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□ホロホロ
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『うひゃあ、!』

「なんだそれ、もっと色気のある声出せよなー」

『う、るさいよ!狼さんは名前だけにしてって言ってるじゃん』


ははは、なんてさも愉快そうに笑ってるホロホロの腕の力が弱まる気配はない。
久々に訪れた民宿『炎』(あぁ、今はふんばり温泉だっけ?)であたしたちにあてがわれた部屋でテレビのリモコンに手を伸ばした瞬間これだ。後ろから腕が回されたおなかに神経が集まる。そもそもなんで同じ部屋なの、なんて心の声がアンナに聞かれたら大惨事だ。費用削減ですね、わかります。


「素直じゃねぇよなぁ。嬉しいくせによ」

『……もういい、おめでたい日に喧嘩すんのもやだし』

「あー…めでてぇよなぁ…まさか蓮のやつに先越されてるとは思わねぇもんなぁ…」


ほんと、びっくりしちゃった。久々の連絡にホロホロと2人はしゃいでたら結婚しました、だ。しかも相手が聖少女ときた。聖少女相手によくもまぁいろいろする気を起こしたもんだ。ね、と振り向いたら同意のつもりだろう、ホロホロはあたしの背中にこつんとおでこをぶつけた。


「葉とアンナのとこは安泰だろうし?」

『葉、アンナにベタ惚れだからね』

「蓮にも先越されて、これでまん太とかにまで置いてかれたら俺どうしたらいいんだ」

『あはは、それはまん太に失礼だろ』


真顔で悩んでるだろうホロホロ。(表情は見えないけど、多分。)背中から離れる気はないだろうからもう諦めて、そのまま再びリモコンに手を伸ばす。と、いきなり腕に力をこめられて、間抜けな声が出た。


『…うぐ、』

「リモコンはなせ、こっち向いて」

『は?』

「で、俺らも結婚するか」

『………は?』


表情もこの場の空気もふざけてるとは思えなくて、2、3回瞬きしたら、な?って同意を求められた。


『………ちょっとぉ』

「なんだよ、…は?なんで、泣きそ、は?」

『信じらんない、ここでそれ言う?』

「…いや、今言っとかなきゃきっとずっと言えなさそうだしよ?」

『そういうのは順序ってもんがあるでしょ、状況だってさ、それにここどこだかわかってる?ホロホロに高級レストランとかそんなの期待してないけど!馬鹿なの?……あぁそうだ馬鹿だった、』


そこまで一気にまくし立てて、長く息を吐いた。そうでもしてないとなんか別のものが出てきちゃいそうで。でもそんな苦労もホロホロの掌のせいで一気に水の泡だ。なんでそんな優しく頭撫でたりすんの。


「わり、急ぎすぎた」

『……ちが、』

「そんな顔させたかったわけじゃねぇから」

『ごめん。……うれしい、ありがと』


もうひとつ、ゆっくり息を吐いてホロホロの顔を見れば、何でかホロホロまで泣きそうな顔して笑ってて(あたしだってそんな顔させたかったわけじゃないよ、)素直にごめんねとありがとうが口から滑り出た。


『涙でそうなくらいうれしくて、どうしていいかわかんなくなった、ごめん』

「いいから、あやまんな。元々はいかイエスしか聞く気はねぇよ」

『……なにそれ』


いつの間にか得意そうな顔したホロホロに戻ってて、あたしも悪態つくような余裕が戻ってきた。かっこいい台詞なんだろうけど、どうにもホロホロが言うせいで馬鹿っぽく聞こえる。


『まぁいいや、そこが良いんだし』

「は?なにがだよ?言っとくけど夫婦の間に隠し事はなしだからな!」


わかってるよ、なんてツンとした声が出たけど、今は夫婦って単語に顔がにやけなかっただけでもよしとしよう。誓いの指輪も歯の浮くような甘い言葉もなかったけど、(正直期待してもいないけど)今は幸せだからいいや。




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あすなへ!


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