形代の紫

□花冠
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「……」
「……」
「……」
「……紫結?」

皆が黙りこくる中、枢はおそるおそるわたしを覗き込んだ。
―――ぽたり。
溢れた涙が零れ落ちて、バージンロードに染みを作った。
皆が一斉に息を飲む音が聞こえた。


その時だった。


バァン!と勢いよく扉が開いて、わたしも枢も、そちらを見た。
教会にいる全ての人の視線が向けられたそこには、息を切らした優姫さんが立っていた。

「…優…姫、さん」

「遅れちゃってごめんなさい!ってえ!もう始まってますか!?」

どうしよう!と慌てふためく優姫さんの手にはわたしたちが送った招待状と白い花冠が握られていた。
優姫さんに会うのは学園を去って以来初めてだった。
枢はわたしに気を遣って玖蘭の屋敷に戻ることは無かったし、彼女もわたしたちの屋敷を訪れることは無かった。
優姫さんを羨む気持ちはもう無いけれど、それでもやっぱり彼女に対する思いは複雑で、わたしから会いに行くことは出来ずにいた。
招待状は送ったけれど参列席に彼女の姿は無くて、残念に思うのと同時に少しホッとしたのがわたしの本心。
まだ、どんな顔をして彼女に会えばいいのかわからなかった。

「おにいさま、紫結さん、おめでとうございます。…今まで会いに行かなくてごめんなさい」

優姫さんは申し訳なさそうに口を開いた。

「でも私、どんな顔で紫結さんに会えばいいかわからなくて…。私のせいで苦しめてしまったのに、私、何にも知らなくて…」

今にも泣き出しそうな優姫さんを見て、胸がぎゅっとした。
わたしたちが幸せに暮らしている間、今度はわたしが何も知らずに彼女を苦しめていたのだと思った。
だけど、気持ちはなかなか言葉になってはくれなくて、わたしは首を横に振るだけで精一杯だった。

「許して…くれるの?」

「……っ、来てくれて、ありがとう」

いろんな感情がぐちゃぐちゃになって泣き出してしまったわたしの右手を、枢はやさしく握ってくれた。

「優姫…、来てくれて嬉しいよ」

「おにいさま…」

優姫さんも泣いていた。
でもすぐに涙を拭いて、昔と変わらない彼女の純粋な顔で笑った。


そのときパキッと音がして、優姫さんは下を見た。

「…ん?私、何か踏んで……ああ!ティアラ!ティアラ踏んじゃった!!」

血の気の引いた顔で狼狽する優姫さん。
その様子にわたしは思わず笑ってしまった。

「…ふっ、ふふふ」

さきほどまで張り詰めていた空気が融けていくのがわかる。
枢もにいさまも更さんも拓麻も、参列席の人々も一緒になって笑った。

「えっ、えっ、どうしよう!」

「大丈夫だよ優姫。ティアラが壊れたのは優姫のせいじゃないから」

「そうなんですか?よかった〜」

枢の言葉に優姫さんはほっと胸を撫で下ろした。

「あ、だったらちょうど良かったかもしれない。…紫結さん、これ」

優姫さんの手から、ふわりと頭に何かが乗せられた。

「え…、なに?」

「白と紫の花冠。似合ってるよ紫結」

にいさまの言葉に頭にそっと手をやると、やわらかな花びらが指先に触れた。

「マーガレット、フリージア、ムーンダスト。それを蔦で編んであるわ。素敵よ」

更さんはそう言ってにこりと微笑んだ。

「何かプレゼント出来る物をって、急に思い立って作っていたら遅くなっちゃって」

優姫さんは面映ゆそうに笑った。
壊れてしまったティアラよりもその花冠の方がずっと素敵で、嬉しさに胸が詰まった。

「それじゃあ仕切り直しだね!さぁさぁ支葵も更さんも、今度は大人しく席について!」
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