12/06の日記
22:06
一薬ワンシーン没
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「薬研、薬研、お前は私に、恋さえ教えようというのか。薬研、どうして……」
自分の部屋にいるとお節介たちが薬研との話を聞こうと奇襲を仕掛けてくるため庭の方へと避難した夜中、
手燭を持って離れの裏側へと行くと、当たり前だが誰も居らずついそんな独り言が漏れた
薬研、薬研、
と一期は小さく名前を呼ぶ
つい先日頭を抱えてしゃがみ込んだのと同じ場所で小さく膝を抱えてみると、まるで城内の騒がしさが嘘のように寂しかった
うわごとのような一期の声も徐々に掠れ、独り言さえも音が無くなる
遠くで虫の鳴く音と、誰かの笑い声が聞こえる
蝋燭の火が消えて仕舞えば自分は独りになるのではないかという馬鹿みたいな思いが頭をもたげ、それもいいな、と…
「いち兄!」
声と共に、腕を思い切り引っ張られる
「や、げ…」
「大丈夫か、なんかあったか、体調不良か?どうした」
薬研が畳み掛けるようにそう尋ねるから、一期は慌てて否定した
「いや、ちょっと、涼みたかっただけなんだ、すまない」
腕を引っ張られるままにその場に立ち上がる
しっかりと立ち上がって見せた一期に、困惑と安堵の表情を隠しもしない薬研が気まずそうに頭を掻いた
「一緒に酒でもと思ったが部屋にいないんだと唇を尖らせた鶴丸の旦那に会ったんだ。風呂にも居間にもいないし、大将も知らないって言うから、ちぃと気になって探してみたら、こんなところで、うずくまってるから、……焦った」
言うと同時にはぁっと安堵の溜息を吐く薬研だが、一期の腕を離す気配はない
離すという考えがないかのように、ずっと力強く握っていた
「…すまなかったよ。本当に、ただ、ちょっと外に出てみようと思っただけなんだ。うずくまってたのも、…なんというか、ただの思い付きというか…、深い意味はないんだ、本当に。…心配かけてすまない」
本当にどうしてこんなことをしていたのか、一期本人にもわからないのだ
ただ薬研に多大なる心配を掛けて仕舞ったことだけは理解出来たから、
言い訳のしようもなく吃り、どうしようもなく謝るしかなかった
「わかった。詳しくは聞かねぇけど、俺のせいだろなんて問い詰めたりはしねぇけど、……だけど、いなくなるなら、一声掛けていってくれ」
『いなくなるな』ではなく『いなくなるなら一声掛けろ』という要望がなんとも薬研らしい
一期はそう思い、そして、今もし薬研が自分を見付けて腕を掴んでくれていなかったらと考えると、何故だかわからないがゾッとした
「ああ、わかった、今度からはそうするよ。すまなかった、薬研」
「あぁ、やっぱり俺のせいか」
「……」
一期が否定しなかったところを、薬研は鋭く突いてくる
一期がこのような奇行とも言える行動をしたのは、決して薬研のせいではない
しかしそもそもの原因が薬研にあるのは間違いなくて、だから一期は否定出来なかった
これ以上嘘をつきたくはなかった
「冗談だ。問い詰めたりはしねぇって」
「…お前に言われたことが、ずっと頭にこびりついて離れない。それを考えていたらここに来ていた、それだけだよ。決してお前のせいじゃない。それに本当に、…おかしくなったとか体調不良とかそういうんじゃないんだ。ただ、静かなところへと、そう思っただけなんだ」
一期がもう一度念を押すと、薬研はわかってるとでも言うように、あぁ、と頷いたが、それでも一期の腕を離しはしない
痛くはないが、離す気がないらしいと想像がつくくらいには強く、その小さな手で握り締められていた
「いち兄、あんたはちぃとばかし考え過ぎるきらいがあるらしい。そういうところもあんたの良さだとは思うが、夜目も効かない太刀さんが夜空に独りで散歩せざるを得なくなるほど思い詰めてほしいとは思ってない。もっと気楽に考えてくれ。ただ“弟”というレッテル貼られたひとりの短刀があんたを好きだと言っただけ。それだけなんだよ」
「それだけってそんなわけ…」
「それだけさ。あんたがどんな決断をしようが俺たちに貼られた“兄弟”というレッテルは剥がれない。だから気軽に熟考してくれ。あんたが俺の想いに応えたいと思う気持ち、それはほんとに兄弟愛なのかを」
言うや否や、薬研は一期の腕を引き本丸の方へと歩き出す
一期はそれに合わせてゆっくりと歩きながら、歩幅の違いを思い知った
「帰ったら、鶴丸の旦那が待ってるぜ、兄貴の部屋を占領してな。俺もご一緒したいとこだが、今日のところは一先ず帰るわ」
一期の部屋の前まで行くと、そこには灯りが点いていて薬研の言ったように無人でないのがわかる
更に近づけばその中からはなにやら賑やかな声がしていて、居るのは鶴丸だけではないことが窺えた
「じゃあな、あんまり、夜更かしするなよ。おやすみ」
「おやすみ…」
今まで握っていた力が嘘のように薬研はすんなりと手を離した
夜目の効かない一期の狭い視界の中から、薬研は出ていく
薬研が何を望んでいるのか、一期にはまたわからなくなった
×××
その日の夜更け、一期は酔いの勢いに任せて鶴丸にひとの心とはなんたるかを問うた
自分たち刀はいつから人間のような感情を持ったのか
何故持ったのか
この持て余した感情と今後どう付き合えばいいのか
鶴丸は酒に染めた頬を手でぱたぱたと仰ぎながら、
最初からだ
と言った
「とんちを利かせたみたいになっちまうが、いつから感情を持ったのかといい問いにはそう答えるしかないだろう。それぞれかもしれないが、俺は自我を持った時から、即ち初めから、感情があった。最もそれが感情というものだということには最近気付いて驚かされたばかりだがな」
「最初から、ですか」
「あぁ、そうだ。何故感情を持ったのか、それは与えられたからだろう。人間たちから、情をな。そしてそれをどうするか、『君次第』とでも答えれば満点なのだろうが、そんな驚きのない回答はこじんてきにしたくない。ここは、こう答えようか」
×××
没
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