07/10の日記

06:37
しにたがり高尾の完全殺人計画
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その見惚れるほど綺麗なループを描くスリーポイントシュート
絶望し切った自分の顔が、一瞬、彼のめがねに反射して見えた


どうすればいいのか、わからなかった


試合後、高尾はユニフォームから着替えもせずにただぼんやりと、自分達との試合などまるで無かったかのようにくだらない話をする彼らを遠くからぼんやり眺めていた

…そういえばこの前…ラッキーアイテムが…おかし美味い…テツ君…ない…雑誌に乗って…ここにあった…かに座の…アイスを…将棋でも…この味は…コンビニ寄ろう…最近テレビで…弁当もういいから…どこに…

「緑間、危ない!!」

その声と次の瞬間響いた大きな音に我に返りはっとする
音の方向には、赤司征十郎に腕を引かれた緑間真太郎がいた
緑間が腕を引かれる前に居たのだろう場所には粉々になった蛍光灯が落ちている

…ラッキーアイテムが…きゃあっ!…大丈夫…ありました…誰か間違って…よかった…赤司…びっくりした…不幸体質…緑間っち…ラッキーアイテム…

凝視していたら、緑間真太郎と試合後二度目の視線が絡まった
グリーンアイズは驚くほど冷えていて、
高尾を一瞥した後すぐにラッキーアイテムとやらに視線を戻してまた日常のくだらない会話の中へと戻っていった
蛍光灯の破片を片付けもせず、未だユニフォーム姿の高尾に一言の挨拶もせず、彼らは高尾の隣を通り過ぎる

世界が、変わって見えた

絶望という名の希望が満ち満ちた世界に、今、異色が混じり、ぽつり、響いた

緑間真太郎

その人物の冷めた瞳を、あのスリーを、オレは一生忘れないだろう

蛍光灯が割れたことにより集まって来た人だかりに紛れ、高尾はその場を後にする
万が一犯人と思われたら厄介だ、と足早に帰りながら、
敗北に似合わないバカみたいに晴れ渡った青空を、アンニュイに眺めてみる
渇いた汗がベタつく額に、心地よい風が窓から溢れた


×××


それからの高尾は徹底していた
引退したはずの部活動に顔を出し、自主練も欠かさないのだが、学校とそれ以外の時間の殆どを緑間真太郎を眺めることに費やした
毎日毎日、彼の後をつける
高尾はヒトより少し優れた空間把握能力を持っていたため、緑間に気付かれないように注意を払うことは然程難しくなかった
徐々に広範囲にわたり把握出来るようになって来た目を誇りに思いながら、緑間を見詰める
試合後高尾は中学生にしては広い人脈を駆使して、緑間真太郎やその周囲の情報を集めた
友人の友人である帝光中の知り合いから聞くところ、緑間は常に成績が学年2位だとか、おしるこが好きだとか、極度のおは朝占い信者でラッキーアイテムがないと不幸に苛まれるだとか、バスケをしていない時は左手の指にテーピングを巻いているだとか、ピアノが得意だとか、様々なことを知ることが出来た
成程、いつも大事そうに持っている謎の物達はその日のラッキーアイテムだったのか
納得はするも、疑問も残る
なんでおは朝なのかとか、いつから信者なのかとか、持ち運ぶのはいいとして何故カバンに入れないのか、などなど
だが高尾は早々に緑間に対する謎を『そういうもんか』と納得することにした
高尾にとってそれらの疑問はそれほど問題ではなかったからだ
ただ緑間が、ラッキーアイテムを持ちそこにいることだけが重要だ
毎日毎日、彼のラッキーアイテムを眺めていた
今日は電話の子機
今日はランチボックス
今日はまくらかな?それとも花柄の物とか?
毎朝緑間の家の前で隠れて緑間を待ち、緑間の登校を見守ってから自分の学校へ行く
自主練を緑間より少し早めに切り上げ迎えに行く
赤司征十郎が一緒の時は、少し遠めに距離を取る
前に二回ほど、振り返られたことがあるからだ
それでもどんどん精度が上がっていく鷹の目は緑間の細かな表情まで読み取ってくれる
長い睫毛に守られた、透明なグリーンアイズがまたたく
赤司と紫原と一緒にコンビニの安価なアイスを食む姿は、年相応に楽しそうだった


×××


その日、高尾は初めて緑間の私物に手を伸ばした
友人の友人である帝光中の知り合いからの情報により今日が提出日だと教わったそれが、今目の前のカバンの中にあるはずだ
高尾の目を持ってすれば、ヒトが少ない朝練時間中の校内に忍び込むことは簡単でもないが難しくもない
目立つブレザー姿だったが、誰も見ていなければ注目されることもなかった
バスケ部一軍の部室に忍び込み、意外な不用心さに高尾は息を飲む
鼓動が早い
カバンのファスナーを開ける音が、不相応に大きく響いた
紙を、
丁寧にファイルに入った紙を、見る
見る

…よかった

高尾はほっと息を吐いた
額に嫌な汗がだらりと流れたが拭っている余裕もなく足早にそこを後にした

よかった
ここなら、それほど問題ない
自分でも充分範囲内だ

授業には少し遅刻したが、普段真面目な高尾が強く咎められることはなかった

もう、見ているだけでは満足出来ないんだ


×××



「よう!緑間真太郎クン!」

緑間はそれがファーストコンタクトだと思っただろう
だが高尾にとってそのグリーンアイズは馴染み深いものだった
何せ、緑間の進学先に合わせて高尾もここにやって来たのだ
あの日盗み見た進路希望調査の一番上の欄に書かれた高校に高尾は無事入学を果たしていた

「なぜオレの名を」

初めて交わされる会話に高尾は心の奥が震えるのを感じる

あぁ、緑間真太郎
オレの緑間真太郎
これからは眺めるだけでなく、一緒に
一緒に…

「めちゃウケんだけど!!」

一緒に死のう

ああ、人生は美しい


×××


暫くすると、高尾和成は緑間の相棒と呼ばれるようになっていた
高尾自身も気をよくして相棒と自称する
「真ちゃん」
なんて、親しみを込めて呼んで、
初めて知った時には絶句した緑間の習性も笑顔で対応し、毎日吐くような練習と自主練を繰り返していたら、
いつの間にか緑間自身にも相棒だというのを否定されなくなっていた
高尾にとっては緑間のびっくりな人間性ももう見慣れたものだったから簡単に笑い飛ばせたし、自主練もそれまで続けていたものだったのだから、決して難しいことではなかった
器用な質であったから、今日はセロハンテープか、と思いながら、ラッキーアイテムの存在を初めて知ったかのように爆笑することも自然に出来た
ただツラかったのは、その瞳
緑間の美しいグリーンアイズだ
試合直後の2度以来、決して高尾を映さなかった凛と澄んだ瞳が自分の顔を映すのが、高尾はどうしてもむず痒かった
汚れたものなど何も知りません、といった風貌なのに全てを見透かすような力強さを持つ翠眼
それに見詰められる度に高尾は自分を恥じ、虚しさを覚え、全てを懺悔したくなった
それでも懺悔することもなく、高尾は緑間との初めての冬を迎える

高尾がそのグリーンアイズに吸い込まれてから一年が経とうとしていた
ただぼんやりと過ぎ去る日々に沈むように過ごしていた
オレ、高尾和成は
今を明確に生きている


×××


悔しいと、感じたのはいつぶりだろう
後悔をしたのは生まれて初めてかもしれない
洛山に負けて、高尾は自分の中でバスケが、秀徳が、特別な存在になっていたことを知った
緑間の涙がきらきらと光を反射して、高尾の影の上にぽたりと落ちた

ああ
生きたい


×××


ただぼんやりと過ぎ去る日々に沈むように過ごしていた
元々、熱なんて持っていなかった
なんとなく始めただけのバスケだったが、それに陶酔するフリをしていれば他のものに興味がなくても『オレ、バスケ一筋だから』と言い訳が出来た
バスケに対しても、真面目に練習さえしておけば真剣なように見える
何にも興味がなく、冷めた世界
だけどバスケバカと自分を偽ってまでそのことを隠そうとする高尾は、人目だけには人一倍敏感だったのかもしれない
つまらない世界で、ただ影に隠れて生きていた

しにたかった

高尾はずっと、しにたかった

それでも妹のこと、遺された家族のことを考えれば自殺は出来なかった
最愛の妹を自分のせいで自殺者の遺族なんかにさせるわけにはいかない
それだけの理由で高尾は今を生き、なんとかして自殺以外でしねる方法を探していた

そんな高尾の前に現れたのが緑間だった

緑間の不幸体質は命に関わる
最下位プラス入手不可能のラッキーアイテムにより、緑間は何度も死にかける
そんな緑間の近くにいれば、とても都合よく事故死出来るのではないか、と高尾は思ったのだ

だからずっと見ていた
高尾は緑間をずっと見ていた
近くにいた
見詰めていた
しぬために
事故死するために、高尾はずっと緑間のそばにいた
緑間が車に轢かれそうになればいつだって身代わりになろうとし、緑間の頭に花瓶が落ちて来ようものなら身を挺して庇った
それは全て、高尾自身がしぬため
自殺以外でしぬために、高尾はいつだって必死だったのだ

しにたい理由などない
小学校をあがる頃にはもう既に人生を疎んでいた
しにたい、なんてヒトに言ったことはなかったが、もし「どうしてしにたいの?」と偽善者が優しい顔して尋ねれば、高尾は間髪入れずに「どうして生きたいの?」と答えただろう
そのくらい明確な理由なくしにたかった

だが


×××



「高尾、お前最近、なにかあったか?」

いつもの弁当が、やけに美味しかった
ただ切って焼いただけのたこさんウインナーが美味しい

「む?ふぁんふぇ?」

「……」

「しんひゃん?」

もごもごとたこさんウインナーを噛み殺しながら疑問を口にすれば、緑間は目に見えて嫌な顔をする
口に物を入れたまま喋るな、とでも言いたいのだろうが、高尾にとっては口に物を入れた時に話しかけてくる緑間が悪い
だが尊大なエース様はそんな言い分納得しないだろうから、たこさんウインナーを飲み込んでからもう一度

「なんで?」

と問うてみる
緑間は先程とは違うはっきりとした発音がお気に召したようで、少しだけ表情を崩して高尾に告げた

「なんだか最近、嬉しそうなのだよ」

高尾は、そうかぁ?なんてとぼけながら、紙パックのストローをかじる

なぁ
なんでオレ、お前を落ちてくる体育館の電気から守ったんだっけか
そのまま気付かないフリして一緒にしんじゃえばよかったのに


×××


気が付けば、しにたいと思ってから何年もの日々が流れていた
高尾が緑間と出会った日も、緑間が高尾と出逢った日も、もう遠い過去の話だ

「渋い顔してどうしたの?真ちゃん」

「……今更止めろという気もないが、一応愚痴として言っておく。今日の患者の中に『真司君』という子どもがいてな」

「もしかして、『真ちゃん』って呼ばれて振り返っちゃった?」

渋い顔にもっとシワを寄せてしかめっ面をする緑間に高尾がぶはっと空気を吐き、
ふるふると震えて笑いを堪える高尾に緑間がトドメを刺す

「『なんだ、和成』というセリフ付きでな」

「ぶふぉっ!」

『真ちゃん』と『和成』が脳に染み込まれるほどの時を二人は過ごして来た
顔を真っ赤にして笑い転げる高尾に、緑間はむっとしながら言い捨てる

「きっと今記憶喪失になってもそう呼ばれれば返事するだろう。オレをこんなにしたのはお前だ。責任を取れ。絶対に一生忘れられないんだから、お前が責任を取れ。一生」

ふんぞり返って威張る緑間は果たして意味をわかって言っているのだろうか、と高尾は転がりながら考えるが、
出逢った頃ならつゆ知らず、今の緑間はきっとわかって言っている

あーあ、真ちゃんも大人になって
オレも歳をとるもんだ


なんてこった
高尾和成は、真ちゃんと共に生きたかった


今では死に時を狙っておは朝信者を付け回していたあの日々が、緑間への求愛行動に思えて仕方がない


「勿論。でもオレをここまで長生きさせた責任も、取ってくれるんですよね?エース様!」




END




真ちゃんと出会ってから、オレの人生はずっとずっと、幸せだらけだ


【しにたがり高尾の完全自殺計画】おわり


 

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