05/30の日記

05:54
桃井さつきの彼氏様
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「それでね?さっちゃんったらほんとかっこいいの!実はなんでも出来るのよ?だいちゃん知らないでしょー?」

桃井さつきの彼氏様は、青峰大輝でも黒子テツヤでも、他のキセキの世代でも誰でもない、桃井曰く『可愛くてかっこよくてちょっと華奢だけど実は男前で料理が上手くて絵も上手でなんでも出来て、そして何より優しい』男だった
料理や絵のくだり以外は全て黒子テツヤにも当てはまる、というより誰にでも当てはまるような主観ばかりのノロケに、青峰はまたかと半分聞き流す
知らないでしょ?って、そりゃあ知るはずがない
その日にあったことを親に報告する小学生のように青峰に随時報告するクセをもつ幼なじみは、今日も青峰の柔軟を手伝いながらうっとりと『さっちゃん』を語る

初めて『さっちゃん』の名前が桃井の口から出た時、青峰は、この女自分のことをさっちゃん呼びし始めやがったのか、と戦慄したが、どうやら『さ』のつく別人らしい
紛らわしい名前の桃井の新しい彼氏は、彼女が黒子に恋していた時と同じ頻度で桃井の口から青峰の前に現れる
今度こそ、本気らしい
と、青峰は見えないところでほっと安心していた

「私が男の人に絡まれた時にね、さっちゃんがーー」

この話、いわゆる桃井と『さっちゃん』とのなれそめ話はもう何度も聞いたものだ
数人の男性に言い寄られていたのをその『さっちゃん』がかっこよく助けてくれたらしい
べたなシチュエーションだが、桃井は男性から好かれ同性から嫌われる性質で、腹立たしいことに軽い女と思われがちだ
だからか、半ば無理矢理ナンパされていても知り合い以外からは殆ど助けてもらったことがないのだ
それを助けてくれた、華奢な青年
しかも普段はおっとりと大人しい性格らしく、そのギャップも相まって桃井のハートに直球ストレートホームランを打ち込んだ
普段は冴えないのに試合になると頼りがいのあるあの六人目に恋したように、桃井は『さっちゃん』を好きになった
黒子の時とは違い、『さっちゃん』も桃井を好きだと言い、二人は順当なお付き合いをしている

しかし、桃井の気が黒子から移ったわけではない
明確な失恋を持って、桃井は黒子を泣く泣く、文字通り大泣きして、諦めたのだ
大学に入って暫くした頃のことだった
青峰という放っておけない幼なじみに特定の相手が出来、桃井は「もう大丈夫だね」と、進学を青峰と違えることを決めた
黒子と同じ大学へ
一緒に通うんだ
また一緒に、帰りにアイス食べたりして
と淡い恋をする少女に現実は残酷で、黒子の高校1年時からの恋が実ったことにより少女は諦めざるを得なくなった
相手を憎めればよかった
だが、憎めるような相手ではなかった
黄瀬に「だいちゃんをよろしね」と、
火神に「テツ君をよろしくね」と、笑った顔はいまにも泣き出して仕舞いそうだった
桃井にとって、青峰も黒子も同じだけ大事で、大切で、大好きなのに、
黄瀬も火神も同じくらい、大切な存在だったのだ
奪われたと思える相手なんかじゃなかった

黒子が火神と付き合うことになった報告を承けてから3日間大学を休んだ桃井は、それから暫く、何人かのヒトとお付き合いをした
青峰大輝でも黒子テツヤでも、キセキの世代でも誰でもない男性とお付き合いをした
そのたび桃井は青峰に彼氏を紹介した
夜、柔軟を手伝いながら

「新しい彼氏が出来たの。こんど会ってね、だいちゃん」

と必ず言って、そして必ず本当に青峰の前にその彼氏を連れて来た

「だいちゃん、このヒトが私の彼氏さんよ」

紹介されるたび、青峰はふーん、とどうでもいいように男を一瞬見てあとは黙った
誰も彼も桃井にはそぐわないと青峰は思い、そう言葉には出さなかったが桃井にも青峰の考えがわかったのか、もう、だいちゃんったら、などと言いつつもその彼氏を大事にはしなかった
自分の彼女に男の幼なじみがいてしかもとてもかっこいいスポーツマンで今も彼女と仲がいい
なんて、彼氏からしたらたまったものではないのだ
青峰を紹介された彼氏はすぐに桃井と別れた
桃井も多分、それがわかっていて青峰に会わせていた

「それでね?さっちゃんに、さっちゃんって呼んでいい?って聞いたらね、じゃあ僕もさつきさんって呼びますってーー」

青峰はまだ『さっちゃん』と会っていなかった
紹介するね、と言われていないのだ
それと、毎日のように口から出る『さっちゃん』自慢から、今回は本当の本当に好きなんだな
と青峰は桃井の話を聞き流しつつも安心するのだ

「さつきさんって呼ぶんだよ?さっちゃんが!ね、信じられる?ずっと桃井さんだったのに、今じゃ謝られる回数も随分少なくなって来てね?さっちゃん、ほんと、かっこいいの、こないだもね?ーー」

「お前さ。結局テツのこと、諦め切れねぇのかと思ってたわ」

また何度目かの料理を一緒に作った話を聞かされそうになりいい加減飽きたと話を反らす
桃井はきょとんとしてから笑った

「なに言ってんの、だいちゃん。私それまでも何人かとお付き合いしてるじゃない。あまり続かなかったけど。…テツ君のことは今も好きだけど、友達としてだもん」

黒子を忘れるために無駄に誰かと付き合っていたのを青峰は知っている
桃井も知られていることをわかっているはずなのに、にっこりとそれを否定した

「それに、今はさっちゃんが一番だもん。だいちゃんもテツ君も、きーちゃんとかがみんに任せて大丈夫だもんね」

「違ぇよ、黄瀬をオレが面倒みてんだよ。ま、オレらもテツ達もお前に心配されるほどガキじゃねーのは確かだけどな」

「うん。そうだね。男の子って急におっきくなっちゃうもんね。こっちが心配してたのがバカみたいに…。さっちゃんだって、ちょっと見ない間に大人っぽくなっててね?」

また『さっちゃん』の話へとすり変わった会話に青峰は呆れて意識を違うところに飛ばした
「紹介するね」と言われない、自分の知らない『さっちゃん』という男に幼なじみが釣り合うのか
「会ってね」と言われない分、会ってみたくなった

青峰のそんな希望は意外にもすぎに叶うことになる

「今度の日曜、だいちゃんも暇だよね?テツ君とかがみんと、ストバス行くんだって!ミドリンにも声かけたから多分高尾君も来るし、私とさっちゃんも来ないかって誘われちゃったの!!さっちゃんも大丈夫だって言うし、だいちゃんきーちゃん誘って来てよ!」

青峰は、『さっちゃん』もバスケが出来るのか、と問おうとしたが眠くてめんどくさくなり、「おー」とだけ返事をした
確かにその日は休みだし予定がない
黄瀬もそうだったはずだ
とうとう『さっちゃん』に会うのか
どんな奴だろうと、バスケでこてんぱんにしてやろうと目を閉じながら誓った

『さっちゃん』の正体を知った青峰がその姿に絶句するのは次の日曜日のことだ

桃井さつきの彼氏様は、青峰大輝でも黒子テツヤでも、他のキセキの世代でも誰でもない、可愛くてかっこよくてちょっと華奢だけど実は男前で料理が上手くて絵も上手でなんでも出来て、そして何より優しい男だった

そのことを青峰は嫌でも思い知ることになる
良く晴れた青空が広がる、桐皇から近い馴染みのストバス場
たくさんの友人に囲まれた、ある休日の昼下がり



END

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