夢2

□この広い広い世界のはじっこで、ただ涙を流した
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悲しいと思うから悲しいのだと同僚のメイド長に言われたことがある。この屋敷で働くのなら感情は忘れなさいと囁かれていたこともあった、ここにいては人としての感情そのものが恐怖の対象にしかならなかった。地下の蔵から悲鳴が聞こえてくるときもあれば一日無音の日もあった。魔術師ではない者が悲鳴を聞けば一日でメイドを止める者もいるぐらいだ、私は感情を出さないようにいつも怯えながら間桐臓硯のメイドをしている。たまに嫌がらせをするかのように虐められることもあるが問題はない。そしていつものように臓硯の部屋に呼ばれあいつの面倒を見て欲しいとまで言われてしまったのだ、驚きのあまりもう一度聞いてみたが返ってきた言葉は同じだった。大きな一室に足を運ぶとそこには横たわる間桐雁夜の姿があった。その体は皮肉にも生きているとは言えなかった。


「雁夜様、体を拭きに参りました」


一声掛けるが彼は反応もなくただ床に横たわっているだけだった、臓硯には生きてはいるが無理にでも食事や体を拭けと仰せ遣った。ごくりと唾がなる音だけが響く、私にできるのだろうか?と不安になりながらも雁夜の側に座りこみ持ってきたタオルをお湯につけ絞る。着ている衣服を脱がせ上半身裸になった雁夜を間近で見ることさえ痛々しかった。帰ってきた頃よりも痩せこけており左半身が麻痺している状態だった。無我夢中になりながら全身を拭き雁夜を起こすが中々起きる気配がなかった。


「・・・んっ」

「雁夜様」

「葵・・・さん、おれ」

「・・・・・・」


食事は後でもいいだろうと少しほっとしながら彼の顔を見ると右目からぽつりと涙が零れていた。女性の夢でも見ているのだろうか?頬がほころんでいるようにも見えた。この世界の隅っこでただ涙を流すことしかできない今の彼には幸せになって欲しい。雁夜の細い手を握り締めながら頭を何度も撫ぜてみた、彼が幸せならば今はこの状態でもいいだろうと自分に言い聞かせた。









20111204








(初めまして、えっと・・・名前は?)
(名無しさんでございます、雁夜様)
(あ、ははっ。この間はありがとう)
(・・・何のことでしょうか)
(名無しさんが介抱してくれて嬉しかったよ)
(っ・・・)













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