雑食

□フラグは回収されていた
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ベッドに寝転がって夢小説のランキングを巡っていたら、いつの間にかカッチカチの地面の上に寝転がっていた。
何を言っているか分からねぇと思うが、これは今、私の身に起こっている現実だ。
おいおい、これじゃまるでトリップ物の夢小説…、という考えが脳裏に過ったことでちょっと興奮してきた。
え!?何処トリップ!?こちとら異世界に来られるならどんな危険もバッチコイよ!?と辺りを見渡してみても静かな森が広がっているだけ。

クソダサイ部屋着で地面に座り込む私。
スリッパを履いていたのは、正直有難かった。裸足キツイ。

何処かも分からない場所に放り出されて、誰かが迎えに来てくれるわけでもないので仕方なく立ち上がった私は森をぺたぺたとスリッパで進む。
こういうのって普通、異世界に来た時点でキャラに遭遇するものだと思うけど!?という不満の気持ちで一杯だったが文句を口に出しても仕方が無い。

「あー、それにしても空気が美味しいー」

森の香りがする。と大きく深呼吸して空気を味わっていると「え?」と可愛い疑問の声が聞こえた。

「お姉ちゃん、空気食べられるの?」

「……」

「……?」

キョトンと私を見上げるのは、ボイスがとても可愛い、犬夜叉という漫画に出てくる殺生丸一行の一人、りんちゃんだった。
ここ戦国御伽草子、犬夜叉の世界かーっ!!!!戦国時代ツラァ!!!

「お姉ちゃんどうしたの?」

「いえ、なんでもないです」

「?」

おっと、心の中で泣きごとを漏らすなんて良くないわよ、私。
異世界に来られたという非現実的な今を楽しむのよ私。
ここでりんちゃんに出会うなんて夢小説らしいっちゃらしいじゃないか。という事は私はこれ殺生丸フラグを頂いても良いのかしら。と心の中でほくそ笑む。
とりあえず、全力で土下座してでも殺生丸一行について行こう、と決意した私は自分が迷子である旨をりんちゃんに伝えた。

「気付いたら知らない場所に居たんだ…!」

「そうなの」

「ユズリカお姉ちゃんと一緒だね!」

「……ユ、ユズリカお姉ちゃん?」

何その、名前二つ合体してるような名前。
私はユスリカとかいう蚊に似た様な虫の名前しか聞いたことないわ、その響き。

「うん、ユズリカお姉ちゃんも気付いたら知らない場所に居たんだって。だって、ユズリカお姉ちゃん、りん達の目の前に急にぱっ!って出て来たの!すっごいびっくりしたもん!」

「そ、そうなんだぁ、私と同じだねぇ…」

そのユズリカお姉ちゃんとやら、異世界に来て早々、初手殺生丸と遭遇してるじゃん。え、夢小説ヒロイン?女主人公なの?
あはは、と呆けている私の手を握ったりんちゃんが、こっちだよ、と私を引っ張ってくれる。
どうやらりんちゃんの中で私とユズリカお姉ちゃんとやらを会わせてあげよう、という考えに至ったらしい。
いや、もうヒロインが居るならお邪魔になるから会わなくても良いんですけどね……。

そして、りんちゃんに連れられるがまま対面したユズリカお姉ちゃんはそれはもう、それはそれは、美し過ぎるくらいの美少女だったので、もう私はお家のベッドに大至急で戻して欲しいと思っている。

「美少女まぶしいっ…!!!」

「えぇ!?何言ってるの!?」

「いや、あまりの美貌に私の目が耐えられなくて…」

えぇ…!?と驚きながらも少し頬を赤くして照れるユズリカちゃん。激カワ。
私の事情を説明すれば同じ境遇だとユズリカちゃんは喜んでくれた。ここで察し、この子、原作記憶無しの純真ヒロインや……!
脳内で異世界キタコレ!殺生丸フラグは頂いたァ!とか言ってた少し前の私を今ボッコボコにしている。

「でね、ここの戦国時代には同じ現代から来てるかごめちゃんって子が居てね」

ユズリカちゃんが丁寧に自分で手に入れた情報を事細かに私に教えてくれる。
知らない世界に来たばっかりの私から少しでも不安材料を減らそうとこんなに親切にしてくれている…っ!!でも、その情報全部知ってる…っ!!!

「かごめちゃんはその桔梗って巫女の生まれ変わりなの」

「なるほど、」

「で!その桔梗の友人だった、美流(みりゅう)って巫女が居るんだけど、私がその美流の生まれ変わり」

「…なるほ、え?」

「だから、私とかごめちゃんの境遇って似てるし、もしかするとナナシちゃんもこの世界で何か役割りのあった人の生まれ変わりなのかもしれないよ」

「えー…」

さすが夢小説ヒロイン、凄い設定持ってるわー。
ちなみに詳しく聞けば美流は桔梗と同じくらいの強い霊力を持った巫女で昔は人間と妖怪なんて差別もせずに怪我をしたら手を差し伸べて、自分の治癒の能力で人々や妖怪達の怪我を治してあげていたそうだ。
そんな治癒の力をユズリカちゃんは当然、持っています…!!ですよねー!!

「私、そんな誰かの生まれ変わりとかじゃ無いと思う……」

「分からないよ、そんなこと。私だって正直、美流に似てるとか言われても信じられなかったけど、この世界に来てから不思議な力で怪我とか治せるようになって、本当に生まれ変わりなんだって実感したもん」

「そっか、」

「あ!そうだ、こんな所で長話してるより先に殺生丸様に紹介しなくちゃ!」

いえ、紹介して頂かなくて結構なんですけど。とは言えず、りんちゃんとユズリカちゃんに再び連れられるがまま。
第一声に「なんじゃソイツはー!」と邪見が叫んでいた。

「うわっ!!眩しい!!男前眩しいっ…!!!」

そして、殺生丸が漫画の殺生丸を超えて来る美しさで目が潰れそう。

「うんうん、その気持ちは分かるぞ!殺生丸様のこの美しさには目を開けていられぬだろう!!わはははは!!」

何故か自慢げにする邪見が殺生丸に踏み潰された。
なんだその女は、と目を細める殺生丸に私はへらりと笑って「どうも」と軽い挨拶をした。もうヤケクソである。
そして、当然のように事情を説明してくれるユズリカちゃんとりんちゃん。自分と同じ境遇であるにしても親切過ぎて、私は涙が出そうだ。ヒロイン尊い…。

「だから、ナナシちゃんも一緒に同行させてあげて下さい!!」

「え!?いや、そこまでは良いよ!?」

「え…!でも、戦国時代に一人じゃ危ないし!」

「大丈夫ー…、その辺で野垂れ死んでも平気〜…」

「尚更、ダメだよ!?」

何言ってるの!現実を諦めちゃ駄目!きっと家に帰れるから!と私の手を握ったユズリカちゃん。ここまでヒロインの中のヒロインだと正直鬱陶しくなってくる。畜生、良い子ぶりやがって…!!これが本気の良い子だから余計に泣けてくる!!
私みたいなモブは野垂れ死ぬのがお似合いなんだよ〜!!

「殺生丸様、良いですよね!」

ね?と上目遣いで殺生丸を見つめるユズリカちゃん。
こんな美少女にお願いされたら、フラグ立ちまくりであろう殺生丸が断るわけないでしょ。

「…好きにしろ」

ですよねーっ!!!!
だと思った。一言一句、その返事まで予想してたわ!
やったーと喜ぶユズリカちゃんとりんちゃん。また増えた…とぶつぶつと邪見が文句を言っていた。
とりあえず、同行を許可してくれたので殺生丸に頭を下げる。

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

まあ、正直、置いてってくれても良かったけどな。
ふい、と背を向けて歩いて行く殺生丸。フラグを回収出来なかった私そういう反応ですよね、読めてたわと思いつつその背を追って歩き始めた。

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