形代の紫
□花冠
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あれからいくつかの季節が巡った。
春の朝も、夏の昼も、秋の夕暮も、冬の夜も、いつもそばには枢がいた。
ひっそりとした森の中の小さな屋敷でわたしたちは寄り添いながら暮らした。
切なくて苦しくて、泣いてばかりだった十年が嘘のような穏やかな日々。
そして今日、わたしは純白のドレスに身を包んでいる。
「…やっぱりオレ、やだ」
荘厳なパイプオルガンの音が鳴り響く教会。
黒主学園の夜間部生やダリア女学院の少女たち、懐かしい顔ぶれがそろう参列席の間に敷かれた赤い絨毯。
白いヴェールと煌めくティアラを被ったわたしの手を引いて一緒にバージンロードを歩いてくれたにいさまは、祭壇の前で待つ枢の前まで来ていきなりそんなことを言い出した。
「支葵、この期に及んで何を言いだすのかな君は。さあ早く紫結を渡して」
「いや。紫結には幸せになってほしいけど、寮長が義弟になるのがイヤ」
「…それは僕だって嫌だよ。」
「じゃあ紫結ちゃんは私がもらうわ」
ふいに聞こえた声に振り向けば、シルバーのホルターネックドレスに身を包んだ更さんがいた。
わたしの手を取ってにっこりと妖艶に微笑む。
「ねえ紫結ちゃん、ダリアでの幸せな日々を覚えているでしょう?また私たちと一緒に過ごしましょう」
その細く白い指に包まれたわたしの手を奪い取った枢は更さんに負けじと深く微笑んだ。
けれど見つめ合う二人の瞳はまったく笑っていない。
「更…?突然出て来て何を言い出すのかな?紫結は僕のものだよ」
「その前にオレの妹だけどね」
「あら、あのとき紫結ちゃんを一番に見つけたのは私よ」
「え…あの……」
「ちょっと三人ともっ」
バチバチと火花が飛び交いそうな様子を見かねた拓麻が慌てて席を立って三人の間に割り込んだ。
「支葵っ、可愛い妹の結婚式でしょ!?協力してあげなきゃ!それから更さんっ、貴女まで入ったらややこしくなるからちゃんと席に戻って!」
「じゃあ一条さんがオレの立場になってみてよ。寮長が義弟になるんだよ?」
「それは…僕も嫌だけど…」
「拓麻、私に指図するなんていい度胸ね」
「痛っ!更さん!ヒールで足を踏まないでっ!ぐりぐりってしないでっ!」
「一条、 君が支葵と更の教育を怠るからだよ。僕たちの大事な式がめちゃくちゃだよ」
「え、僕のせいなの!?それって言いがかりだよ枢っ」
「更は君の恋人だろう?それに支葵は君の元ルームメイトじゃないか。君が二人を躾けないで一体誰がするんだい?」
「"躾け"だなんて、枢さん、それは聞き捨てならないわね。どうして私が拓麻に躾けられなければいけないのかしら?」
「ジョーシキがなってないからじゃないの?」
「こら支葵っ!」
ぎゃあぎゃあと言い合う三人と、それをなんとか抑えようとする拓麻。
そんな四人の様子をおろおろと見ていると、誰かの手が当たったのか、誰かの怒りが溢れたのか、それともわたしが躓いたのか、あるいはその全てが一度に起きたのか。
わたしの頭に付けていたティアラが床に落ちて―――あっけなく壊れてしまった。
「「「「…あ」」」」
重なったのはわたし以外の四人の声。
わたしは声を出すことすら出来ず、ただ茫然と床に散らばるティアラの破片を見下ろした。