- 短編 -

□[惚れた弱みです]
1ページ/1ページ




 茂みの奥にタバコの煙を見つけて、駆け寄る。

 案の定、そこには探しまくっていた幽助の姿があって、わたしはほくそ笑んだ。


「隙あり」

「うぉ!?」


 ガバッと馬乗りになって押さえ込もうとするけど、あっという間に形成逆転。わたしの体は簡単に押さえ込まれる。


「ぎゃ!」

「隙あり、じゃねーよ。人の一服邪魔しやがって」

「うぅ…離してよぉ」


 あぶねぇだろ、そう言って幽助が身を離す。

 え?、と顔をあげると、タバコを持つ手がずっと遠くにあった。幽助は片手でわたしを押さえ付けたらしい。

 何? わたしにタバコの火が当たったりしないようにしてくれた? それに気づいて、瞬く。

 5度ほどゆっくり瞬いて、一気に悔しさが込み上げた。


「あぶないって、なによ…」


 タバコの煙をくゆらしながら、幽助は振り向かないまま答える。


「なんだよ」

「ずるい!」

「なにが」


 幽助がめんどくさそうに眉をしかめて、顔だけ振り向いた。

 …だって悔しいじゃない。

 片手で簡単に押さえ込まれたことも。あぶないとか、未だにわたしを気遣うことも。女の子扱いすることも。

 …悔しすぎるじゃない。


「わたし、本気で幽助と勝負したいのに」

「俺は女とはケンカしねぇ」

「ケンカじゃなくて、勝負!」

「俺に勝てると思ってんのか」

「してみなきゃわかんない」


 わたしは拳を握りしめた。

 幽助はちゃんと理由だって知ってるくせに。幻海師範の弟子になりたくて、そう師範に言ったら「幽助に勝てたらな」って言われたこと。

 わたしには時間がなかった。こう見えても、わたしはとある道場の跡取り。あと1ヶ月後に迫った試合に勝たなくては、道場は潰されてしまう。


「幽助…わたし、本気なの」

「……」

「一回、本気で勝負してくれたら、もうつきまとわないから…」


 幽助はそっぽ向いたままだ。無言が続く。

 やがてタバコを足元に落とすと、靴でもみ消す。


「無理だ」


 今までで一番固い声だった。その瞬間、わたしの中で何かが砕かれた気がした。


「嫌──!」


 気づいたら、わたしは再び幽助に飛びかかり、その体を押し倒していた。

 幽助は今度は抵抗しなかった。寝転んだ体勢のまま黙って、ジッとわたしを見上げている。

 その瞳に向かって、わたしは切実に想いを吐き出した。こぼれた涙と一緒に。


「わたしのこと、女じゃないって思って…!」

「無理だ」

「幽助…っ」


 押さえつけていたのに、幽助は簡単にわたしの手を振りほどく。そのまま馬乗りになっているわたしの腰を抱いた。


「おまえは女だ」


 響いたセリフ。事実を告げる声。わかってる、そんなこと。ずっと、女なんかに生まれてこなかったらいいと思って生きてきた。悔しくて、ますます泣けてきた。

 涙のせいで視界がにじむ。幽助の顔が見えなくなる。するとそのままグイッと、腰を引き寄せられた。


「──!?」


 気づいたら、押し倒していたはずの幽助の腕の中。

 なにこれ…。これじゃまるで、抱きしめられてるみたいな…


「女だろ」


 耳のすぐそばで、幽助の声が聞こえた。吐き出された幽助のため息が、わたしの耳にかかる。



「俺は男に惚れる趣味はねぇ」



 観念したみたいな声だった。それにぶっきらぼうだった。

 それなのに、その後でわたしの体を抱く手に力が込められたから、わたしはいよいよ焦ってしまう。

 え、なにそれどういうこと? なに言ってるの?

 だけどわたしの口からは全く声が出てこない。それにしても、さっきからやけに心臓がドキドキして苦しい。

 武術ばかりしてきたわたしには、不可思議すぎる感情。


「……何か言いやがれ」

「しょうぶ、して」

「おまえな」


 呆れたみたいにつぶいた後、幽助の体が震え出した。今度は笑ってるらしい。何ソレ…。


「おまえってヤツはよ…」


 わたしの体を抱きしめたまま、身を起こす。


「もうつきまとうのやめるとか言うんなら、ぜってぇ勝負なんかしてやんねぇぞ」

「───、」

「一生、しねぇ」

「へ?」


 目をそらしていた幽助が、やがてわたしを見て「アホ面」とつぶいた。そして、反則なほどに眩しい、眩しすぎる笑顔をわたしに向けた。


「だから一生、つきまとえよな」


 どんな修行のときよりも激しい動悸がわたしを襲う。──その理由を、幽助の笑顔の中に見つけた気がした。







 後日、幽助が門下生のふりして出てくれた試合は圧勝だった。ということで、わたしの道場は円満存続。

 なんだ、初めからこうお願いすればよかったね。


 ──いやいや、やっぱりこれって反則でしょ?


 






 もしも、戦ったら?
 おまえが勝つだろ。
 なんで?
 ……わかれよ。

 惚れた弱みです
 不戦敗!


 


* end +


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ