形代の紫

□少女
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うららかな乙女の微笑みに

◆◆◆◆◆

カチ、カチ、カチ、と秒針が時を刻む音だけが部屋に響く。
厚いカーテンに閉ざされた部屋は暗いけれど、窓の外は朝の光に満ち溢れている。
いつもならとっくに眠っている時間。
だけど、ベッドでいくら待っていても枢はなかなか寝室に入ってこなかった。
昨日、元老院からたっぷりと厚みのある資料が送られてきたけど、あれくらいの量に枢が手こずるとは思えない。

もしかしたらカウチで眠っているのかもしれないと、毛布を持ってそっとドアを開けた。
枢は窓際に立っていた。
眩しいだろうにカーテンをいっぱいに開け、外をじっと見つめている。
執務机にはとっくに片付いたらしい資料がきちんと積み上げられていた。

「かなめ……」

わたしの小さな呼びかけは枢の耳に届かなかったらしい。
そばに近づいても、枢はわたしに気付かない。
何をそんなに見つめているのだろう。
なんて、考えなくてもわかった。

その視線の先には、校舎に向かう優姫さんの姿。
陽の光をいっぱいに浴びて、無邪気に笑うあの人の姿。

枢はその姿をじっと、ただ、じっと、見つめていた。

心の奥底から立ちこめる、仄暗い感情。
黒いカーテンをすばやく閉めた。
室内はたちまち闇に包まれる。

「……紫結?」

「眩しいよ…」

きらきらと輝く陽の光が
それに照らされるあの人が
そしてあの人を見つめる貴方が
眩しくて、羨ましくて、切なくて
見ていられない。


昼の世界と夜の世界を遮断するカーテン。
あの人と枢の間に立ちふさがるわたし。

でも、それを取り払えば、二つの世界は容易に繋がる。
もともと、隣合わせだったのだから。

ああ、わたしは今、どんな顔をしているんだろう……


「そうだね、もうこんな時間だ…。寝ようか、紫結」

枢の言葉に返すことが出来ず、わたしは頷くだけだった。
顔を伏せたまま枢に抱きつく。
その手はわたしの髪をやさしく撫でたけれど、紅い瞳は黒い布に遮られた窓の向こうの世界をまだ見つめていることがわかった。


太陽が良く似合う、純真無垢な乙女。
その清らかな羽袖に夜の魔物の心は囚われて。


「ねえ、かなめ」

「なんだい?」

「……抱いて」

枢は一瞬驚いたように目を見開いた。
でもそれはすぐに妖美な微笑みへと変わる。
言葉なんていらない。
答えの代わりに深いキスが落とされた。


心がこちらへ向かないのなら、身体だけでも繋ぎとめておきたくて。

例え虚しさの淵に沈むことがわかっていても。
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