02/04の日記

07:09
こんぺいとう(宮地と高尾)
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ガタンッ

鈍い音がしてダンクシュートが決まる
続いてボールが跳ねる音と、少し遅れて人間一人分の着地音が響いた
そこらに何個か転がっていたボールのひとつを拾う

「宮地サン」

声を掛ければ、宮地サンは音もなく振り返った

「…なに」

用事がないなら声を掛けちゃいけなかったかな、と思わせるような、いつもの返事

「お疲れっす。自主練すか?」

自主練じゃなければなんだと言うんだ
自分の言葉の浅さがちょっと面白い

「…ああ。お前は?もう帰ったかと思ってたわ」

緑間と。と付け足される
こっちを見ない宮地サンは落ちていたボールを拾ってカゴに入れる作業をゆっくりと繰り返していた

「部室に忘れ物しちゃって、そしたらまだたいく会電気ついてたんで。真ちゃんからは置いてかれました、ひどいっすよね」

「忘れ物するお前がわりーよ」

乾いた笑いを返す
ははは、
忘れ物したなんて言葉が本当か嘘かなんてオレにだってわからない

「宮地サン帰らないんすか?」

この人が、ダンクシュートが出来るタッパを持っているという事実がなんだか可笑しかった
なのに得意なプレイはドリブルだと言う
宮地サンのドリブルは嘆息を漏らすほどの巧さではあったが、191cmある身長の似合わなさを促進する

「……そろそろ切り上げようかと思ってたとこ」

言葉の前に付いたであろういくつかの三点リーダーにはどんな意味があったのだろう
深く考えずに用意していた言葉を舌に乗せる

「じゃあたまには一緒に帰りましょーよ」

言葉の後にハートが付くように言ってみたがこの人はその意味に気付いただろうか
きっと気が付かないけれど、別にそれでよかった

「……そうだな、今片付ける」

宮地サンのこういう疎いところもオレは案外気に入っている
深く考えずに返したであろうその言葉に、

「いや、ボールはオレが片付けとくんで先に着替えて来ちゃってくださいよ」

と言うと、少し考えたあと

「じゃ、よろしく」

と言われた
物事の要領を考えるところも結構気に入っている

ゆっくりとボールをカゴに入れていると宮地サンはすぐに制服姿で帰って来た
さんきゅ、と一言、あまり大きくない声で告げてオレからボールカゴを奪う
すぐに片付けを終えて、宮地サンは重そうな鞄を肩に持った

「帰るか」

「はい」

街灯があるはずなのに真っ暗な夜道で、二人の会話なんて殆どない
最近どうっすか
まぁぼちぼち
なんて会話に中身など1ミリもなかった
コンビニに寄ろうとかそういう提案もどちらからもなかった
宮地サンは長い脚をゆっくりと動かし、オレもまるで居たこともない彼女の歩幅に合わせるみたいにゆっくりと歩いた
互いの家の場所はわかっている
別れるべき場所もわかっている
だからそこまで随分とゆっくり歩いた
でも確実に、進んでいた

別れ道まであと3分の2くらいまで来たあたりで宮地サンの歩みは更にゆっくりになり、これもまたゆっくりと、口を開いた

「なぁ」

「はい?」

「……」

宮地サンが吐いた息は白く染まって真っ黒な空気に消える
瞬きでさえ、ゆっくりとしていた

「……未練たらしいって、思うか?」

首が痛くなりそうなので顔を見上げるのをやめると真っ暗な歩道が目に入って来て途端に不安になった

「いいえ」

「……」

「このままがいいと、思ってます」

「それは、……お前の未練だろ」

「そう」

やりきった、と、彼は言った
だからって未練がないなんてことはない
わりきった、と言った方が正しいのかもしれない

「オレ達の方が、未練たらしいですよ。アンタのそれが、これからのバスケのためじゃなく、オレ達とのバスケへの未練であってほしいって、思ってますもん」

吐き出すように、要らないことを言う
そんなわけあるかよ、バカ
と言ってほしかった

「そんなわけあるかよ、バカ」

あぁ好きだな、と思う
ほしい時にほしい言葉をくれる先輩だった
こんな先輩になりたい、とは思わない
だけどこんな先輩に出会えたことはきっと、キセキの世代を越える奇跡だと、思っている

「話は変わりますけどキセキの世代のキセキって、イントネーションからして『奇跡』じゃなくて『輝石』だと思いません?」

「話変わりすぎだし何言ってっかわかんねぇよ」

この人のこういう時の笑い方が結構気に入っていた
ずっと見ていたいと思うくらいには気に入っていた

「ねぇセンパイ」

「…なに」

「ごめんなさい」

「…………おう」

ほしい時にほしい言葉をくれる人だった
甘さなどなく、厳しいだけの先輩だった

「お前のせいじゃねぇよ」

会話が始まってからずっと見ないようにしていた宮地サンの顔をうっかりと見て仕舞った

「ごめんな」

このままだと泣いて仕舞いそうだった
それはオレがほしかった言葉じゃあない
一番ほしくなかった言葉で、
きっとこの人はそれをわかっているのにわざとこの言葉を選んだんだ

「ごめん」

ひどい人だ
宮地サンはひどい人だ
時に厳しく、なんていっていつだって厳しかったし、愛ある叱咤なんていってどこにも愛なんて感じられなかった
まるでそれが当たり前かのようにオレ達に厳しく、易しくなく、優しかった
まるでそれが当たり前かのように、先輩として当たり前だと言うようにオレ達後輩のめんどうを見て、オレ達の気持ちを汲んで、励まし勇気づけてくれた
厳しさの中には確かに優しさがあったけれど、そこに愛など感じられず、ただこの人にとっては先輩として当たり前のことをしているだけだと思った
だが、その「ごめん」は私情だ
迷う事なく、私情だ
ひどい人だった
宮地サンはひどい人だ
最後のさいごに、オレに、オレだけにそんな弱さを見せて、いったい何をしたいと言うんだ

「未練が」

「え?」

「この未練がゴミ箱に捨てられるなら、これを捨てるためなら、金も払えます」

「……BUMP?」

空気の冷たさに鼻を啜って前を向けば、今度は宮地サンのほうがオレの顔を見る
ちょっとだけ背中がまるまっていて、この人も高い身長をお持ちだったことを思い出した

「……持ってても、いいのかな」

「…え?」

ぼそりと呟かれた言葉がちゃんと聞こえなくて宮地サンの方を向けば、もう宮地サンの顔は前の方を見据えていた

「持っててもいいかな。お前らとの未練、大事に持っててもさ、怒られねぇかな」

もう、すっと前を見据えていた

「…誰に怒られるって言うんですか」

一人暮らしするのなら、ゴミを溜めても怒ってくれる人はもういないんですよ?
そう言えば、そりゃそうだ、と宮地サンはからから笑った
この人のこういう時の笑い方が結構気に入っていた
ずっと見ていたいと思うくらいには気に入っていた

「宮地サン」

「なに?」

別れ道まであと20秒
宮地サンの歩みは3歳児の子どもと歩く時みたいにゆっくりだった

「オレ、アンタの後輩になれてよかったです」

「…………、」

「改めて、思います」

「………………それ、卑怯だわ、お前」

街灯はあるはずなのに、外は真っ暗だ
宮地サンの吐く白い息が、真っ黒な空気にゆっくりと消えた






ガタンッ

鈍い音がしてダンクシュートが決まる
続いてボールが跳ねる音と、少し遅れて人間一人分の着地音が響いた
そこらに何個か転がっていたボールのひとつを拾う

「宮地サン」

声を掛ければ、宮地サンは音もなく振り返った

「…お前」

オレはにんまりと笑ってさっき拾ったボールを投げた

「お疲れっす。ご一緒していいっすか?」








END


引退寂しいねって話
 

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