08/16の日記

11:49
心臓の花(木←花)※死ネタ
---------------
※死ネタ














 
 
 
花宮真の胸元からそのちいさな芽が出た頃には、もう心臓には根がところ狭しと蔓延っていて、言うなれば一言、『手遅れ』だった
その病気を専門とする医師、いや、研究者が、「手遅れ」と言って投げ出した
感染性のない、種もない、病気と呼ぶにも相応しくないその花が人間の心臓に生え出したのは、今よりまだ数年前だ
公になり始めてからはたった半年ほどしか経っていない
初めの犠牲者がその病気に掛かってから流行するまで数年の期間があったにも関わらず、人類に出来たことはその病気専門の機関を作ることくらいで、明るみになった治療法はただ1つ、その根を一片残らず摘み取ることだけだった
先に述べたように、花宮がその病を発症しているとわかったのはもう胸の隙間から芽が出て仕舞ったあとだった
その病は、どういう原理か上手い具合に血管や皮膚や神経と同化し、誰にも気付かれないうちに体内に根を広げ芽を出す
たった1つの治療法、それには早期発見が大前提であり、痛みも苦しみもなにも感じず前兆が全くないその病の早期発見は殆ど無茶振りであった
多くのヒトが犠牲になり、日本の人口は約半分に減った
この病にかかり、そして助かった犠牲者の数は、世界中でなんと両手の指にも満たない人数だった
感染性はないだろうという結論は出ていたが、国々は日本から流行ったその奇病を恐れ、日本という国を隔離した
他国民の犠牲者も少なからずいたが、日本人の犠牲率が圧倒的だったため他国は原因は日本にあると考えることにした
表向きは金銭という面でサポートをしつつ、実際には厄介払いという形で、日本は世界から隔離された
輸出入も制限され殆ど不可能になった日本は、まるで世界大戦時の日本のようだと聞く
人口激減により無駄に余った土地と他国から渡された手切れ金で研究所や入院施設を増やし病気の原因解明や治療法などを模索したが大した成果は得られず、いたずらに犠牲者ばかりが増えていった

花宮真はこの病気の研究者であった
花宮が元の職業を辞め、この病気へと関わり始めたのは約半年前、この病が明るみになってすぐのことだった
きっかけは、1人の男性の死
知人と呼ぶにはあまりにお互いを知りすぎていて、友人と呼ぶにはあまりにお互いを嫌い合っている、そんな、花宮にとって唯一である存在が、その病で命を落とした
彼の胸元から、今の花宮と同じような新芽がひょっこりと顔を出した時、世間はこの病気を大々的に知りはしていなかった
治療法どころか、今では明るみになっているその病の進行を遅らせる方法さえも、なにもわかっていなかった
進行を遅らせる方法は、光を浴びないことだ
普段通り太陽の光を浴びた場合と遮断した場合では、日光を浴びず人工の光のみに照らされた暗い部屋に籠り生活を送る方が、倍以上の時間を生きられる
個人差はあれど、日光を遮断して生活するとかなり進行が遅れることが今では知られており、その病を恐れ外に出なくなる者も少なくない
そんなことはつゆ知らず、花宮の唯一無二である彼は最期まで太陽の下で光を浴びて、初夏の朝に花を咲かせて死んだ
彼の死はこの病気を世間に知らしめるきっかけとなり、花宮がその時勤しんでいた薬品の会社を辞めて研究者になるきっかけともなった
本人の希望もあり、彼の死体は今でも花宮真の自宅と言う名の研究室の地下に研究材料として保管されている
今も美しいままに、綺麗な花を咲かせて静かに眠っているらしいと噂されている

その日、花宮の胸の花が小さな蕾をつけた日の夜、彼の元にひとりの研究者が訪れた
花宮は喜んで彼を自室へと招き入れ、そのひとは無遠慮にソファへと座った

「どうだ、調子は」

「良くはねぇな」

彼らは高校時代に部活を共にし、高校を卒業した後も度々集まりつるんでいた5人の、そのなかでも同じ道に進み比較的会うことが多かった2人だ

「昼間、古橋が来たろ?」

「あぁ。追い返した」

「お前のそれをなんとかしようと躍起になってる。可哀想だぞ、随分窶れて」

「ムダに体力消耗しねぇように言っとけ。オレはお前らには少しでも長く生きてほしい」

花宮もそのひとの前だけではいつもより素直だった
隠してもすぐにバレることを知っているからだ
しかし、生きてほしい、なんて、花宮が彼らに好意があるから言っているわけではない
花宮が元チームメイトに向ける感情は、所有欲と、ほんの少しの愛着、それだけだ
それを知っている上で、元チームメイト達は花宮に随分と陶酔している

「生きろという方が酷な気もするな。こんな希望も未来もキセキもないバカみたいな世界で、お前が死んだ後もガンバって生きる気力などあるわけない。古橋も、…オレも」

それでも生きていてほしかった
花宮は、ただの所有欲とほんの少しの愛着だけが理由だとしても、確かに、彼らに生きていてほしかった

「それでも、生きろ」

「…仕方ない。お前が言うなら、死ぬ気で生きるだろう。オレもあいつも、ザキもな」

「あぁ。そうしとけ」

花宮は今では殆ど入手不可能となったコーヒー豆を挽いて、二人分のコーヒーの片方を瀬戸に渡しテーブルに腰掛けた
イスではなくテーブルに座った
花宮はバカではないが、高いところが昔から好きだった
正確には、高いところからヒトを見下すのが好きだった

「調子はどうだ?」

瀬戸はコーヒーをひとくち含んでからもう一度花宮に聞く
花宮は溜息をつきながら

「殆ど日光には当たってねぇはずなのに、進行のスピードが平均よりもずっと早ぇ」

と答えた

「なにか変なことしてないだろうな」

「してねぇよ。なんだよ変なことって。オレだって好き好んで死に急ぐようなことしたくはねぇよ」

「…そうか。ならいい」

「当たり前だろ」

日光に当たっていないのは本当だ
しかし確実に、日光に当たらず過ごした場合の進行スピードが平均よりもよっぽど早いのも事実
花宮はなんとなくその理由を察してはいたが瀬戸には言わなかった
言いたくなかったのもあるが、あまりにも非現実的な理由だったからだ
もっとも、心臓に花が咲く病気など、それだけでも非現実的なのだが

「オレは、……オレは花宮なら人類が滅亡したってしぶとく生きてるんじゃないかって、思ってた」

コーヒーを飲み干して、瀬戸は言った

「ふはっ、なんだそれ。憎まれっ子世に憚るってか、」

「それもあるが……、いや、ただの、願望だったんだな。オレは…」

お前に生きててほしかった

これが最期の挨拶になるだろうことを、二人は悟っていた

まともなさよならも言わずにじゃあまたと出ていく瀬戸を見送ったあと、花宮は地下へと降りた
余るほどある無駄金でわざわざ地下を掘りその上に研究所を立てたのは、この時間を誰にも邪魔されることなく過ごすために他ならない
病気の進行が早いのは、毎日、光を、見ているからなのではないかと花宮は思っている
木吉鉄平という、花宮にとっての唯一無二を、
死してなお輝き続ける、花宮にとっての光を
毎日飽きもせずにずっと眺めているから、自分の花はその光に向かって成長するのを止めないのだと花宮は殆ど確信していた
今までにそんな例はないしあまりにも現実的な考えではないのはわかっているが、花宮にはどうしてもそれ以外の理由が思い付かなかった
植物は太陽に向かって伸びて行く
ならば花宮の心臓の花が、太陽よりも暖かく明るく美しいその人に、向かって行くのは自然の道理の気がした
やけどするくらい、眩しい光だ

「もうすぐ、いくから」

その花が何故咲くのか、誰にもわからない
皆、花を咲かせない方法ばかりを模索し、誰もそんなこと調べようとはしなかった
花が咲くと、その花の宿り主は死んで仕舞う
花は宿り主の体内の何かしらを養分として成長し、花を咲かせ、それと同時に宿り主が死んで仕舞うと、3日も持たずにそのまま枯れて仕舞うのだ
種子を遺すわけでもなく、ただ咲いて枯れていく
ある宗教家は、花は神の遣いだと、増えすぎた人口を減らすために来た遣いだと宣い、多くの民衆から批判を受けてそのまま花に咲かれて死んでいった
花宮もそれに、完全に同意こそはしないものの、あり得る考えだとは思っている
神など信じちゃいないが、口減らしの自然災害はもはやどこにでもある話だ
きっと増えすぎた
きっとやりすぎた
調子に乗りすぎたのだ、人類は
花宮はそんなことを呆然と考えながら、横たわる遺体の胸板に手を馳せた
根か茎か、憎むべき植物の一部が、その皮膚と同化し盛り上がり蔦っている
外に見えている蔦の全てを勿体ぶりながらなぞり終え、ほぅっと息を吐く
もう、花宮に、研究を続ける必要はなかった
この花の芽が胸から這い出て、服の上からでもわかるくらいに盛り上がって蕾をつけた
あとは死に向かうだけ
後に遺される瀬戸達のためと元々あった少しばかりの探究心を満たすためだけに記録はつけているが、それもおざなりなものだった
この胸の花が咲きそれと同時に命が朽ちた時、花宮は研究を終える
やっとか、と花宮は思った
たった半年
それだけの期間だったが、花宮には百年にも千年にも及ぶ長い時間に思えた

古くからの友人を亡くし、その病を絶つために立ち上がった若き天才研究者

そんなキャッチフレーズを付けられたこともある
この半年間で花宮は様々な実績を上げてきたが、花宮が立ち上がったのはこの病気を絶つためではない
そんなことはどうでもよかった
全ては、花を咲かすため

花宮真は、木吉鉄平の命を奪ったのと同じ花を自らの体内にも蔓延らせるために、この半年間生きていた

見覚えのあるその芽が自らの胸に蕾をつけたことにより、花宮の願望は達成したのだ

研究者としては、誰よりも未完成だ
望んだ花を咲かせることの出来た理由を、花宮は知らない
感染者の亡骸と昼夜ずっと同じ空間に居続けたからかもしれないし、
木吉の花が枯れる前にその花弁を飲み込んだからかもしれないし、
その血液を自らに輸血したからかもしれないし、
他の様々な手を尽くしてきたどれかのせいかもしれないし、
花宮が意にしなかった何かのせいかもしれないし、
全くの偶然かもしれない
感染性のない花が、何によって感染したのか、わかれば、花宮はやはり自らの命を省みず研究に努めた天才と持て囃されることになったのだろうが、
花宮はそれまで生きて来てなお、最期まで天才には、なれなかったのだ
それは、かつて無冠と呼ばれたその人に、相応しい死に様なのかもしれなかった

7ヶ月前は絶望の形として憎々しく見詰めたその蕾が、今はいとしくて仕方ない

「おやすみ」

木吉鉄平が眠って、7ヶ月と2日経ったその日の朝、花宮真の胸から美しい花が咲いていた

花宮はきっと、幸せだったのだろう

いとしきひとの隣で美しい花を咲かせ眠るように息絶えたその姿は、花宮真の生き様らしくなく、
だが、花宮真の名の通り、美しかった




END

 

前へ|次へ

日記を書き直す
この日記を削除

[戻る]



©フォレストページ