雑食

□溢れる恋模様
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『かれこれ数十年』男主名→ハンス
『実らない人々』男主名→ロブ


人生95年、病室のベッドで自分の子供とその孫達に看取られた。
お父さんとの出会い、新婚生活、子供が生まれて、夫婦喧嘩もした、子供の反抗期も乗り越えて、子供が巣立って行って、孫が生まれて……。
先に行ったお父さんは私を待っててくれてるかしら。お父さんに最後に見せた顔よりもっとしわしわになったからすぐには気付かないかもしれないわね。

これで人生、お終い。

そう思ったのに、私はすぐに産まれてしまった。
さっきまで95歳のおばあちゃんだったのに、今は0歳の男の子。
泣かない私を見て、私のお母さんが不安そうに私の頬を撫でた。ああ、ごめんなさいね。ちょっと驚いちゃって、大丈夫、私は元気よ。
元気に産まれてきましたよー。

ふえーん、と大きな声で泣いた。

これからどうしましょう。と悩んでいても仕方が無い。
男の子として生まれたのだからお母さんを安心させられるような男の子に成長しなくては。
ちょっと年寄り臭いのは許してね、だって95歳だったんだもの。
私は元気にすくすく成長した。
身長はぐーんと伸びて、力だってとても強い。
あいにく、仕事は家庭で家事をしていたことくらいしか経験が無かったから、料理を振る舞う仕事についた。
オシャレな料理は出来ないけれど、体を温めるお袋の味は大得意。

順調な人生だと思っていたけれど、私が二十歳を過ぎた頃、お母さんは病気になってしまった。
生まれた時から父という存在が居なくて、女手一人で私を育ててくれたお母さん。目一杯看病して、病院にも通ったけれどお母さんの人生は短いものだった。
お母さんが居なくなると私はこの世界で一人ぼっち。
寂しくなって、昔の事を思い出したわ。お父さんの事、子供の事、孫の事。
ダメね。私。男の子なんだからしっかりしないと。
街の小さなレストランで働いて働いて……。
オシャレな料理も少しは得意になって、地元の人にお袋の味を振る舞う日々。
ある日、大きな船に乗ってたくさんの人が街に来た。大きな名のある海賊団。そんな海賊団の一人に誘われた。
おれ達と家族になろう!と、
家族という響きは魅力的だった。でも、海賊。海賊なんて悪い職業についていいものかと悩んだけれど。私の作る料理が毎日食べたいと、言ってくれたから。
ついつい、先に行ったお父さんの事を思い出した。
二度目の人生、新しい、たくさんの家族。

+

「ナナシさん…」

「ロブ?どうしたの?」

「サッチ隊長のご飯攻撃から逃げて来ました。足元に匿って下さい……」

「あら、どうぞ」

ジャガイモの皮を剥く私の足元にロブが小さく丸まった。
サッチ隊長はいつもロブを構う。少し体が小さいからかしら?それでも、ご飯は人並みに食べているし、痩せっぽっちなわけでもないし……。

「ナナシ、こっちにロブ来てねぇか?」

「いいえ、見なかったわ」

「そっか」

キョロキョロと辺りを見渡しながら歩いていくサッチ隊長。手にはどっさりシュークリーム。

「行ったわよ」

「ありがとうございます……」

お腹がいっぱいなのに、げっそりって感じね。
よろよろとイスに座ったロブを見て思わず苦笑い。
ロブは大きな溜息を吐いて少しぼんやりしていたけど、はっと思い出したように私に話し掛けてきた。

「あの、ナナシさん…?」

「なにかしら」

「心当たりが無かったら良いんですけど」

「ええ」

「サッチ隊長、オレの事なんか言ってませんでした…?」

「ロブの事?」

こくり、と頷いたロブ。
はて?何か言っていたかしら。

「ブロッコリーはたくさん茹でてやってくれ、とは言われたわね」

「最近、朝も昼も夜もオレだけブロッコリーがトッピングされてるのは嫌がらせですか…!?」

「ロブの好物じゃないの?」

「いや、好きっちゃ好きですけど。そんな毎日食べたい程の好物じゃないです」

「あら、そうだったの」

じゃあ、もう茹でるのはやめてあげた方が良いわね。ブロッコリーの食べ過ぎて顔が緑色になっちゃうわ。
深い溜息を吐いたロブ。いっぱいご飯を食べさせられること以外に悩みでもあるみたいね。

「何か相談かしら?」

「え!?…いや、…あー…」

「私、口は堅いわよ」

「そうですよね……、ナナシさんは正直、船の中でも信用出来る人だと思ってます」

あら、嬉しい。
年寄り臭さと95年間の口調が抜けなくて、冗談まじりに"ばあちゃん"なんて呼ばれてる男だけど、信用はされていたみたい。
ジャガイモの皮を剥き終えたし、ロブにコーヒーを淹れてあげよう。

「オレ、サッチ隊長に狙われてるか、疑われてるかどっちだと思います…?」

「へ?」

思わず間の抜けた声が出てしまった。
狙われてるか、疑われてるか?

「それはあれよね?好意的な意味で狙われてるって事よね?」

「まあ、狙われてるなら…」

「そうね…、うーん、好きではあるんじゃないかしら。ロブは特別構われてるし」

「疑われてる可能性はどうですかね!?」

「どう疑われるの?何かやましいことでもあるってこと?」

「やましいことは無いです、けど……」

「無いなら別に疑いようも無いんじゃない?」

「そうですよねー…」

何か、疑われるような秘密はあるらしい。
そんな分かりやすいと疑う気も起きないけれど。
コーヒーをマグカップに注いでいると顔色を悪くしたハンスが顔を覗かせた。

「コーヒーください…、あ、ナナシとロブだ」

「うわぁ…顔色悪ー…」

「今日もお疲れみたいね…」

「どっさりのお仕事が終わらないんだ、どうしてかな…?」

どうしてだろうね、とロブが乾いた声で笑った。
相変わらずマルコ隊長に雑務を押し付けられている様子。頼られ過ぎるのも大変ね。

「コーヒーじゃなくて、ココア淹れてあげるわ。糖分補給した方が元気が出るわよ」

「ありがとう…」

ロブにコーヒー、ハンスにココアを渡して、自分は湯飲みに入ったお茶を手に椅子に座った。

「ちょっとゆっくりお茶の時間にしましょ?」

「そうですね…」

「糖分、染みる…糖分がぁぁ…染みるぅぅ…」

随分とお疲れの様子ね…。少し可哀想だわ。

「はぁ〜……、で?ロブがナナシとお喋りしてるなんて珍しくない?」

「サッチ隊長から逃げるのに匿ってもらって……」

「ああ」

「ついでにオレが狙われてないか確認してみた…」

「ああ」

それね、とハンスが頷いた。
ハンスもロブから狙われてるか疑われてるかの確認をされたのかしら。随分と知った仲って感じね。

「ナナシさんになら相談出来そうだし」

「それな!」

「サッチ隊長に構われるの、そんなに嫌だったの?」

「え?嫌ですけど!?」

「あらあら……」

そんな真剣な顔で言われると私も困っちゃうわ。
サッチ隊長はきっと良かれと思って、ご飯を作ってるのに。

「じゃあ、私からロブにご飯を他の人より食べさせるのはやめましょう、って伝えておくわね?」

「是非、お願いしますっ」

「え?ちょっと待って?じゃあ、おれの事も伝えて?」

「サッチ隊長に?」

「いや、マルコに!マルコにハンスに他の人よりお仕事を渡すのはやめましょう、って伝えて!!」

「…しんどいなら受け取らなければ良いんじゃないかしら?」

「受け取らなかったら怖いじゃない!!!」

「怖くないわよ。今、忙しいから他の人に回してって言うだけでしょ?」

「ご、わ゙、い゙ぃぃ〜!!!!」

やだぁぁあ!!とまるで子供みたいに駄々を捏ねるハンス。貴方、いくつだと思ってるの。

「ナナシは助けてくれるもん…優しいもん…、言ってくれるもん…」

「子供みたいな事言わないの」

「お願い、お母さん〜!!」

「産んでないわ」

うえーん、なんて泣き真似しながら抱きついてくるハンスを抱きとめる。

「はいはい、よしよし」

「ちょっとだけで良いからさりげなくフォロー入れてください」

「どうしようかしら…、私の立場としてもマルコ隊長に口出しはし難いし…」

「ナナシなら大丈夫だよ〜!」

「まあ、大丈夫でしょうね。ナナシさんだし」

「ただのオジサンなんだけど…何かしらその期待度の高さは…」

困るわぁ、と頬に手をあてた所で私に抱きついて膝の上に座っていたハンスが横に吹っ飛んでいった。

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