雑食

□かれこれ数十年
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数十年程、女でした。
気付いたら人生やり直してて、男でした。


生まれたのは小さな島の小さな町。
他の大きな島から船は滅多に来なくて、町民は自給自足の生活。
畑を耕す者、家畜を育てる者、海に出て漁をする者。

わたし…、否、『おれ』は海に出て漁をする者の一人だった。
生まれた家がそうだったから、おれもその家の家業を引き継いだだけで、別に魚を捕りに行きたくて行ってるわけじゃない。
そうしないと生きていけないから仕事をしていただけ。

そんなおれは生まれて三年を過ぎた頃から過去の記憶がふっと頭の中に落ちてきた。
前は女だった。そして、ここは前の自分からすれば異世界なんだと気付いた時に、ちょっとだけ胸をときめかせたものだ。
だって、自分の目の前に広がるこの海がグランドラインと呼ばれてるなんて、ワクワクするだろ?
まあ、ワクワクしたのなんて本当に一瞬だったけど。
年頃になれば仕事をしなければいけなくて、漁に出ては普通じゃない海の過酷さに最初はひぃひぃと泣いたものだ。今じゃすっかり慣れたけど。

以前は日焼け止めをせっせと塗って女子力なんてものを高めていたわけだが、今はもうこんがり小麦色。何も気にしなくて良いって楽だなぁ、女子って大変だったんだなぁとまるで他人事のように考える事もある。
それくらい男としての人生を過ごしたわけだ。
そして、かれこれ数十年の時が経った頃にようやくと言っていいのか、いや、出会う予定は無かったのだけど。
おれは異世界の登場人物達に出会った。
一番に思ったのは、こんな小さな島によく来たもんだ。という感動も何もないものだったが、大きな船は漫画の中で見たものよりずっと大きくて圧倒されたのは確かだった。
心の隅っこの方で、でも見るなら主人公の船が見たかったな、と思う気持ちもあった。

そんな、おれが最初に見た登場人物達は白ひげ海賊団。
ぶっちゃけると生まれてから数十年も男で過ごしてきていて、漫画の内容は正直薄れていた。大きな白ひげの姿を見ても感動は薄かった。
そんな感動も反応も薄過ぎたおれは何故か白ひげに勧誘されたのだ。おれの息子になれ、と。
いや、おれ、実父いるんで、と最初は断ったがなんやかんやで言いくるめられたおれは海賊になっていた。まあ、白ひげ海賊団のナースが美人過ぎてホイホイされた感はあったが、割愛しよう。

おれみたいな小さな島の町民が勧誘された理由は航海士要員の一人としてだった。
島を出てないおれは知らなかったが、生まれ育った小さな島の周りの海流はとんでもない化け物海流だったらしく。
運良く海流のおだやかなタイミングと出会えなければ辿り付けないような島だったらしい。通りで船が滅多に来ないわけだ。
そんな化け物海流をものともせず、一人小舟で漁をするおれの航海術を買ったそうだ。まあ、おれの実父も一人で海に出るけどな。
そんなわけで、お前すげぇな!と勧誘されて白ひげ海賊団の"家族"として迎え入れられたわけなんだけど。
家族になって数十年。
二十代そこそこで船に乗ったおれももうおっさんで家族とは長い付き合いになるわけだが船のナンバー2的なポジションに居る、頼れる不死鳥殿がおれにだけずっと塩対応なんだけど、泣いて良いかな?おっさんだけど泣いちゃうよ?

あれ?記憶も曖昧になりつつあるけど、マルコってそんな奴だっけ?と記憶を呼び起こしてみるもおれのデータには家族思いの良い奴、だった感じ。しか出て来ない。
おれも家族の一人なんだけどなぁと首を傾げてみても、マルコは今日もおれにだけ塩対応だ。

「ナナシ」

「はいはい」

「この書類やっといてくれよい」

「はいよ〜」

そんな会話がされた今は楽しい美味しい朝ご飯タイムなわけです。はい。
まあ、おれも慣れてるので飯を食いながら受け取りますけども。
毎回毎回、事務仕事をおれに押し付けていくマルコさん、おれ、一番隊じゃないからね?おれ、二番隊だから。少し前にエースが隊長になった二番隊だから。
なんで一番隊の他の奴にも押し付けない仕事を二番隊のおれに押し付けるのか。どう考えても嫌がらせとしか思えないんですけど、どう思いますか。おれは嫌がらせだと思います。

「ナナシ、良いよな。マルコ隊長に仕事任せてもらえて」

「え?じゃあ、ジョンがやってくれる?」

「いや、おれは字書けないもん」

無理。と首を横に振った。同じ二番隊のジョン。ちょっとお馬鹿で可愛いやつで船ではおれの一番の仲良し。だとおれは思っている。
そんな可愛いジョンは文字の読み書きが苦手、勿論、計算も出来ない。でも、この世界じゃそんな奴は結構居るから大した事じゃない。
正直、そういう連中が多いから、文字の読み書きが出来て計算も出来るおれに事務仕事が回されるのかと思った時期もあったが、一番隊はその辺、優秀な人材が揃ってる医療チームなのでおれがわざわざ事務を請け負う必要性は感じられないのである。
やっぱ、おれの仕事増やしに来てるだけじゃね?っていう事なのである。

「また、時間空いてる時に読み書き教えてやるからな」

「おー、教えてー」

もぐもぐ、と頬っぺた一杯にご飯を入れながら笑うジョンは今日も天使だと思います。心がほっこりするわぁとおれの頬も緩む。
ふへへ、とジョンと笑いあっているとテーブルにドン!と分厚い紙の束が置かれた。

「……」

「ナナシ、これも頼むよい」

「…あー、はい」

ほっこりしてたら仕事増やされたんですけどぉおおお!!!
せめて朝ご飯食べ終わってから仕事渡してくれませんかねぇ!とは言葉に出せないのでヘラリと笑って受け取って置く。

「急ぎで」

「えっ!?急ぎ!?ま、まじかよ…、じゃあ、すぐやるわ…」

「頼んだよい」

ツン、と背を向けて出て行くマルコ。
おれに、ゆっくり朝ご飯も食べさせてくれないのね…と涙ながらに見送った。

「ジョン、おれの残り食っといて〜」

「任せろ!」

ぐっと親指を立てるジョン。今日も天使である。

+

書庫でせっせと書類を片付けるおれにハァイとナースのアンリが声をかけて来た。
今日もヒョウ柄タイツのおみ足がステキなアンリに片手をあげて返す。

「今日はドッサリね」

「一番隊が忙しくて回せなかった分がおれに回って来たんじゃないかなぁ〜」

「ふふ、そうね。きっとそうだわ」

「ははは…」

はい、コーヒーあげる。とテーブルに置いてくれたコーヒーを有難く受け取った。淹れたてなのかちょっと熱かった。

「ねえ、ナナシ。それが片付いたらわたしのお手伝いもしてくれない?」

「んー?」

「部屋で失くし物しちゃったから一緒に探して欲しいんだけど…」

「あらら、何失くしたの?」

「ピアスの片方」

「そりゃ骨が折れるなぁ…」

「うふふ」

そんなもん、自分で勝手に探して欲しいと思うおれは間違っているのだろうか。
むしろ新しいの買えや。とすら思っている。
おれのこの仕事の多さを見て、よくそんな雑用頼めるな、この女。可愛いからって調子に乗りやがって、くそ可愛いな、このやろう。
でも、おれこの仕事が終わったら別の書類仕事が待ってるんだよねぇ。エース隊長の報告書の添削という作業がおれを待っている。

「おれの仕事はまだ終わらなそうだから、暇してる奴に声掛けとくよ」

「えー!嫌よ!ナナシにお願いしてるのに!」

「えー…」

「分かってる?わたしの部屋で、失くしたの!」

「分かってるよ?」

「はぁ〜…」

溜息を吐きたいのはこっちなんだけど。
だからぁ、とアンリがおれを睨みつけながら顔を近付けて来た。そんなに怒らなくても…、と思った時にドンドン!と部屋の扉が叩かれた。
開けっ放しのドアを叩いたのはマルコだ。

「急ぎのやつだけ、先に欲しいんだけどねぃ」

「もうちょっとで出来るから待って〜」

おれの仕事が遅いから怒ってらっしゃる!
こんな量、おれ一人にさせるからだろうが!と思いつつも言えやしないのでヘラリと笑った。
横でアンリが頬を膨らませて拗ねたようにそっぽを向いた。

「じゃあね、ナナシ!終わったらいつでもお部屋に探しに来てね!」

おれの仕事、終わらないんですけど…。
マルコとすれ違って出て行ったアンリにおれはヒラヒラと手を振った。

「女とだらだら喋ってる暇あるなら、さっさと仕事しろよい!」

「はぁい…」

怒って部屋を出て行くマルコ。
今日もマルコは絶好調に冷たいぜ…。

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