形代の紫

□初音
1ページ/1ページ


荒れ果てた屋敷に禍々しく漂う気配。
長い間ただそこで蠢いていたそれは、ある新月の夜、変化を見せた。
この十年、誰も訪れることのなかった屋敷に一人の少女が入り込んだのだ。
闇は少女に気付かれぬように密かに歓喜に踊り狂った。
待ち焦がれていた時が来ようとしている。



暗く冷たい、むせ返るような血の匂いに満ちた地下室で、沈黙を保っていた棺が動きを見せた。


「…我が君!」

変化を感じ取った館の当主は地下室に下りその棺に近寄った。
そこにあるのは辛うじてヒトの形をとっている千々の肉片の集まり。
その男、男だったそのものは並々ならぬ苦痛に、声にならない呻きを漏らした。

「我が君!李土様…!お目覚めでしょうか!」

―――……モット血ヲ集メロ

棺の中の存在口は無い。
けれどもその声は確かに玖蘭李土のものだった。
煉獄の底から絞り出すような低い低い声が支葵家の当主の頭に直接響いた。

「かしこまりました」

―――コノ躯ハ当分使エナイ。代ワリノ躯ガイル

「代わりの躯…でございますか」

―――僕ノ血ニ連ナル者ヲ連レテコイ

「姪の息子でしたら黒主学園におりますが、呼び戻しましょうか」

―――千里ハマダ使エナイ。成長シ過ギテイル。幼子ノ方ガ入リ込ミヤスイ…

「…では、あの家の娘にお産ませになった子供が宜しいでしょう」

―――僕ノ血ガ入ッテイルナラ誰デモイイ。早ク連レテコイ

「仰せのままに」


支葵家の当主が地下室を去った後、李土はくつくつと喉を鳴らした。

屋敷に張り巡らせていた意識の隙間から、思わず垣間見えた紫の瞳をうっとりと脳裏に思い浮かべる。
長く艶やかな髪、幼いながらも美しい容貌、やわらかそうな白い肌…。
まさか、あれほどまでに理想通りに育っているとは思いもよらなかった。

「さぁ…、紫結……?」


年月を まつにひかれて経る人に けふ鶯の初音きかせよ
(君が育つのを待っていた。さあ僕にその可愛い声を聞かせておくれ)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ