて


ほんとうに夢みたいで、




一緒に映画を見たり

編み物したりして過ごした


私が喋れなくても

皐さんは気にせず秋久さんと

仕事の事とかお子さんのこととか

世間のこととか他愛もないこと、

二人でずっと会話を広げていて


聞いているだけで楽しくて


秋久さんも皐さんも

目が合うと優しく微笑み掛けてくれて



穏やかで自然な空気がとても心地よかった



何も聞いたりしないの

皐さんは初対面なのに質問を重ねたりしない


喋れなくても

そっと優しく側にいて下さるの

温かく語り掛けて笑い掛けて下さるの



私が気まずくないよう、

気疲れしないよう、

意図してして下さっているんだってわかる


私が何か気にする度に

言葉にも出してないのに

ちゃんとたあくんから聞いてるから、って



大丈夫

甘えていいの、


そんなこと、

何にも少しも気にするような事じゃないの

自由に生きていいの、って


その度に皐さん

優しく笑い掛けて安心させて下さるから


今日は何度も何度も泣きそうになった




いっそその胸に飛び込んで

抱き着いてしまいたかった



ただでさえ

何のお構いも出来なくて

いただくばかりで申し訳なくて


本来なら食事もお茶も私が用意して

私がもてなさきゃいけないのに


私がそうしたいのに、


不甲斐なくて


申し訳ない気持ちでいっぱいで




謝罪を伝えたら

かわいい、って


兄さんみたいにふんわり微笑うの


抱き締めて下さったの




ほんとにこんなに可愛い子を

あきちゃんは傷付けたの?


ほんとに見損なっちゃう

最低、


あの頃のあきちゃん大嫌い

私だったら一生許さない、って


皐さんは

秋久さんから引き離すように

私を抱き込む、



抱き締めてもらえて

早々に願いが叶って嬉しかった


胸が当たってどきどきしたの



優しい温もり、

嬉しくてたまらなかった




皐さんは秋久さんに毒舌、


ふんわり笑って時々鋭い牙を向ける



それでも秋久さんは微笑むの

困ったように、だけど幸せそうに


夫婦だって感じがして、微笑ましかった




皐、

お願いだから

澪の前で昔の話はしないで、って


秋久さんは苦笑いを浮かべて



あの日のこと、

あの日までの事言ってるんだってわかったけど


秋久さん、

奥さんにまで私の事話すくらい

本当に気にしてたんだ、って


居た堪れない気持ちになった



そんなの、

あんなの本当に何にも気にするような事じゃないのに



皐さんも

職業は心理学の先生


秋久さんと同じで公認心理師、


皐さんとはあの日

私が京都に行方を晦ませた後、


ちょうど十年前に出会ったって

秋久さんが教えてくれた



あなたを傷付けて、

僕は自分の傲慢さを知ったけど


中々すぐに全てを変えることは難しくて


まだ僕の毒が抜け切っていない頃、


生意気だった僕の根性を

皐が叩き直してくれたんだよ、って



僕がこうして

あなたに笑い掛けてもらえるようになったのも


皐がコテンパンに叩きのめしてくれたおかげ、って



穏やかに微笑む秋久さん




とても優しい穏やかな時間、



あまりに幸せで、あっという間だった






また来てもいい?、って

皐さんは


たあくんはきっと


本当は誰にも会わさずみぃちゃんのこと、


閉じ込めて

自分だけの可愛いお人形にしておきたいんだろうけど


そんなんじゃみぃちゃんが可哀想


もっと羽ばたいて欲しい、


幸せなことなんて

世の中にはもっともっと沢山あるの



たあくんだけいればそれでいいなんて、

外の汚れを知って欲しくないなんて、


汚れを感じて傷付いて欲しくないなんて、

たあくんは間違ってる


当たり前のことを当たり前だって思うくらい、

みぃちゃんにはもっと沢山の幸せを感じて欲しいな




たあくんが与える幸せだけじゃなくて


もっと広い世界をその目に映して欲しい、って




抱き締めて私の頬にキス、




…秋久さん皐さんの家庭はきっと

スキンシップ過多のお家なんだってよくわかった


接する距離感、触れ合う密度が外国の方みたい、


私に対する兄さんも例外じゃないけど



だけど

秋久さん皐さんのお子さんはこんな風に


愛情いっぱいに育ててもらっているんだって、

なんだか自分のことのように嬉しかった




皐さんの言っていることは

あまりよくわからなかったけど




だって私は少しも可哀想なんかじゃないもの


兄さんだけじゃない、

私も兄さんと同じ思い、


私も、兄さんだけがいればいい

兄さんが私の幸せ


兄さんがいれば、それでいいの

それで私は何よりも一番幸せなの





秋久さんは


不思議そうな私の顔を見て

ごめんね、って困ったように微笑って



皐、

あまり暴走しないで、って



そんなもの、惟人が知ったら何て言うか


後で叱られるのは僕だよ、って



ただでさえ無断で皐を家に入れたこと、

勝手に澪に会わせた事、


きっといい顔しないのに、って



私を見つめたまま、


澪、内緒にしていてくれる?って


悪戯に微笑んで茶化すように首傾げるの



皐さんがすかさず

あきちゃん馬鹿ね、って



あきちゃんの嘘や誤魔化しなんて

たあくんには効かないことわかってるでしょ?


それにたあくん潔癖だから

きっと家に来たのがあきちゃんと

担当の先生だけじゃないって


私が無断で来たことくらい、


帰って来て家の中見ただけで


みぃちゃんの様子窺っただけで

簡単にわかると思うけど、って


にっこり微笑むの




あー楽しみ、


きっとたあくんから

すぐに私に牽制の電話がくると思うの、って


それでも何言われても

絶対にやめてあげなーい


どんどん会いに来ちゃう、って


にこにこふわふわ

元気いっぱいの天真爛漫な皐さん



だんだん小悪魔みたいに思えてきて

とても魅力的な人だと思った




夕食を終えて

皐さんは後片付けまでして下さった後


そろそろ私の可愛い天使ちゃん達が

ばあばとじいじのお家から帰って来る頃だから


今度はたあくんがいる時に来るね、って



皐さんはにこにこふわふわ笑顔で

またね、みぃちゃんって帰っていってしまわれた



寂しい気持ちになってしまった






澪、

疲れたね

騒がしくてごめんね、って


惟人にはちゃんと俺から伝えておくから

安心して


お風呂入ってもう寝ようね、って



秋久さんと皐さんのおかげで


兄さんのいない一日が

あっという間に終わりを迎えてしまった


おかげでそれほど寂しくなかった


兄さんには早く会いたかったけど



とても幸せな満ち足りた時間を過ごせて


心が何より温かかった






ありがとう

2019/02/13(Wed) 00:13 

◆no title 

昨日早朝


とても朝早くに

兄さんがベッドから出て行くのを感じて


お仕事かなってぼんやり思ってた



暫く一人で微睡んでたけど


広い大きなベッドは

兄さんが居ないと簡単に冷えて、


兄さんはちゃんと

エアコンを付けてくれていたけど


何より心が寂しくて


せめていってらっしゃいって言いたくて


起きて追い掛けたの



リビングには兄さんはいなくて



澪、

起きてしまったの、って


後ろから兄さんの声



ウォークインクローゼットから

リビングに来た兄さんはもう着替えてて


キャリーケースと一緒に、



出張に行くんだって思ったけど



仕事にしては

とてもラフな格好、


いつもは必ずスーツなのに


まだ起きたばかりで

頭がちゃんと回らなくて


おはよう、兄さんって

ぼんやり虚ろに眺めてた



兄さんは

おはよう、って優しく微笑んで


屈んで跪いて私を抱き締めて

寒いね、ってそっと包んで温めてくれて



今日も愛してる、って唇に軽いキス


朝から甘い兄さん


ふわりと香る、香水の香りで

何処かに行ってしまうんだって実感して

寂しくなった、



お仕事?って聞いたら、

兄さん微笑って首を振って



お前の実家に行ってくるよ

警備の契約更新と清掃の点検と

墓参り、



何よりも



どうしても

探したい物があるんだ、って


俺の不始末で、一度失った物、って



私をじっと見つめて

反応を窺うみたいに頬を撫でるの



全然少しも

意味がわからなくて


何をなくしたの?って聞いたら



もう、鈍感な子、って

兄さん困ったように微笑んで


眠ってしまいそうな私の瞼にキス、


そのまま私を抱っこして


まだ早いから

澪はもう少し眠ってて、って


もう一度寝室に連れて行ってくれた



ベッドに寝かせて

お布団で包んで頭撫でて額にキス



澪、


今日から俺が帰るまで、秋が来てくれるから

夜は秋に寝かし付けてもらって


きっと泊りがけになるけれど

なるべく早く帰るようにはするから


いい子にお留守番、出来る?って


子どもに聞くみたいに言うの



本当は行かないで欲しかった



父さんと母さんのお墓参り、

私も連れて行って欲しかった



退院したばかりで

まだ外出の許可は下りてないから行けない


一般的な日常生活を送るには

まだまだ時間が掛かるの


早く兄さんと色んな所へ出掛けたい、



だけど

いつもいつも秋久さんに面倒見てもらって


何より毎日秋久さんの仕事が終わった夜分から

カウンセリングにも来てもらっているのに


私の為だけに一日いてもらうのは申し訳なくて


一人でも大丈夫

一人でお留守番するって伝えたけど



澪、


俺が心配なんだよ、って


何かあったらどうするの

まだ病み上がりで、


発作やフラッシュバックがいつ起こるか、

いつ容態が急変するかなどわからない、



それでなくともお前は

一人になると、ろくな事考えないから


秋にちゃんと隣についていてもらって、って



その通りで

返す言葉もなくて


ごめんなさいって


こんな体で心でごめんなさいって

少しだけ、悲しくなってたら





責めているのではないよ


いいんだ、それで

そんな所がいじらしくて可愛いから






お前はどうかそのままでいて、って


お布団ごと私を強く抱き締めてくれた




その後は秋久さんが来る時間とか


カウンセリング、

セラピーの事とか


先生が診療に来る時間とか

お薬を飲む時間


食事は毎食必ず取って、朝昼兼用は駄目とか

お風呂も長時間は駄目とか


言われなくてもわかるような当たり前みたいな事、

いつもいつも沢山何度も念押しされて


そんな風に

心配してくれる兄さんの優しさが胸に広がって


嬉しくてくすぐったくて



どんどん離れ辛くなって




もう目が冴えたの、


眠れない、


寂しいの

兄さんがいないと眠れないよって


つい口に出してしまった





甘えたさんだね、って


呆れたように困ったように

でもとても優しく微笑んで


少しだけだよ、って

ジャケット脱いで、お布団の中

入ってきてくれるの


嬉しくて抱き着いた





なあに、


そんなに可愛くてどうするの、って


それ以上可愛くならないで、って


兄さんはからかいながら抱き締め返してくれて






見つめた後、



いいよ、澪


眠れないなら


もう一度俺が

寝かせてあげる、って


耳元で囁くの


いつもより低い、

掠れた、甘い声


私が堪らなくなる、


夜の兄さんの声、



直接的な刺激より

囁く声や吐息、響く音に私が何よりも弱い事

兄さんは知ってる



穏やかで優しかった部屋の空気が

途端に一気に濃密な深いものになった、




お前は終わったら

疲れて直ぐ眠ってしまうから、って



そのまま耳を舐め立てて

わざとぐちゅぐちゅ音を響かせるの


んん、って

耳に掛かる熱い熱い兄さんの吐息に


ぞくぞく体が勝手に震える






本当に気が遠くなるほど愛されて





汗ばんでしまって

額に纏わりつく髪を


兄さんは優しく撫で付けながら

少しだけ荒い深い息、



かわいい


いい子だね、って


終わった後も長い時間

そのまま余韻を行き渡らせるように

唇にしっとりとした甘い口付け



頬撫でて

目尻、瞼にフレンチキス、


愛してる、って


優しい声を聞きながら

ふわふわの気分、とろとろな骨抜きの体で


我慢出来ずに

また落ちるように眠ってしまった






目が覚めたら

兄さんは行ってしまってた


冷えないよう適温の暖房と


喉が枯れないように加湿器

私の好きなアロマの香り


ベッド脇のテーブルに

お水とグラスとお薬と


私の好きなぬいぐるみが置いてあった

新しい見たことない新品の



いってくるね

信じて待っていて、って書置きと一緒に






なんて素敵な人なんだろうと涙が出た



こんなに優しい人いないと思う




こんな完璧な人の傍に居れること


なんて尊い、身に余る幸福だろうと思った




何気ない日常の中の一つ一つ、

惜しみなく詰め込まれた兄さんの優しい愛に


訳もなく泣いてしまう



兄さん

ありがとう





その後、秋久さんが来て


先生の診療の時間


それから

秋久さんと食事を一緒に取って



カウンセリング、


疲れて少し眠って

そのまま今日は一日秋久さんと過ごした



秋久さんは会うなり私の顔を見て


今日は元気そうだね


熱、下がって良かった

心配したんだよ、って優しく微笑んでくれて



リビングで紅茶飲んでる時には


惟人に


ちゃんと言えたんだね


やっと届けられたんだね、

あなたの愛を


偉いね、って頭撫でてくれたの



おかげで惟人は

見るからに幸せそうだよ


あなたとの時間に夢中で

すっかり僕に構ってくれなくなった、って



悪戯に困ったように微笑う秋久さん








だけど瞳の気配が変わって



ねえ澪、


それなのにどうして澪の瞳に

まだ翳りが見えるの?、って





もう何の壁も何の障害も、


あなたと惟人には

もう何の心配もない筈なのに


澪はどうしてまだ不安なの、って


あなたはいつまで優紀子の陰に怯え続けるの、って


瞳を覗き込むの





どうしてわかるの、


いつもいつも、

どうして私の心、探り当ててしまうの…、



途端に泣きそうになって


そんな私を見つめて


ごめんね

忘れられるわけないよね、って





どこにも居場所がない、

地獄とも言えるような日々のあの頃、


惟人だけがあなたの救いだったのに


惟人はあなたの心臓とも言えるような存在だったのに



十年前の

あの日感じたあなたの絶望がどれほどのものか…、






傷は消えない、


割れて壊れたものは修復は出来ても

決して元通りになることは叶わない、








ごめんね、って

抱き締めるの私を


違うって必死に首を振ったら


秋久さんは笑って


澪、大丈夫


あなたがそんなことだろうと思って

臆病な惟人には喝を入れておいたから


大丈夫だよ、澪、って頬撫でて


優しく優しく微笑んでくれる、


違うよ秋久さん

本当に違う


兄さんは何にも悪くないの

兄さんが悪いんじゃないの


私の体、心は決して兄さんの所為じゃないの


誰の所為でもない、

私がいけないの、って伝えたら


どちらの所為でもないよ、って






あなたにも、勿論惟人にも

何も罪深いことなんてないんだ


ただ僕がああ言ったのは

惟人とあなたにはどうしても

深い話し合いが必要だと思ったから、って



僕がちゃんと話し合って欲しかったんだ




惟人を想うその心が

あなたの体を蝕んでいるのは事実、


あなたと惟人には

互いを想うあまり、少し誤解をしている部分があるから


寄り添う愛よりも

見限られる怖れに何よりの重きを置いてる、

それが良くない


惟人も理解はしているのに

あなたとのことになると慎重だからね




少し、急かしただけだよ、って





澪、

惟人を信じてあげて、って


あなたが怯えているようなことは

決してないから、って



惟人はただただ、

あなたを幸せにしたいだけ



澪の不安を全て取り除いて


少しの憂いなく

自分の胸に飛び込んできて欲しいだけ



僕は

惟人とあなたほど深い純愛を他に知らない、


二人が歩んできた嶮しい長い道程を

最初から最後まで、ずっと側で見届けられたこと、


僅かながらも力になれたこと、

とても光栄に思うよ



もうすぐだから、


澪はただ穏やかに、

心も体も少しでも良い状態で


惟人の帰りを、待ってあげて、って



心の靄を見事に晴らしてくれた



いつ会っても

どんな時も優しい秋久さん


いつもいつも

私の心の中の不安に気付いて

手に取って、優しく慈しんでくれる


あともう一日

僕と楽しく過ごそうね、って


私が見たいって言ってた映画のDVDまで、

お土産だよ、って持って来てくれたの


勿論お見舞いのお花も


今日は薔薇

私の大好きな薔薇


ピンク色の可愛い満開の薔薇、


心がふわふわして


兄さんと過ごす時間も

秋久さんと過ごすこんな時間も

幸せ過ぎて毎日本当に夢みたいで



兄さんは

あまり人と仲良くしたりしない方だけど


秋久さんだけは昔から特別


どうしてか痛いほどわかる

秋久さんは兄さんみたいだから




とても優しい人、


兄さんのことも私のことも

優しく大切にしてくれる秋久さんが大好き



本当に泊りがけで面倒見てくれた




隣に兄さんがいないから

夜中に目が冴えて

私は今起きてしまっているけど



私を寝かしつけた後

秋久さんは
客室の部屋のベッドで今きっと眠ってる


秋久さん

昨日は髪の毛まで乾かしてくれたの


お風呂上がりに

温かい部屋で一緒にアイス食べて

美味しいね、って微笑い合える幸せ


おかげでそれほど寂しくなかった


勿論早く兄さんには会いたかったけど

一人じゃないからまだ平気だった









秋久さん

本当にありがとう

2019/02/12(Tue) 05:56 

◆no title 

あの日血を流してた兄さんの手
やっと綺麗に跡形もなく治ってくれた

傷や痕、残らなくて良かった



毎日薬を塗り込んでたの

ちゃんと綺麗に治って欲しくて


日付の感覚もないくらい

熱でまだずっと寝込んでいたけど

それだけは毎日起きて欠かさなかった


兄さんは

ちゃんと眠っていて、って

熱が何度あるかわかっているの、って困っていたけど


それでも決して邪険にはせず

私のしたいようにさせてくれた




薬を塗っている間、

私の瞳を覗き込んでは微笑んで


薬を塗る私の頬や額にキスを落としながら


もう片方の手で頬や髪を撫でるの



お前は本当に俺の手が好きだね

そんなに大切?


心配せずとも

男の手の傷痕など、

誰も気にも留めないよ、って


時折首筋撫でて擽る、






俺の澪、


俺の手や声より、



俺自身をもっと愛して、澪、って



俺の心をもっと、

大切に可愛がって、って



掠れた甘い声で耳元で囁くの

悪戯に、煽るように、


私が弱いのわかっていて
わざと出してる、そんな声


あの日から兄さんは甘過ぎて

少し困ってしまう


ずっと兄や家族、

保護者のような優しい接し方だったのに

今はとにかく甘い、


触れる手や唇が

隠す事なく惜しげもなく愛を、熱を伝えてきて


兄さんの特別な

大切な恋人になれたように感じてしまう、



余計に熱が上がりそうだった



だけど

誰も気に留めないなんてそんなことない、

私が気にするの



万が一消えない痕でも残ったら

私は一生自分を許せない


あの日兄さんを傷付けた自分自身を、




いっそその手は私のものだよって

私のだけのものって独占したい、



兄さんの手は私の目の保養、

宝物、


兄さんの手は綺麗、



元々色白で細身で長身だから

手も白くてすらっとしていて


ずっとピアノを弾いていたからかな


凄くしなやかで、指が細くて長くて

本当に綺麗なの



それと兄さんは

少し潔癖なところがあるから

毛とか無駄なものが嫌いで



手も含めて足の指も含めて

全身という全身を全部永久脱毛しているから

毛も産毛も少しも生えてなくて


女の人みたいにきめ細かい肌、


それなのにちゃんと男の人の手で

ちゃんと骨張っていて


動かす度に張る血管と関節や骨が美しい


芸術品みたいなの


爪もいつも深爪、


血が出るギリギリまで切り揃えて

ヤスリで丸く均一に整える


甘皮も取り除いて

ぴかぴかに磨いてオイルまで塗り込むのが

三日に一度の兄さんの習慣、



利き手じゃない方も器用に手馴れた様子で熟す、

ネイリストみたいに丁寧な手入れ、


昔から私はそれをいつも横で眺めてる


私も同じようにやって欲しくて

その度に強請るけど


兄さんは私の爪は毎回、

わざわざネイルサロンに連れて行くの


澪の爪は薄くて小さくて

伸びると軽く引っ掛けるだけで

すぐに割れてしまうから、って


保護する為に昔はスカルプ、

最近はジェルネイル


色も柄も全部

昔は兄さんの好みに合わせてた


というより
兄さんの好きにオーダーしてもらってた


心が病んでいた時は

なんだって全部どうだってよかったから


今は自分で気に入ったものを

控えめで可愛いシンプルなものを選んでいるけど


二週間に一度は通っていた、

ネイルサロンの、いつも指名するお姉さんは


兄さんの好みをよくわかってくれているから


甘皮も除去して

オイルやクリームも塗り込んで


私の手をぴかぴかにしてくれる



女性らしく、って少しだけ長さを出して


何も言わなくても派手じゃない花柄とか、

可愛い上品な仕上がりにしてくれる




だけど私はやっぱりプロ仕様より

兄さんに手入れしてもらう方が好き



サロンにいけない、

入院している時とか


外出出来ない時だけ、

兄さんは私の爪も手入れしてくれる、


痛くないように長めに切って

ヤスリも慎重に丁寧に、


オイルなんて特に念入りに、

マッサージみたいに隅から隅まで



私はその時間が特別で大好き


優しくて心地良くて


兄さんと過ごす時間の中でも

特に嬉しい、幸せな時間


無駄にへらへら微笑ってしまう



だって大好きな兄さんの手が

ずっと私の手に触れていてくれるから


綺麗な兄さんの手を

ずっとずっと眺めていられる、



真剣な兄さんの顔が何より愛しいの


大好き、



今日はやっと朝から起きて

リビングで少し過ごせるほど回復してきたから


兄さんにお願いして

爪のお手入れをしてもらったの


兄さんは

先生から外出の許可が下りたら

すぐにサロンへ行こうね、って言ってくれていたけど


私は爪はずっとこのままがいい、


可愛い柄やストーン、

華やかな色のネイルなんていらないよ



だって兄さんがいいの

いつまでも兄さんに手入れしてもらいたい、


優しい兄さんの、優しい手で


大切に慈しんで、愛でてもらいたい




ソファーで、

兄さんに後ろから抱き締めもらうように

私は兄さんの膝の上、


ぴかぴかになった兄さんの手と私の手を重ねて

ずっと両手に惚れ惚れ、いつまでも眺めていたら


背中から包むように

抱き締める力を強めて閉じ込めるの




首筋に兄さんの顔が触れて、


私の耳に唇寄せて、



何故、俺が深爪か、

わからないの、澪、って低く囁いて

微笑む気配、


掛かる息にぞくぞくしてしまった




俺が過剰なほど深爪にするのは


繊細で柔らかいお前の敏感な中を、

傷付けない為だよ、って



私が気持ち良くなってしまう声、

わざと出すの




可愛い澪、



お前はそれをわかっていて、

俺の手ばかり見つめるの?



だから好きなの?



お前を快楽へと導く指だから、




お前は俺のこの手が、


望むように与えてくれることを

嫌という程知ってる、




一昨日だって、

この手でお前は何度も……、





澪、


ねえ教えて、




俺の手を見て、

お前は今、何を想像しているの、って



甘い甘い声





意地悪な兄さん、



私がそんな風には見てないって

そんな意味で見てるんじゃないってこと


兄さん本当はわかっているのに

わざと言うの



それに爪だって、そんな理由じゃないのに



兄さんは綺麗好きで

少し神経質なところがあるから


爪と皮膚の間に、

汚れが溜まっているようで嫌だからでしょう?


どれだけ切っても

まだ奥に汚れが残っているようで不快だ、って


どんどん切り進めて、

よく血が出すほど切り過ぎてしまうくらい、


潔癖過ぎる所があるの兄さんは

それが本当の理由、




耳に掛かる兄さんの息、

軽いリップ音にさえ反応して震える体を必死に抑え込んで

パジャマのボタンを外す兄さんの手に手を重ねて

だめ、って首を振ったら



どうして?、って

誘うように優しい声で

耳にキス、




何故駄目なの、


昨日までは

あんなに素直に身を任せてくれたのに、

もう嫌になったの?


俺が駄目だと言っても

可愛く強請ってくれたのに


熱に浮かされていただけ?




俺を愛してるって言ってくれたのも


譫言だったのかな、って





もしそうだとしたら、


それはとても悲しいね、って



私が泣きたくなるような声、耳元で、


そんな訳ないのに、

愛してるって一番最初に言ったあの夜は熱なんてなかった



やっと言えた心からの愛、

兄さんだってわかってる筈なのに



どう言えば私が揺らぐか

兄さんはよく知ってる、


知り過ぎてる、



耳だけで、囁かれるだけで、

どうにかなってしまいそうで


腕の中から抜け出してソファーから立ち上がって

逃げるように距離を置いた


やっと正面から見れた兄さんの顔、


私を見上げる兄さんの瞳は

悪戯に甘く微笑んでた



憎いくらい、
愛しくて恋しくて

抱き着きたくて、

抱いてもらいたくて、


口付けたくて堪らなかった、




すぐに発情してしまう

はしたないいやらしい体、


だから駄目なのに





悪い子、


逃げてしまうの、俺から、って責めるような低い声



だってまだ夜じゃないのにって言ったら


何故夜でないと駄目なの、

昼に抱きたくなることもあるよ


いつでも、

どこでも、

朝なんて特に、って



明るいの恥ずかしいって言ったら


ごめんね

そう言う澪がもっと見たい、って



ベッドじゃなきゃ嫌って言ったら


それなら今すぐ連れて行ってあげる

おいで、澪、って



何を言ってもかわされてしまう、

恥ずかしくて
もう兄さんが見れなくて、

視線をさ迷わせていたら



そうやって駄目な理由ばかり探して

拒絶する訳ばかり探してる、


熱が下がって

少し元気になった途端

澪はまた再び殻に閉じ籠ってしまう、


恥じらうお前も可愛いけれど


流石にそんな風に

「いやいや」ばかりだと、

地味に傷付く、って



兄さん

置いていかれた子供みたいな寂しい顔してた




澪、


俺の可愛い澪、


お前は此処にいると、

どうか俺に伝えて、


あの夜のように、


消えたりしないと、

俺を置いて行きはしないと、


もっと俺に教えて、って



悲痛な瞳で、



兄さん


どうしたの…?


なにかあったの、




どうしてか兄さん、

弱ってるんだって流石にわかった、


そういえば朝から少し様子が変だった



直ぐに兄さんの側へ戻ったら

座ったまま、正面に立つ私を強く引き寄せて

抱き締めて


胸に顔を埋める、


何も言わずにただずっと


瞳を見せてくれない


何も言えなくて、


頭撫でるように

兄さんの髪梳いていたら



熱を出している間のこと

眠っている時のこと、

何も覚えていないの、って


静かに問い掛けてくるの



その一言ですぐにはっとした


また兄さんが心痛めるようなこと、


苦しんで傷付いて、

きっと気に病むようなことがあったんだって

やっとわかった、


私またフラッシュバックでも起こしたの、


何をしたの、


嘔吐や喘息、

繰り返していた発作のことを

兄さんは言ってるんじゃないってことくらいわかる、



教えて、兄さん



私に何があったの、って


両手で頬を包んで

抵抗しない兄さんの顔を上げさせて

視線を交わらせた、




兄さんはじっと私を見つめて、

恨めしそうに瞳揺らして、



いけない子、

そんな可愛い顔で見つめても

許してなんてやらないよ


本当に心配だったんだ、って少し怒ったような声、



兄さん
ごめんなさいって

頬や瞼、額に口付けたの

だけど




それでは駄目だよ、って促すの







可愛い澪、

わかっているだろう、


そんなものではとても足りない、って


目を閉じて待つの



促されるまま唇に唇寄せて、

ゆっくり深い口付け



絡める唇や舌から出る音

微かな水音や吐息だけが静かな室内に響いてた



長い時間の後、

酸素を求めて唇を離したら、


兄さんはそのまま引き摺り込むように

私をまた抱き上げて

今度はソファーに強引に組み敷く、



本当に覚えていないの、って

責めるように見下ろすの



お前は眠っている間中、魘されていたんだよ


一ヶ月近い間、ずっとだ、



高熱で、


もう目を覚まさないのではないかと、

このまま逝ってしまうのではないかと恐ろしくて、



とても生きた心地がしなかった、って




誰の名を呼んで苦しんでいたか、

お前は本当に、少しも覚えていないの、って



澪、

お前が気付いていないだけで


お前が思っている以上に

お前の心は、酷く傷付いている



何度もやめて、と、泣いていたんだよ

理央の名を呼んで、




お前は悪夢の中で、

まだあの病室で、理央に汚され続けてる


熱の所為か、

そんな夢を見ているから熱が出るのか、



だから秋を呼んで診てもらってた、って




あの日以来、

初めて兄さんの口から


理央兄さんの名前が出た、



あの日までのこと、


あれ以来初めて兄さんの口から、






いい、澪、

明日から毎日秋のカウンセリングを受けて、って



これに関して澪に拒否権はないよ


秋はああ見えて

類稀なる才能の持ち主だから


飛び抜けた洞察力で

秋の心理療法には定評があって、


容易に予約が取れない程度には的を得てる



お前には辛い話だろうけれど

全く何もしないよりはましだから、って



労わるように私の髪や頬を撫でるの兄さん、



知らなかった、そんなこと、



ほんの少しも覚えてなかった、

夢や魘されていたことなんて



だから兄さん

ずっと抱いてくれていたんだってわかった、


私を起こす為に、

悪い夢から私を引き上げる為に、





それであんな風に

起こしてくれていたの?


毎日何度も口移しで

氷や水を飲ませてくれたり


抱いてくれたり、

最後までしない時も…



全部私の為だったの、って口に出したら




俺が抱いた後は

お前は不思議と穏やかに眠ってくれる


それから暫くは魘されたりしない、


お前の心臓には良くないから

毎回軽く触れるだけで済ませるつもりだった


けれど何せ俺も

やっと手にする事が出来たお前からの愛に

酷く舞い上がっていたから



堪え性がなくて、


ごめんね、って優しく微笑むの




なんて人だろうと思った


ほんとうに、

なんて優しい人なの



どうしようもないほど優しい兄さんに

愛しさ溢れて胸が苦しくて、


沸き上がる衝動のまま

抱き着いて唇寄せて


ベッドに連れて行って、ってせがんだ



もう一回、


軽く触れるだけじゃいや、


私を眠らせる為じゃなくて、

ちゃんと兄さんの意思でして欲しい、って強請ってしまったの



だって

あの夜以降はずっと熱があって

全部断片的にしか朧気にしか覚えていない


想い通じ合えた奇跡、

夢じゃないって教えて欲しい、

愛してるって兄さんでいっぱいにして欲しい




兄さんは

可愛い、って




今の今まで、抵抗していたのに


いいの?


今日は途中ではやめないよ、って額にキス



いいの、

兄さんがいいの





いじらしい子、


まだ熱もちゃんと下がっていないのに

また酷くなったらどうするの、って優しく抱き上げる




兄さんこそ、

さっきまであんなに強引だったのに


私の体を気遣うその優しさは今は恨めしかった


私が欲しいのはその優しさじゃない

私の体中にキスをくれる優しさ、

甘くて熱くて切ない瞳の、優しい兄さんが欲しいの



それでもちゃんとお姫様抱っこしたまま


寝室に連れて行ってくれる、

甘い甘い兄さんの首にしがみついて


首筋に頬擦り寄せて

幸せを噛み締めた







いつもは私がちゃんと息出来るように


体に心臓に負担が掛からないように、

ゆっくりしっとり、私の弱い所だけを責め立てて


声や音で、キスで、

長い時間、緩やかに何度も導くのに


揺さ振ったり強く突き上げたりしないのに




今日は少しだけ、

激しかった




微かに喘ぐ吐息のような熱い声が

私の名前を呼ぶ声が堪らなかった







暖かい寝室、

素肌の兄さんとお布団の中、


余韻に浸って

いつまでも身を寄せ合ってた



顔中に落とされる口付け


髪や頭、

頬や首筋に背中、


撫でてくれる優しい手に身を任せてた



何もいらない、

永遠にこのまま、

兄さんと二人微睡んでいたい



幸せ


私だけが感じられる、私だけの幸せ








それなのに





兄さんは私を愛でながら

物思いに浸っていて、


感傷的な瞳で見つめたまま

口を開くの





澪、


お前の熱は

お前の夢見が悪いのは


いつまでも澪の体が、良くならないのは


自身の体、両親、裁判の事、

お前を穢していた人間共のこと、


理央に掘り返され、植え付けられた幼い頃の真実、


お前が知るはずのなかった残酷な現実を

上手く処理出来ずに


壊れた心のまま、病室でずっと一人、



一番辛い時に、

誰も側には、いなかったからだ、




それが後を引いてる、



俺がお前を一人にしたから、って



顔歪めて、悔いるような瞳になる、










…またそんな風に、

自分のこと、責めてるの…、



そんなんじゃないのに、


兄さんの所為なんて、そんなこと、

ある訳ないのに






違うって言ったら



違わない、って被せるの




何も違わないよ、澪


今お前の体が、悲鳴を上げているのは

間違いなく俺に原因がある、って



軽い拘束で

私の顔を固定して、


無理矢理視線を交わらせて

訴えかけるの切実に






秋に言われたんだ、



今の澪の熱や嘔吐、

喘息や発作は完全に心因性のもの、



澪は理央から受けた苦痛、

その身に感じた苦しみや悲しみ、絶望を


ちゃんと過去に塗り変える力を持っているのに


振り返らず未来を見据えて

今を生きる強さがあるのに


そう出来ずにいるのは

今も魘されているのは


俺が何も言ってやらないからだと、




俺は澪に、


優しさや愛を、

焦がれる程の想いを、

惜しみなく与えはするのに


肝心な事は何も話してやっていないと、



理央に汚されて

澪が一番俺を求めていた時に、


俺は何処で誰といたか、もう一度よく考えろと、



澪が本当に心痛めているのは

理央に犯されたことではないと、





安らげる空間へ帰ってきて

愛する俺が側にいるのに


やっと心に秘めた愛を俺に捧げたのに


それでも澪が楽になれないのは、

理央との終わらない悪夢に苦しんでいるのは、


澪が心に巣食う不安を、

いつまでも拭いきれないから、




本当の意味で俺を信じる事が出来ていないからだと、



澪の中では

今も状況は何も変わってはいない


十年前から、今日まで何一つ、



ひた隠しにしていた、俺への愛を

生まれて初めて口に出して言葉にして、


初めて俺自身に捧げたからこそ、


澪は今恐怖と戦ってる、



澪自身も気付かない程仄暗い、心の奥底で



あの日のように

俺に捨てられる恐怖に今も怯えてる、





それが同時期の

忌まわしい理央の言葉、行為と一体化して

大きなトラウマとなって澪を蝕んでいると…、





澪、


離れで暮らしていた頃のように

お前は迫り来る夜に怯えて、心壊して、



ずっと一人で泣いていたんだろう…?





お前は俺を呼んでいたのに、

俺に助けを求めていたのに、


それなのに


俺はまたお前を、置いていってしまったから、って




兄さんの言葉、

ひとつひとつ、


全部苦しい、


胸がとても苦しかった、


ついさっきまで、

今の今まであんなに幸せだったのに



兄さん

兄さん
やっぱりだめなの…?


私がいたら、

兄さん苦しい…?


私が私だから兄さんはそんな風に

自分ばかりを責めて、


全ての責任を取らなきゃいけないの?


どうして全部兄さんの所為になるの…、





秋は、

俺の為に、

過去に囚われる俺を解放する為に、


澪が何もかもかなぐり捨てて

俺を愛していると告げたのならば



今度は俺がそれに報いるべきだと、



澪、


澪、


今此処にはいない、秋でさえ、

お前を心から案じているよ


お前の心の痛みに、

お前自身のSOSに気付いてやれないのは

澪、お前だけ




いい加減

自分の感情に目を背けるのはよして、って





視界を閉ざして

泣いて違うと、
そんな事ないって首を振っても

やめて
もうやめてって何度言っても


兄さんは話をやめてはくれなかった


聞きたくない、そんなこと


秋久さんとの話は
秋久さんとして欲しい、


そんな事わざわざ私に言わないで


だってもういいのに、



全てを愛してくれなくてもいいの


今のままでいい、

過去を振り返る必要なんてない



今が幸せなのに、
もう二度と少しも失いたくないのに、



そんな事気付かないで

見ないふりしてて
聞かなかったことにして

口に出したりしないで、兄さん



責めて欲しいんじゃないのに


だから言わないのに



自分の心なんてわからないよ


沢山のこと、

何度もいくつも忘れてしまうくらいなのに






澪、

言えばいいんだ、って



言っていいんだよ


辛いならつらい、

苦しいなら苦しいと、


生じる感情を抑えることなく表現して、


俺にぶつけて、澪、

聞かせて欲しい、

どんなことでもいい、教えて欲しい、


澪の心、どうか俺に知らせて、




澪、


そんなことで、俺はお前を捨てたりしない


お前が心を、言葉に口に出して、

俺は喜びや幸福を感じることはあっても、

お前を見放すことなどあり得ない、



ましてや嫌うなど、以ての外だよ、って




澪、

けれど、どうか、

お前が目にしたもの、聞いたもの、

感じるもの全てが真実ではないこと


澪の信じるものだけが、俺のすべてではないこと


どうか理解して、







俺にだって

言ってくれなければわからないことだってある


それでなくとも、

お前は昔から殆ど喋らない、


顔に表情、
感情が出ることさえ、昔は滅多になかった



何も言わない、何も見えないお前から

全てを読み取るなんて不可能に近い、




俺は秋ではないから


お前の瞳だけでは

全てを理解はしてやれないよ、って


兄さんは私の涙を指で拭って
瞼に口付けるの





時々秋が恐ろしくなる、って優しい声で語り掛ける、



あれには澪の心、俺の心さえ


他人の感情が全て、

透けて視えているようだね、って



近頃は特にお前に懐かれて

秋はすっかりお前の兄や父親のような気でいるから


俺には痛い所ばかり突いてきて

全く返す言葉もないよ、って


優しく頬を撫でるの



何の言葉も何の反応も返せない、

ただ涙を流すだけの私を

困ったように見つめて




澪、


澪、

泣かないで


ごめんね



けれど


わかっているんだ、そんなことは、って


兄さん遠い目、




澪、


わかってはいたんだ、本当は、


秋に言われずとも、

本当は遥うに気付いていた


理解していた、

話をしなければいけないと思っていた、



気付いたのは、

お前が書いてる日記を見た日から、



お前が退院した日、


澪の体に散るキスマークを見て、

衝動的にお前の携帯を調べた時に見た、日記、



全て読んだあの瞬間、


お前の心を垣間見たあの時から、ずっと

俺は俺自身が許せなかった



あの日から、

ずっとお前を解放しなければと、



澪を救い出さなければいけないと、


話をしなければいけないと、

思っていたんだよ、ずっと、って



悲しい瞳で頬を撫でる、




けれどあまりに幸せで、


今日まで先延ばしにしていた





やっと戻ってきたお前と過ごすこの平穏な日常が

幸せで幸福で仕方なくて


俺を愛してると抱き締めてくれたお前が

あまりに可愛くて愛しいから



せめてお前の熱が下がる迄は、


お前が良くなるまでは


この尊い時間を大切にしたいと欲が出て、




わかっていて、

お前の優しさに甘えていたんだ、って


優しく包むように抱き締めるの



けれどまさか

熱までそれが原因だとは、


流石にそこまでとは思っていなくて、



どおりでいつまでも下がらない訳だ、って苦笑い


苦しそうに笑み浮かべて

見つめるの





ごめんね、澪


苦しかったね



澪、



あと数日、


俺に時間を頂戴、



どうしてもまだ、

やらなければいけないことがあるから



どうかもう少しだけ、待っていて




それが無事終わったら



帰ってきたら、



話をしよう、澪、




俺と澪、


二人だけで、



十年分の、話をしよう、って




意を決したような兄さん、

優しく微笑んで額や瞼にキスを落とすの






死刑宣告だと思った




そんなもの、

優紀子さんの話なんて聞きたくないよ



優紀子さんを愛していた頃の話なんて

少しも聞きたくないのに


どうして話し合う必要があるの?

せっかく想い通じ合えたと思ったのに

どうして?



兄さんの口からそんなこと、


優紀子さんとのこと

兄さんからだけは聞きたくなかったのに




解放ってどういうこと…?

ねえ救い出すってどういう意味?


兄さん
私を捨ててしまうの?


私を貴秋のところへ
連れていくつもりなの…?



きっとそんな意味じゃないってわかっているのに

不安が止まらない、



愛してるって

兄さん何度も言ってくれているのに


それでもどうしても怖いの、



十年前のあの日を思い出すから、




どうして話をしなきゃいけないの

今はこんなにも幸せなのに



どうして



怖い、









何処にも行かないで欲しいのに、


兄さん


何処へ行くの、



お仕事行かないで



優紀子さんのところ、行かないで


ずっとそばに居て、兄さん





こんなにも、愛してるのに



怖いの

2019/02/08(Fri) 21:33 

◆no title 

沙月ちゃん
メールのお返事、

もう暫く待っていてね

ごめんね

2019/02/04(Mon) 18:01 

◆no title 

そういえば寝込んでいる間、

何度か秋久さんも来てくれた


ちゃんと覚えてないけど


一番最初に来てくれた時は


顔に掛かる髪を後ろに撫で付けるように

頭や頬を撫でる感覚を感じて


額にちゅって、優しいキス



兄さんだと思って

重い瞼を開けたら


すぐそばに秋久さんの顔


秋久さんはベッドの隣に跪いて

私を穏やかに見つめてた


秋久さんの後ろに

兄さんが立っていて、


秋、怒るよ、って

澪はお前の娘ではないよ
軽々しく触れないで、って


秋久さんは
怒る兄さんなんて気にも留めずに

私に、ごめんね、って

起こしてしまったね、って

優しく微笑い掛けてくれるの



寝顔があまりに幼くて、
丸い真っ白のおでこが可愛くて

澪はいつもだけど
新生児の女の子から香る、
甘いミルクのような匂いがするから

なんだか見ていたら
赤ちゃんみたいで、つい、って綻ぶように微笑うの


私のどこをどう見たら
そんな風に見えるの?

秋久さんおかしい


秋久さんはお子さんが出来てから
子煩悩、父性がほんとに爆発してる

こんな私の事さえ
子供みたいに可愛がってくれるようになった

歳なんてそんなに離れてないのに
幻覚でも見えてるの?


親になるって、

本当に素晴らしい事なんだろうなって

秋久さんからひしひしと感じる





眠っているところ、初めて見た

澪、

具合はどう?、って


ゼリー買ってきたよ

この前も喜んで食べてくれた、
あなたの好きな桃のゼリー


メロンと、オレンジもあるよ


あなたの好きな桃は

お店にある分全部買い占めてきたから


後で惟人に
食べさせてもらってね、って



優しい秋久さんの

優しい優しい穏やかな空気に訳もなく涙が出た



ごめんね

体辛いね、って涙を指で拭って

頭撫でてくれる


カウンセリングで来たんだ、

ちゃんと心のケア、しておかないと
後を引いて長引くから、

新たなトラウマになって
また大きなフラッシュバックを引き起こしかねないから、って


体良くなったら
僕と沢山話をしようね、って


優しい優しい秋久さん




心理学、カウンセリングなんて

兄さんに連れられて
今まで数え切れないくらい沢山受けてきたけど

問い掛けに
答えることすら出来なかった


トラウマ克服、苦しみ軽減以前に

知らない人と話す事自体が苦痛で苦痛で

余計に昔の事思い出して、

どれも何にも少しも効果なんてなかった
悪化する一方だった、




だけど今の秋久さんになら、


優しい大好きな秋久さんになら

素直に思っていること、少しは話せそうだと思ったの、



理央兄さんとのこと、

病院でされたこと、兄さんとのことも


ちゃんと労って気遣って

私の心掬い上げて、
癒そうとしてくれるその優しさが

何より尊くて温かい、



吐いた後直ぐだったから

喋る気力さえ少しもなくて声も出せなかった

涙ばかり溢れ出て、


秋久さん、
ありがとう、って

とにかく必死に伝えた


それだけはちゃんと伝えたくて


秋久さんは
見つめて優しく微笑んで

また来るね、って


もう一度額にキス、



兄さんの
呆れたような溜息が聞こえたけど

もう瞼が重くて
意識を保つ事が出来なかった


これ以上の長居は澪の体に障るから、って

兄さんは
秋久さんを連れて
寝室から出ていってしまった

廊下から、

惟人、
何をそんなに怒ることがあるのかな、

そんなことでは澪がまた怯えてしまうよ

嫌われてしまってもいいの、って

楽しそうに茶化す秋久さんの声を遠巻きに聞きながら

眠りに落ちてしまった


次目を覚ました時、


秋に会えて嬉しかった?、って

澪は心優しい人間にはすぐに心許して
途端に無防備になるから

俺は気苦労が絶えないよ、って


兄さんは意識もちゃんと保てない私を抱き上げて

膝の上、腕の中抱き込んで
しっとり深いとろとろの口付け

熱で熱い私の口の中に
砕いた氷、口移しで何度も何度も、

冷たい氷、溶け出した冷たい水、
冷たい舌が心地良くて仕方なかった


澪、

俺を呼んで、

俺だけだと、

愛してると聞かせて、って

顔中にキスの雨、


声にならない声で
何度も愛を届けた

その日はそのまま
全身に口付けを感じて

長い時間唇や舌、指や手で
何度も高みに登らされて

最後にはちゃんと
体の中に熱い兄さんまで感じた


熱、治った訳でもないのに

抱かないって言ってたのに、


なかなか解放してくれなかった



もしかして
秋久さんの言っていたこと

気にしてたのかな

嫉妬してくれたのかな、なんて


可愛くて嬉しくて愛しかった



兄さんの愛で

幸せで幸せで蕩けそう、


毎日幸福過ぎて、

どうにかなりそう



大好き、

2019/01/31(Thu) 15:56 

◆no title 

あれからずっと寝込んでた


もう今が何日で
お昼か夜か朝かもわからないくらい
ずっと起きては眠っての繰り返し、

熱が下がらなくて
喘息で苦しくて

何度も嘔吐で意識失って

夜中に発作起こしてのエンドレス

また入院生活に戻らなきゃいけないのかと思った


もう三週間近く経っている事に驚いた

あっという間にもう2月、


新しく担当になった先生は
退院して体がほっとして疲れが出たんだろう、って

特に心配するようなことはないので
このまま自宅療養を続けましょう、って言ってくれた

その言葉に何よりほっとした

乃亜兄さんが名医だって言っていただけあって
今までで一番素晴らしい先生だった

優しくて
薬の処方が的確

いつも悩んでいた副作用が大分軽減されて
体本当に軽くなった気がして
痛みも和らいだ

先生の言ってくれた通り、
疲れていたのは本当で

入院中ずっと眠れなくて

気を張って神経張り詰めて
沢山色んなこと考えていたから

やっと帰って来れて

暖かいお家、
ふわふわのベッド、お布団、

広いお風呂に心解けて

体中に幸福を感じた

当たり前の日常にやっと帰ってきて
全身が喜んでるのがわかった

意味もなく気分が向上してたの

張り切り過ぎて
それが駄目だったのかも


兄さんが起きたって日記を書いた後

ずっとソファーで兄さんの膝の上、腕の中、
何もせずずっとずっとくっついてた

穏やかな優しい時間、
幸せ過ぎてずっとへらへら微笑ってた

兄さんは優しく微笑んで
そんな私をあやしてくれながら
PC眼鏡掛けてずっとパソコン、デスクワーク

一通り終わったのか眼鏡外して、
その後は私を胸に抱き込んで永遠にキス、
唇がふやけて、溶け出してしまうかと思った

気付けばとっくに夜になってたの

食事を取って
夜のお風呂に入って
出てきてパジャマを着た後からもう記憶が朧げ、

多分その頃にはもう熱が出てた、


私は嬉熱だと思ってたのに

こんなに長引くとは思わなかった



兄さんは今日までずっと
一日もお仕事には行かずに

ずっとずっと側にいてくれたの

ずっと一日中
看病してくれた


俺が無理させたからだね
ごめんね、ってしきりに

兄さん気に病むから悲しくて、

違うのに、
こんなのただの知恵熱のようなものなのに

あんなに幸せだった夜の事、
ほんの少しも後悔なんてして欲しくなくて

私自身
熱で情緒不安定で、

そんなこと言わないで、って
寂しい悲しいって、

もう抱いてくれないの…?って
泣いて縋ってしまった

今思うと恥ずかしい、

自分でも何に泣いてるのか
何を嘆いて何を言っているのかよくわかってなかった

あんまりしっかり覚えてないけど

兄さんは私の頬包んで涙を指で拭って
濡れる目尻、頬、鼻先や額に

かわいい、って
顔中に優しくキスを落としてくれた

愛しさ溢れて
とても足りなくて

唇を追い掛けて
深く重ねて強請ったような気がする

澪、
今日は駄目だよ、って

そんなに頻繁にしたら
お前の体が保たないから、って

兄さんは優しくあやしてくれたけど

あの日愛してるって伝えられた日のこと

昨日のことだったのに
もうなんだか夢だったようで

不安で
涙が止まらなかった

兄さんは

もう、いけない子…
仕方のない子だね、って優しく微笑んで

困らせる我儘な私のこと
受け止めて受け入れてくれた


そんなに甘えてどうしたの、

かわいい澪

いつもそんなに素直だと分かりやすくて良いんだけれど、って


何度も兄さんからキス、

甘い甘い、
私の事溶かしちゃうような濃密なキス

熱に浮かされて
その度にもっとって

何度も強請ってしまった


いい子だね、って


感じて、薔薇の匂い
強くなってきたね、って

兄さんの手が胸や脚を這う、
首筋や鎖骨、耳にまで口付けが落とされて

また唇に戻ってきて
呼吸ごと塞がれて

絡め取られて啜られて


色香に満ちた兄さん

少しだけ息乱して

熱い瞳を瞼で覆って、薄く苦笑い、


ああ、辛い

このまま抱きたい、

全部舐めたい、って掠れた甘い声、


胸が締め付けられた、

体の事なんてどうでもいい
愛してるって兄さんでいっぱいにして欲しい

昨日みたいに


足りないよ

抱いて欲しいって唇を重ねた、


入れたい、けれど

流石にこんな熱のお前に無体を働けるほど、
俺は人でなしではないよ、って

まだそこまで狂ってはいない、って


額にキス、



理性が24時間勤務の兄さんが
いっそ恨めしかった

私を見つめて
優しく微笑んで

澪、
安心して

お前はちゃんと楽にしてあげるから、って



兄さんがくれたのは口と指だけ


寂しくて嫌だって泣いた



どうして?

澪は俺の手が大好きだろう、って囁くの


昔から何かにつけて
澪は俺の手ばかりよく見てる、


俺以外の人間のもね、って責めるような低い声、

ぞくぞくする




澪のフェティシストは
手と口と人の声、

それから音、


舐め立てて啜って、吸い付いて、
はしたなく、いやらしく舐めしゃぶるような音、

唾液を飲む、嚥下音にすら反応して、

軽く触れたまま
耳を舐めるだけでお前はすぐにいってしまう、って

囁くの耳元で




お前は俺の手、指と、

俺の声が好き


何よりも

俺のキスが
お前は一番好き、って


ゆっくりと噛み付くように深く唇を塞いで
わざと音立てて追い詰めて


抗えずに何度も押し上げられて

そのまま落ちるように意識を手放した


愛してる、
俺のかわいい、澪、って声を聞きながら





…何を書いてるんだろう、

なんてはしたないことをだらだらと、

今もきっと私まだおかしい、
熱と薬でおかしくなってる



朝になって、
熱で汗で体が不快で

兄さんは寝惚けた私を抱っこして
お風呂に入れてくれた

髪を洗って
とても丁寧にトリートメント、
美容液を髪に浸透させて

体もふわふわの泡で
私が大好きな薔薇のボディソープで
全身をくまなくぴかぴかに磨き上げてくれる

兄さんが買ってくれていた、
ピンクと白のリボンとレースのふわふわのパジャマワンピース

可愛いパジャマ着せてもらって
髪まで乾かしてくれて、

また髪に美容液、
ボディミルクまで、

お人形になった気分だった

兄さんは昔から
こんな風に慈しんで世話を焼くのが好き

最初は抵抗してたけど

趣味だって、生き甲斐だって
一種の性癖のようなものだから好きにさせてって

私に関する物次々に買ってきて没頭するの

あまりに熱心だから
これだけは素直に甘えるようになった

何よりも
薬や下がらない熱の所為で

意識がふわふわのまま
いつまでも目が覚めてくれなかった

身を任すしかなかった

気持ち良くて

そのまままた眠ってしまった


夜中には兄さんは眠っていて、

私を胸に抱き込んで
綺麗な顔で眠っていて

愛しくて幸せで恋しくて
ずっと眺めていたかった



そんな風な時間を

そんな風に同じような満ち足りた毎日を

あまりに穏やかで幸せなそんな日々を、
今日までずっと繰り返してた

こんなに幸せな時間なら
永遠に繰り返してもいいくらい
幸せでしかなかった

熱下がらなくても
喘息嘔吐が治らなくても
少しも辛くなかった

体調良くないのに
本当に少しも辛くなかったの

兄さんがいてくれたから
兄さんが優しく包んでくれるから

ほんとうに心から幸せ



今日はやっと意識を保って
日記が書けるくらい熱も下がっているから

眠る兄さんを横目に
これを書いてる、


携帯を見てたら
いつの間にか意識を失って
気付いたら何時間も経ってたループも

あの日から今日まで
何度繰り返したかわからない


起きていたいのに、
もうまた眠い、


兄さんも
熱が上がるから駄目だよ、って

携帯触るの許してくれるのは
絢斗さんに返事を書く時くらい、

あとは
ちゃんと眠っていて、って

許してくれないの


兄さんは

どうしてお仕事に行かないの?

どうしてずっと一緒にいてくれるの、

もう何週間も、
大丈夫なのって何度聞いても


お前が良くなってから話すよ、って

今はこの高熱を、
下げることだけを考えて、って

そんなの
余計に気になって熱が上がりそう、

優しい心配性の兄さん、

大好き
このままずっとそばにいてほしい、

何処にも行かないで、
ずっといつもとなりに、

隣より近くで
抱き締めて離さないで欲しい


もし四六時中ずっと、

もしも永遠にずっとこんな風に
抱き締めて欲しいって言ってしまったら


兄さんは呆れて、疲れて
優紀子さんのところへ行ってしまう?



兄さんがお仕事へ行くのは、

私を養う為でもあるのに、

仕方のない事なのに
感謝すべきことなのに


それでも離れていたくないって
思ってしまう、





どこにもいかないで、



愛してる、兄さん


時間が止まればいいのに、





ずっと一緒にいたい

2019/01/31(Thu) 02:52 

◆no title 

12時半頃
兄さん起きたの

目を開けて
澪、って私を抱き締めては
また目を閉じて暫く微睡んでた

いつもはすぐにさっと起きて
ぼーっと寝惚けたりなんてしないのに

よっぽど疲れてたんだね


見つめたまま
澪、って何度も呼ぶの

兄さんって呼び返したら

頬撫でて額にキス、




体、辛くはない?、って


平気?、って

労わるように抱き寄せて
優しく包んでくれる

兄さんが起きて
一番目に気に掛けるのは
いつも私の事、

兄さんの方が
きっと疲れてるはずなのに

本当にどれほど優しいの


まだたった一日だけど

昨日より
ずっと入院していた時より
不思議と体軽く感じるの

幸せだからかな

だけど
まだ体の中頭の中ふわふわする
朝まで兄さんに愛されて


恥ずかしくて
そんな事言えなかったけど


優しい瞳で私を見つめて


澪が家にいる、

俺の可愛い澪が家のベッドにいる、


やっとだ、

やっと帰って来てくれたね、って

嬉しそうに微笑んでくれるの

おかえり、澪、って
抱っこしてリビングのソファーまで
連れて行ってくれる

私の大好きなホットミルク
ずっと飲みたかった、兄さんが入れてくれるホットミルク


とても優しい、幸せな味がした


優しい兄さん

夢みたい、


幸せ過ぎて

天国みたい、

2019/01/12(Sat) 21:57 

◆no title 

出張で疲れてたのかな

そんな時にこんな事で負担掛けて
ごめんなさい、兄さん

お酒も沢山飲んでたみたいだから
二日酔いのお薬とお水取ってきた、

私が先に起きるなんてこと
滅多にないのに

今もまだ眠ってる兄さん

朝からお風呂入ったり
私が長い時間携帯を触ってても
ずっと起きる気配もなかった

さっき少しだけ目を開けて
ぼんやり私を見つめるから

兄さんおはようって言ったら

唇に軽いキス、
抱き寄せて私を胸に抱き込んで
また目を閉じて眠ってしまった

こんなに起きないの珍しい

なんだか可愛いって思ってしまった

愛しい兄さん
会いたかった兄さん

ずっと寂しかった、

早く帰って来て欲しかった

この何でもない時間が
永遠に続いて欲しい、


綺麗な寝顔、

眠り姫ならぬ眠る王子様

私だけの兄さん、


早く起きて微笑んで欲しい

優しい微笑み
ずっと見ていたい

2019/01/12(Sat) 11:57 

◆no title 

あの後も眠れずぼんやり

自分の部屋のベッドから
兄さんがくれた宝物達をただぼんやり眺めてた


真夜中、
秋久さんが帰った後直ぐに

鍵を開ける音が聞こえて
やっと兄さんが帰って来た


だけど

どれほど時間が経っても
兄さんは私の部屋に近付きもしてくれない



心がどんどん冷えていくのを感じた、

もう二度と兄さんが微笑み掛けてくれることはないかもしれない






お風呂に入る音、
部屋を行き来する音、



そのうちリビングから

何かが割れる音が聞こえて

何度も、



気になって

ずっと暫く堪えてたけど

どうしても心配で


心配でリビングへ行ったら

アルコール度数のとても高いお酒の瓶が
幾つか空になってた

きっと一気に呷ったんだって分かる、


何よりも

兄さんは
キッチンのシンクで手を洗ってたの


シンクには割れたガラスが沢山散らばってて




兄さんは左手から血を流してた

凄い量の出血

洗い流しても洗い流しても
どんどん溢れてくる、兄さんの命


真っ赤な血に目眩がした、


息が止まって
絶句して動けない私に

視線を向けて

ただ義務的に
私の事見つめる

いっそロボットみたいに
冷たい凍り付いた瞳で


何の感情も見えない瞳

ただ無機質に私を見つめるあなたは一体誰、


本当に兄さん、?

別人みたいだったの


あんなに冷たい顔初めて見た

あんな風に見つめられた事なんてなかった



やっぱりもう死のうと、思った

あの瞬間
本当にもう今日で死んでしまおうって

簡単に思えた



怯えて固まる私に

兄さん

呆れ笑いみたいに溜息吐いて、視線を背けて

やっと瞳に少し温度が戻った

漸くまともに息が出来る気がした、


お昼起きてからずっと

生きた心地がしなかった




血を洗い流しながら、




俺が怖いの、澪、



理央の血ではないよ、って



兄さん
理央兄さんの所へ行っていたの、…?

怒りを見に纏ったあの足で、
そのまま理央兄さんの所に…?


理央兄さんの事

心配する前に

殺めてないよ、って兄さん



殺してない、

殺してやりたかったのが本音だけれど


殴っただけ

殴るくらい許して

たったそれだけで済ましてやった事
理央には感謝して欲しいくらいだ、って淡々と


よく見たら

血を流しているだけじゃなくて

いつもの白くて
ちゃんと骨張ってるのにしなやかな綺麗な手が

私の大好きな兄さんの手が

真っ赤に腫れ上がっていて




兄さんは

決して人に手を上げたりするような人じゃないのに



あんな風に

わざと人を傷付ける言葉ばかりを選んで

怒りをぶつけたりするような人ではないのに




ぜんぶ、

全部全部私の所為、


ごめんなさい、






そんな顔しないで、

どうか俺にまで怯えたりしないで、って


疲れた瞳で兄さんは私を見つめてた

だけど


安心して、澪
これは俺の血

少し気が立っていて

力の加減が難しくて
グラスを割ってしまっただけだよ、って


それでも優しい声で

私をあやしてくれるの

こんな私を、


こんな時でも、

こんな私の為に、

兄さんは心殺して優しくしてくれる、



だけど
一歩近付こうとした瞬間、


澪、


少し一人にさせて

お前が一番傷付いているの分かってるのに


何の罪もないお前を

今は責めてしまいそうだから


ごめんね

良い子だから
今日は一人で眠って

お前を傷付けたくない、って


まだ血もちゃんと止まってないのに
乱雑にタオルで手をぐるぐる巻きにして


ガラスには触れないで、

後で片すから

澪も部屋に戻って
ちゃんと安静にしてて、とだけ言い残して




兄さんそのまま

一方的に寝室に行ってしまうの


拒絶するみたいに
寝室のドアが閉まる音だけが響いた





割れたグラスは全部ペアグラスの片方



薄いガラスで出来た華奢で繊細なグラス、




私と兄さん二人で使う用に買ったもの、
二人で選んだもの、

もう全部一つずつしか残ってなかった



大事な片割れは

無惨に粉々に割れてたの




動けなかった、暫く


こんなにもはっきりと明確に
兄さんから拒絶されたのは殆ど初めて、







だけどどうしても

血の溢れていた手が心配で

せめて手当てだけでも
させて欲しくて

救急箱と氷袋持って
恐る恐る寝室に足を踏み入れた、


鍵は開いてた


兄さんはベッドで
枕に頭預けて仰向けに寝ていて

怪我してない方の腕で目を覆ってた

全てを放棄するみたいに

力なく横たわって、視界を遮ってた


私が入ってきても
何の反応も見せずに何の言葉も発しない


巻かれたままのタオルが赤く染まってて




とても声を出して話し掛ける勇気はない、



足がすくんで息苦しくて
全身が震えてるのが自分でもわかったけど

そっと近付いて
ベッドの傍に跪いて

タオルを解いて
止血と消毒、


兄さんは何の抵抗も反応もしなかった



静寂の中

手当を終えて

包帯を巻き終えた頃、


視界を覆ったまま

兄さん怪我してる方の手で

氷で腫れを冷やす私の手を掴んで


自分でも分かっていたよね
澪、お前はずっと様子が変だった、って

静かに言葉を零し始める




俺が気付かないとでも思ったの

あれからいくら電話しても何を話しても
心ここに在らず、泣きそうな声で

何かあったんだと
すぐにわかったよ、って



漸く仕事を一旦切り上げて、

帰ろうと決めた日に

秋から連絡があった


出張はいつから行ってるか
いつから澪に会ってないか聞かれた

何故か聞いてみれば


澪、お前の首筋に、胸元に、

鬱血痕があった、と


両手首にも見慣れない痕がある、


なによりも
明らかに澪の様子がおかしい、と


それが昨日、
もう一昨日になるのかな


そのまま慌てて帰って、今日朝一番

秋の言う通り、
眠るお前の体に

キスマークが付いてた

胸にも
内腿にも


血の気が引いた




お前の担当の看護師は

入院当初から挙動不審な言動、
泳ぐ視線が目に余っていた

もっと注意すべきだったものを、
仕事を言い訳にして、よく調べもしなかった、


一度試しにと、カマをかけて脅したら
呆気ないほど簡単に自白したよ

その時はまさか
理央の名前が出てくるとは思わなかったけれど

あまりに泣いて保身ばかりを嘆くから

こんな女の所為で
澪は傷付いたのかと思うと

本気で一瞬、

殺してやろうかと思った、って



時折笑いさえ浮かべて

ただずっと振り返るの


声に後悔や絶望が滲んでて

痛々しくて
聞いてられなかった
見てられなかった




お前が書いてる日記も見たよ



死にたくなった、って




その一言で

涙が我慢出来なくなった


ごめんなさい、


ごめんなさい兄さん…








澪、

ねえ何故言わなかったの、って






俺はそんなに頼りない?


お前を守りたい一心で俺は生きてる、

それが何故、
お前だけには伝わらないの




後何度傷付けられるの、


守れなかったこの怒りを
俺はこの先後何度味わえばいい、


どれほど手を尽くせば
お前は幸せになってくれるの、って








決してお前の所為ではないけれど


同意の上の行為ではない事

勿論分かっているけれど


発作を起こして死ぬかもしれない事、
本当に分かってる?、澪、


自殺行為ですらある事、

人並みの体ではない事、
お前には体には毒だって事、


ちゃんとわかっているの、澪




何故言わなかったの

何故言ってくれなかったの


ほんの少し声に出すだけで
今は直ぐに助けてもらえる環境だと、わかっているだろう

漸くやっと、
そんな環境をお前に与えられたのに

俺がいるのに

その為に俺がいるのに、


澪、何故黙っていたの、って



返す言葉がなかった


大切な兄さんに

優しい優しい兄さんを

こんなにも傷付けた、


私は私自身に、
もう何の未練も何の希望もなくなった、


ただただ涙が溢れて止まらない

こんな自分が心底大嫌い、
憎くて堪らない、




いつのまにか兄さん
こっちを見ていて

起き上がって
私をベッドの上に抱き上げて引き寄せて

頬包んで目と目を合わせて

真っ直ぐに見つめて


澪、お前にとって

俺は何、って



切実に問い掛けるの




同情で傍に居てくれる優しい兄さん?
贖罪で面倒を見てると思ってる?

澪以外の他の誰かを恋人にすれば、
澪じゃない人間を妻にすれば、


優紀子を抱けば、

澪、お前はそれで満足なの?


もう澪は、俺を要らない?



愛しているとは

どうしたって伝わらない?





もううんざりだと、

嫌いになったと、言われる方が

澪は容易く信じるんだろうね






それならいっそのこと、

もう離れて暮らそうか、



お前を救った貴の所へ、行きたい?って



息が止まった

本当にもう、終わりなんだって思った



絶望、




涙さえ止まって
ただ空虚に満ちた私を見つめて



兄さん悲痛に瞳を揺らして逸らして

顔を背けて、




ごめん、って


労わるように私の頬や髪を優しく撫でた後

そっと手を離して離れていくの


ごめん澪


一人にして
自分の部屋に帰って、澪


ごめんね

今日は隣には居てやれない
優しく出来ない

傷付けたくないんだ、って


それでも動かない私に




お願い

良い子だから聞き分けて、澪、



でないと





抱いてしまうよ
理央みたいに、って


振り返って

また冷たい瞳で見つめる、



心がついていけなくて



怖いんじゃない、
悲しいの、


兄さんからのもう何度目かの拒絶に

体、心、全ての細胞が悲鳴を上げていて


だんだん体の中、頭の中、
自分ではコントロール出来なくなってくるのを感じた、

奥底から
とても邪悪なものが這い上がってくるような
吐いてしまいそうな

自分が自分ではなくなる感覚、


居ないはずの、
沢山の心無い声が聞こえた、

何度も何度も、



これはとても良くない傾向、

だけど

私はそれを抑え込む術を知らない


だってその術は
ずっと今日まで、


兄さんがしてくれていた事だから、





酷くされたいの、って
脅しともとれる言葉にも

もう何の反応も出来ない私に

兄さんは呆れたように
疲れたように溜息吐いてまた背を向けて

どんどんベッドから私から離れて


ドアに向かっていくの



兄さんが離れていく、

私から、



心がもう限界だった、




すぐそこまできているのが分かった、





澪、

俺がお前を滅多に抱かないのは

性的対象として見てないからだって
澪、お前は思ってる

自分が強請るから
兄さんは仕方なく応えてくれているだけだと

どうせ昔からいつも
そんな風に思っているんだろう?澪は


澪は馬鹿、

何故わからないかな


澪、俺はお前を失うのが怖い


死なせてしまうかもしれないこと、
どうして俺が出来ると思う?

必死に抑え込んでいるのがわからない?


あまりに細くて軽くて脆い、

あまりに小さくて儚い澪、お前を

壊してしまうのではないかと
死なせてしまうんじゃないかと

俺はいつだって怖いんだ

何度触れても馴れない、


だってそうだろう、

只でさえ触れれば
トラウマを引き起こすのではないかと、
フラッシュバックの元になるのではないかと

触れる度に
怯えた目で俺を見つめたりしないかと
澪、俺は怖くて



それなのにこんな、

こんな事を望んでいるのではないよ、って怒りに震えた声


奪われる為に、
我慢しているのではないよ


貴や理央に

俺ではない輩に
お前を弄ばれる為に

俺はお前に触れないのではないのに、




思い出して欲しくないんだ

俺はお前に
これ以上何も思い出して欲しくないだけ



澪、お前は

本当に辛い記憶は忘れてしまうって、

俺は何度も言っているよね、って




背を向けて言葉を重ねる兄さんは

私のSOSに気付いてくれない


やめて、

もうやめて、、お願い兄さん

それ以上言わないで


抑えられない、

どうにかなりそうだったの、


兄さん行かないで
抱いて欲しい、抱き締めて欲しい、

捨てないで



助けて、




これ以上聞いたらいけない、それだけはわかった


だけどもう手が届かなくて
動けなくて

もう視界が目の前が
どんどん黒く真っ暗に染まっていってて

兄さんって声を掛けても
息を吐くのと変わらないくらいの声しか出なくて

遠い兄さんにはもう届かなくて

息が出来なくて
胸が痛くて心臓の音どんどん大きくなっていって



頭の中ガラガラと崩れて
マグマが溢れ出てくるような熱、




お前は貴の事しか覚えてない、
けれど違う

理央や貴秋だけじゃない、

離れに居た頃、

あの頃お前は、澪、
俺が気付いた頃には毎晩、、って言われた瞬間、


落ちていくのを感じた

確かにベッドの上にいるのに
大きな穴が開いて、奈落の底に落ちていくような衝撃



兄さんが我に返って口を噤んだあの瞬間、


真っ暗だった目の前が

真っ赤に染まったの



心臓から全身にかけて
とても激しい雷が迸るような激痛

叫ぶような酷い音の耳鳴りがして
頭の芯が割れるように痛くて


頭の中
腫れ上がったものが破裂する
沸騰した液体が溢れ出す感覚が襲う刹那、


赤色に染まる視界に
ゆっくり私の離れの部屋が見えた、


真っ暗な離れの部屋の
揺れる天井と


大きな人影がぼんやり見えたと同時、


生死の危機を感じた瞬間、




澪、澪、

澪、って

私の肩、体を揺さぶって
必死に私を呼び戻す兄さんの大きな声で

引き揚げられるように光が見えて




視界も耳鳴りも離れも消えた




寝室の照明が眩しくてちかちかして



ベッドの上、

泣きそうな顔で必死に私を見つめる兄さんが見えた


兄さんは
私の元に戻ってきてくれてた

気付いてくれたの…



ごめんなさい、





たった一瞬だったのに
痙攣に冷や汗に過呼吸が止まらなくて


フラッシュバックを
こんなにも明確にはっきりと感じたのは初めてで

いつもは全部解離して忘れてしまうのに




たった一瞬だったけど


あれが私の忘れている記憶だってわかった



ほんの一瞬しか見えなかったから

あの暗い部屋で
何があったかまでは少しも思い出せなかったけど


兄さんの言いかけた言葉、

理央兄さんの言っていた事で
なんとなく想像出来た





私には後いくつ忘れている記憶があるんだろう



兄さんはその胸に

その心に

後いくつ私の代わりに

こんな地獄を仕舞い込んでいるんだろう



呼吸の整わない私の頬を
震えた手で包んで、

怯えたように睫毛を震わせて瞳揺らして、


澪、澪

ごめん


ごめん、

思い出さないで


いいんだ、忘れていて

忘れていて欲しい、


ごめん澪

澪、どうか忘れていて

何も思い出さなくていい、

ごめんね

お前の所為ではないよ
お前が悪いのではないのに、

どうかしていた…


ごめん澪、

何も思い出したりしないで、

忘れてていいんだ
忘れていて欲しい、







あんなもの、


覚えているのは俺一人で充分だ、って




この世の終わりみたいな絶望した瞳で私を見つめたまま

くしゃりと顔を歪めて

宝石みたいな綺麗な涙、溢すの



震えたままの手で
怯えきった心のまま、私を抱き締めて

ごめん澪、って何度も懺悔を繰り返して


嗚咽や声を殺して

ただただ泣き暮れるの、兄さん






私の過去に

私のトラウマに

誰よりも一番苦しんでいるのは

兄さんだと思った



今も尚過去に囚われ

呪縛に苦しんでいるのはこの人だと思った




その胸に


一体
どれほどの苦しみを抱えて

兄さんあなたは生きてきたのか



どれほどの思いを殺して

私を守り、慈しんできたのか



どんな心で今日まで

私を優しく見つめてきてくれたのか



あなたはたった一人で

私が忘れている記憶さえ全て背負い込んで

今日までこうして戦ってきたの、




私の代わりに

あとどれほどあなたは苦しんできたの





優しい心に

苦しみ抱えて、痛み堪えて、悲しみ殺して


私の為だけに、


ずっとあなたは生きてきたの、





なんて悲しい愛だろうと思った




心の中、体中に

兄さんの温かい優しい涙が

染み渡っていくのを感じたの



霧が晴れて光が見えて

今なら何でも出来る気がした、



この悲しい優しい人は

私がいないとだめなんだって、

素直にそう思えた




兄さん、

惟人兄さん、
私は此処にいるよ、って


兄さんの頭抱え込むみたいに
膝立ちになって兄さんの首に手を回して

私が持つ限りの力と愛を込めて
兄さんを抱き締めたの

心臓の音、聞こえるように
私の体温や呼吸が兄さんにちゃんと伝わるように





兄さん、

ずっとそんな風に苦しんでたの、?


私の為に私の代わりに


兄さんは今もずっと一人で

あの離れにいたの?、って





兄さん

ねえ兄さん大丈夫


大丈夫だよ兄さん

ちゃんとここにいるよ私
私は死なないよ


そんな簡単に壊れたりしない

もう幼かったあの頃とは違うの


兄さんの澪は、強くなったの


兄さんがずっと守ってくれたから、

ほら

私は今もこうしてちゃんと生きているでしょう




ありがとう、


ずっと守り続けてくれて、





いつの日も

兄さんがいたから

生きてこれたの



私は消えない

兄さんを一人になんてしないの

置いて逝ったりなんて、しないよ





幸せだよ
私は今もあの頃も
ずっと兄さんがいたから、


怖くないよ

壊れない

死んだりしないの絶対


兄さんがいる限り、

たとえどんなに辛い事があっても

兄さんがいてくれるなら

私は幸せだって、心から言える



兄さん、

私はもうとっくに幸せなんだよ
兄さんあなたがいるから

ずっとずっと、

ちゃんと幸せだったんだよ

兄さんあなたのおかげで






優しい兄さん、



もういい、


ずっと頭にあったもやもや、

今は凄く小さな事だって思えた、



もう兄さんが誰を好きでもいい、


私のこと
どんな風に好きでももういい、


たとえ今日嫌われてしまったとしても

兄さんは私のこと
もう嫌になっていたとしても

もうそれでいいの


兄さん




ねえ兄さん


ねえ大好き


私は兄さんが好き


兄としてじゃなくて

ずっと小さな頃から

兄さんが大好き



兄さんが私の王子様


兄さんだけのお姫様になりたい、



兄さんが大好きだから


どうせ死んでしまうなら

私は兄さんに殺されたい


兄さんに抱かれて
兄さんの腕の中で死ねるなら

本望だもん


惟人兄さん


兄さん愛してる





やっと言えた、



私は兄さんが好きなの



心から兄さん

あなたを愛してる、



愛してる兄さん
大好き、って


溢れ出す想いとあまりの幸福に
自然と笑みが零れて

涙溢れて



兄さんの頬を包んで

茫然と愕然とする兄さんの瞳を見つめて


いつも兄さんがしてくれるみたいに

額や頬、目尻や鼻先、

兄さんの顔中に
慈しむように何度も何度もキス


唇に生まれて初めて
自分から唇を重ねた、



笑顔が抑えられなかった


どんな反応が返ってきたとしても

消えよう離れようとは
もう微塵も思わなかった


たとえ拒絶されても

それなら今度は私が兄さんを愛そうと、

与えられた以上の愛を
これから毎日、私から届けていこうって、
躊躇いもなく思えた


もう何も少しも怖くない

こんな気持ちになったのは初めて、


辛かった今日、今この時まで、

全て意味のある事だったと思えた





泣きながら微笑う私を依然呆然と見つめたまま

兄さんはほろりと涙零して、


やっとママを見つけた迷子の子供みたいな



とても表現出来ないような表情、


顔を歪めて

澪、

本当に?って


愛しくて堪らなかった

笑って頷いて
もう一度唇を重ねたら



ああ、澪、

どうか、


もう一度言って、澪



もっと言って、

澪、


澪、澪、

みお、って


深い深い口付け


愛してるって言いたいのに
言い終える前に唇を塞がれる

その度に熱い口付けが降ってくる


もっと、
もっとだよ、澪、って


その程度ではとても足りない、って


抱き上げて掻き抱いて


そのままもつれ込むように
ベッドに沈められた


怪我が心配で

兄さん待って、って言っても


もう待ったよ、って




もう十分待った

これ以上は待てない、


ずっと待ってた

もう一度、
澪の心が花開くまで、

もう十年以上も
待っていたんだよ



澪、


早くもっと、


俺に愛を捧げて、って


体中にキスの雨、



声が枯れるくらい
何度も

何百回と
愛してるって伝えた


兄さんだけだって、

兄さんの望むまま
誓いを心を、体を捧げた


朝になっても
兄さんは離してくれなかった

本当に死んでしまうかと思ったの



兄さんに
殺されてしまうかと思った、幸せ過ぎて






澪は決して穢れない、


何度汚され踏み躙られても

何度翼を折られても


お前は絶対に心を汚さない



その度に強く美しく

より一層真っ白な翼を再びその身から生み出して


何度だって

俺のもとに舞い降りてきてくれる、


そんな澪だから

俺はお前だけを、愛しているんだよ、って


兄さんは優しく優しく囁くの




澪、


ずっと一人にしてごめん


不安にさせてたね
苦しかったね


寂しい思いをさせてごめんね






会いたかった

愛してる、




ただいま、澪、って



私の一番望んでいた言葉を、


優しい微笑み、優しい瞳

優しいキスと共に、




兄さん


帰って来てくれてありがとう




ずっと待ってた


ずっと会いたかった、





もうどこにもいかないで、




大好き、兄さん

2019/01/12(Sat) 11:43 

◆no title 

兄さんが病室を去って
秋久さんが来るまで

ずっと立ち尽くしてた


秋久さんは
病室に来て

放心状態の私を見つけて
瞳だけで私の心の中、直ぐに察して

焦ったように
澪、って駆け寄って


覆い被さるみたいに
全てから遮断して守るみたいに
私を包み込んで抱き締めてくれた


抑え込んでたダムが崩壊したみたいに

涙が意図せず溢れ出た




落ち着いて、

早まらないで、
気を確かにもって、澪



死んでは駄目だよ、って




惟人は

あなたが嫌になったのではないよ、って



あなたを捨てたりしない、

少し、気が立っているだけ

ちゃんと直ぐにあなたの元へ
帰ってきてくれるよ、って

これ以上ないほどの優しさを込めて
必死に愛情を伝えるように抱き締める力を強めて

背中さすって
髪撫でて慰めてくれるの


私の考えていた事
全部当ててしまう、


優しい秋久さん


出会った幼い頃から
学生の頃までは

ずっとからかうみたいに

シンデレラとか灰被りとかお姫とか
特に妹ちゃん、って呼ばれてた


兄さんの妹、だって、


あなたは
惟人の妹でしかないんだよ、って


従兄妹の妹、
それ以上でもそれ以下でもない、って


向けられる微笑みの中の、

鋭い蔑みがずっと怖かった



だけど

いつからか、


ここ最近はより一層、

優しい優しい声で

自分の娘を呼ぶみたいに


澪って、呼んでくれるようになった


私を心に入れてくれるようになったのは秋久さんの方、


兄さんの妹としてじゃなく
ちゃんと一人の人間として

澪として私を受け入れて、
心から接してくれるようになったのは秋久さんの方、



私を大切だって思ってくれたから

私も秋久さんが大好きになったの



優しい優しい秋久さん


だけど秋久さん、


だけどもう駄目なの…

兄さんは

許してくれない、


目も見てくれなかった、

話も聞きたくない、って

わかるの、
あんな兄さん初めてだから、



兄さんは
行ってしまう、


優紀子さんのところへ、




せっかく心臓治せても、

兄さんが喜んでくれないなら

兄さんと一緒じゃないなら

何の意味もない、、



何の意味もなかった、

伝えても届けても
やっと分かり合えたと思っても、
私は結局人を不幸にする事しか出来ない、

理央兄さんにも乃亜兄さんにも

兄さんにも、届かなかった、

全部意味なかった無駄だった、


もう私には何もない、


兄さんはもう、
私の兄さんじゃないの、


私は誰にでも体を開く
はしたない汚れた子だから

こんないやらしい体だから
兄さんはもう嫌になったの、

もう二度と笑ってくれない

だから言えなかったのに、って



溢れ出る恐怖を抑え込む事すらせずに
思うまま感じるまま声に出して嘆き悲しんでしまった


秋久さんは
そんな事ないよ、って

ずっと抱き締めたまま

優しく相槌を打って
ずっとずっとあやしてくれたの


それはただの体の防衛本能、

女性の体は繊細な分、
大切な器官が傷付かないように

ちゃんと反応するよう元々作られているだけで

あなた自身がはしたないからではないよ、って


違うの、
それだけじゃないのって言ったら

澪、

大丈夫、って


あなたが愛する惟人ではなくとも
感じて達してしまうのは、

幼い頃から
そう強要され続けてきたから


望み通りに反応しなければ
言われた通り行動しなければ
酷い目に遭わされるとその身に心に
痛い程刷り込まれてきたから、

人間の体は
高い順応性と適応性を持ってる

あなたのそれは順応性、

本能的に
生存する為、生きる為に、
身体は少しでも楽な方を選ぶよう出来てる

繰り返される苦痛が
出来るだけ早く軽く済むように

相手の機嫌を決して損なわないように

あなたの体は行為に、
ただ必死に馴染んだだけ、

あなたが覚えていなくとも
あなたの体はちゃんと覚えてる


ずっと命の危険と隣り合わせだったから


決していやらしいからなどではないよ、って

優しく微笑んでくれる


あなたが貴秋や義兄に持つ感情も

完全なるストックホルム症候群、


悲しいけど
元に戻すことすらもう不可能なほど

あなたはただ、深く深く洗脳されてるだけ


惟人は今その事実に
改めて絶望してるだけ


壊れたあなたの心を思って、怒りに震えてるだけ


あなたの所為ではないよ


何も不安に思う事なんてないよ、澪


僕がこうして此処へ来たのも、
惟人の意思からだよ


自分が帰るまで、
あなたが自傷したりしないよう

自分の代わりに、
優しく抱き締めて寝かし付けてって言われてる


これまでの経験、
キャリア、スキル全てを活かした、
僕が出来得る最大限の力で、

澪の何よりの心のケアを、って
託されたんだよ



それが何故かわかる?

どうして惟人がほんの一時でも
僕にあなたを託したか、

わからない?


とてもシンプルで簡単な事、


惟人はあなたが何よりも大切だから、


自分の感情で、
理不尽にあなたを傷付けないよう、

今にも壊れそうなあなたを、
自分の怒りで、失ってしまわないよう、

惟人は今、戦っているんだよ





惟人が必死に守るあなたを、これ以上

どうか傷付けないで、澪、って



抗えなかった自分自身を
どうかもう許してあげて、って



優しく優しく
語り掛けてくれるの



これから先が不安?

あの惟人が
あなたを捨てる訳ないけど、って

秋久さん笑って私の頬を包んで視線を交わらせて


だけど
もし本当にそうなら、

あなたは僕がもらってあげる


本当にそうなったら

僕の家でずっと暮らせばいい、って


僕の妻は
皐は、母性の塊のような人だから

きっとあなたを妹のように可愛がってくれるよ


優しい可愛いあなたになら
娘や息子もきっと直ぐに懐くよ

僕の家族になって、って


これは惟人に託されたから言っているのではないよ

僕の心からの提案、

捨てられるとしか思えないなら、
僕があなたを拾ってあげる


僕も皐も
ずっとあなたのような
可愛い妹が欲しかったんだ、って





澪、



ずっと一人でよく頑張ったね、って





まずは家に帰ろう、

惟人と、あなたの家に、って


抱き上げて
優しく微笑んでくれる


全てを許容するような、
何もかもを許してくれるような微笑み

優しい兄さんとまるで重なって、










痛いほど身に染みて、

涙が止まらなかった、

2019/01/12(Sat) 02:04 

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