茂みの奥にタバコの煙を見つけて、駆け寄る。
案の定、そこには探しまくっていた幽助の姿があって、わたしはほくそ笑んだ。
「隙あり」
「うぉ!?」
ガバッと馬乗りになって押さえ込もうとするけど、あっという間に形成逆転。わたしの体は簡単に押さえ込まれる。
「ぎゃ!」
「隙あり、じゃねーよ。人の一服邪魔しやがって」
「うぅ…離してよぉ」
あぶねぇだろ、そう言って幽助が身を離す。
え?、と顔をあげると、タバコを持つ手がずっと遠くにあった。幽助は片手でわたしを押さえ付けたらしい。
何? わたしにタバコの火が当たったりしないようにしてくれた? それに気づいて、瞬く。
5度ほどゆっくり瞬いて、一気に悔しさが込み上げた。
「あぶないって、なによ…」
タバコの煙をくゆらしながら、幽助は振り向かないまま答える。
「なんだよ」
「ずるい!」
「なにが」
幽助がめんどくさそうに眉をしかめて、顔だけ振り向いた。
…だって悔しいじゃない。
片手で簡単に押さえ込まれたことも。あぶないとか、未だにわたしを気遣うことも。女の子扱いすることも。
…悔しすぎるじゃない。
「わたし、本気で幽助と勝負したいのに」
「俺は女とはケンカしねぇ」
「ケンカじゃなくて、勝負!」
「俺に勝てると思ってんのか」
「してみなきゃわかんない」
わたしは拳を握りしめた。
幽助はちゃんと理由だって知ってるくせに。幻海師範の弟子になりたくて、そう師範に言ったら「幽助に勝てたらな」って言われたこと。
わたしには時間がなかった。こう見えても、わたしはとある道場の跡取り。あと1ヶ月後に迫った試合に勝たなくては、道場は潰されてしまう。
「幽助…わたし、本気なの」
「……」
「一回、本気で勝負してくれたら、もうつきまとわないから…」
幽助はそっぽ向いたままだ。無言が続く。
やがてタバコを足元に落とすと、靴でもみ消す。
「無理だ」
今までで一番固い声だった。その瞬間、わたしの中で何かが砕かれた気がした。
「嫌──!」
気づいたら、わたしは再び幽助に飛びかかり、その体を押し倒していた。
幽助は今度は抵抗しなかった。寝転んだ体勢のまま黙って、ジッとわたしを見上げている。
その瞳に向かって、わたしは切実に想いを吐き出した。こぼれた涙と一緒に。
「わたしのこと、女じゃないって思って…!」
「無理だ」
「幽助…っ」
押さえつけていたのに、幽助は簡単にわたしの手を振りほどく。そのまま馬乗りになっているわたしの腰を抱いた。
「おまえは女だ」
響いたセリフ。事実を告げる声。わかってる、そんなこと。ずっと、女なんかに生まれてこなかったらいいと思って生きてきた。悔しくて、ますます泣けてきた。
涙のせいで視界がにじむ。幽助の顔が見えなくなる。するとそのままグイッと、腰を引き寄せられた。
「──!?」
気づいたら、押し倒していたはずの幽助の腕の中。
なにこれ…。これじゃまるで、抱きしめられてるみたいな…
「女だろ」
耳のすぐそばで、幽助の声が聞こえた。吐き出された幽助のため息が、わたしの耳にかかる。
「俺は男に惚れる趣味はねぇ」
観念したみたいな声だった。それにぶっきらぼうだった。
それなのに、その後でわたしの体を抱く手に力が込められたから、わたしはいよいよ焦ってしまう。
え、なにそれどういうこと? なに言ってるの?
だけどわたしの口からは全く声が出てこない。それにしても、さっきからやけに心臓がドキドキして苦しい。
武術ばかりしてきたわたしには、不可思議すぎる感情。
「……何か言いやがれ」
「しょうぶ、して」
「おまえな」
呆れたみたいにつぶいた後、幽助の体が震え出した。今度は笑ってるらしい。何ソレ…。
「おまえってヤツはよ…」
わたしの体を抱きしめたまま、身を起こす。
「もうつきまとうのやめるとか言うんなら、ぜってぇ勝負なんかしてやんねぇぞ」
「───、」
「一生、しねぇ」
「へ?」
目をそらしていた幽助が、やがてわたしを見て「アホ面」とつぶいた。そして、反則なほどに眩しい、眩しすぎる笑顔をわたしに向けた。
「だから一生、つきまとえよな」
どんな修行のときよりも激しい動悸がわたしを襲う。──その理由を、幽助の笑顔の中に見つけた気がした。
後日、幽助が門下生のふりして出てくれた試合は圧勝だった。ということで、わたしの道場は円満存続。
なんだ、初めからこうお願いすればよかったね。
──いやいや、やっぱりこれって反則でしょ?
もしも、戦ったら?
おまえが勝つだろ。
なんで?
……わかれよ。
惚れた弱みです 不戦敗!
* end
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